翻訳|fluid
物体は通常、固体、液体、気体の三つに分類される。そのうち液体と気体は容易に変形するという性質を共有するために、その運動の仕方も似通っている。すなわち「流れる」というのがその運動である。それゆえ、液体と気体を一括して流体という。流体の運動を議論するのが流体力学である。
現実の物体は多数の原子・分子から成り立っているが、このような微細な構造に立ち入らないで、多数の分子について平均をとって物体の性質や運動を考えるのが便利である。このような方法を用いるとき、物体を連続物体という。液体と気体を流体という場合、連続物体の立場がとられる。
力を加えられた物体は一種の緊張状態にある。これを数量的に示すために応力stressの概念が使われる。すなわち、物体内部の任意の点Pを通る任意の平面Sを考え、Sの両側の物体部分が互いに及ぼし合う(単位面積当りの)力を応力というのである。面に垂直な応力の成分を法線応力normal stress、面に平行な成分を接線応力tangential stressという。また、面の両側の物体部分が互いに押し合う場合には法線応力は圧力pressure、引っ張り合う場合には張力tensionという。同一の点Pについても、面Sのとり方によって応力はいろいろ変わる。流体が容易に変形するという性質は、「静止状態では接線応力はゼロで、法線応力は圧力である」と表現することができる。なぜなら、もしも接線応力が存在すれば、流体はずり動かされるし、もし法線応力が張力であれば流体は張り裂けるので、いずれにしても流体は静止状態にはありえないからである。さらに、静止状態にある流体では、圧力の大きさが応力を考える面の選び方によらず一定値をもつことになる。このような応力を静水圧という。すなわち、静止流体の内部の各点での緊張状態は圧力のみで表される。
[今井 功]
流体が運動する場合には接線応力も存在しうる。たとえば、円筒形の容器に水を入れ、軸を鉛直にして回転させると、最初静止していた水は容器の壁に接する部分からしだいに動き始め、ついには容器と一体となって回転する。これは運動中の流体が接線応力をもちうることを示すものである。このように、運動中の流体に接線応力を生じさせる性質を流体の粘性という。空気や水のような流体では粘性が小さい。そこで、運動中でも接線応力が現れないという仮想的な流体を考え、これを完全流体perfect fluidあるいは非粘性流体という。実在の流体はすべて粘性流体viscous fluidである。
液体の密度は運動中ほとんど変化しない。そこで、これを理想化して、密度がつねに一定であるような流体を「縮まない流体incompressible fluid」という。これに反して、密度が変化しうる流体を「縮む流体compressible fluid」という。常識的には気体は縮む流体である。一般に、流体が運動する場合、流れの中の各点の圧力は速度によって変化する。しかし、速度変化が小さければ圧力変化は小さく、したがって、気体でも密度変化は小さい。その場合、気体を縮まない流体とみなすことができる。たとえば、速度Uの気流が静止物体に当たる場合、その気体中を伝わる音波の速度をcとすると、マッハ数M=U/cが0.5程度以下であれば、気体を縮まない流体とみなすことができる。逆に液体は縮む流体としての取り扱いが必要になることがある。音波は媒質中を密度および圧力の変化が波動として伝わる現象であり、液体中でも音波が伝わりうるからである。なお、アスファルト、氷河、地殻なども常識的には固体であるが、長期的には変形しながら流動する。すなわち、流体として議論することができる。つまり、流体、完全流体、粘性流体、縮まない流体などの概念は、物体の力学的な挙動を議論するために導入されたものであって、固体・液体・気体という常識的な分野とはかならずしも一致しないのである。
[今井 功]
物質には固体,液体,気体の三態がある.液体と気体とをまとめて流体という.固体では外力を加えても変形しにくいか,変形しても外力を除けばもとに戻るなど,変形に対して抵抗がある.これに反し,液体と気体では,これをある形の定まった容器に入れるとその形に従って自由に抵抗なく変形して静止する.固体と流体のこのような性質の違いは次のような事情にもとづいている.いま,これらの連続体の任意の一点における任意の方向の微小面積Sを考えて,連続体をその両側における二つの部分AとBに分ける.このとき,AからBにはたらく力は一般に面Sに垂直な力 f⊥ とSに平行な力 f// に分けて考えることができる.静止している流体では f⊥ のみが存在して f// = 0であると考えられる.したがって,いま仮想的にA,Bの両部分をSにそって互いに微小部分だけすべらせるのに何も抵抗が現れず自由な変形が可能となる.一方,f// 0で変形に抵抗があるのが固体であると考えられる.次に静止している流体の場合,その体積を変化させようとすることには抵抗が現れる.しかし,気体の場合は圧縮が可能であるのに反し,液体の場合はほとんど圧縮が不可能である.この場合の流体をそれぞれ圧縮性流体,非圧縮性流体という.液体のなかに上記の面Sならびにその両面のA,B部分を考えて両者のS面方向の速度に差があるものとする.この場合は,一般に f// が0でなくなってくるのでこれを粘性が現れたという.[別用語参照]完全流体
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
気体および液体はともに変形しやすいという性質をもっているので,この共通性をとらえて両者を流体と総称する。空気や水は流体の代表例である。流体は一定の形をもたず,わずかな力が加わっても有限の変形を起こしその運動を持続するので,有限の力が加わってもわずかしか変形しない固体とは対照的である。このような流体の動きを流れといい,流体における力のつりあい,運動の関係などを議論する学問を流体力学と呼ぶ。
静止している流体中では,その中にとった面を通して両側の流体が及ぼし合う力は面に垂直に押し合う圧力であるが,運動している流体では変形(ひずみ)速度にさからう粘性による力(粘性応力)が現れる。粘性の影響が小さい場合の理想化として,粘性を無視し内力としては圧力しか働かないとした流体を完全流体と呼ぶが,超流動状態の液体ヘリウムを除けば実在の流体はすべて粘性をもつ粘性流体である。通常の流体では粘性応力は変形速度の一次関数となり(ニュートンの粘性法則),ニュートン流体と呼ばれる。高分子溶液などのようにニュートンの粘性法則からはずれる流体は非ニュートン流体という。また運動による密度変化が無視できる場合は縮まない流体(非圧縮性流体),密度変化を考えねばならない場合を縮む流体(圧縮性流体)という。なお,固体であっても時間のスケールを非常に長くとれば流体とみなすこともできる。
→流れ →粘性
執筆者:橋本 英典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そしてわずかな圧力で容易に変形し,その運動を続ける。このため,液体と気体を総称して流体と呼び,その運動を流れという。流体やその静止・運動の状態,流体がその中におかれた物体に及ぼす力などを研究する学問が流体力学である。…
※「流体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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