浮雲(読み)ウキグモ

デジタル大辞泉 「浮雲」の意味・読み・例文・類語

うき‐ぐも【浮(き)雲】

《古くは「うきくも」とも》
空中に浮かび漂っている雲。
物事の落ち着きがなく不安定なさまのたとえ。「浮き」と「憂き」をかけて用いることが多い。「浮き雲の生活」
[補説]書名別項。→浮雲
[類語]白雲はくうん白雲しらくも青雲紫雲茜雲黒雲暗雲彩雲千切れ雲片雲横雲棚雲豊旗雲笠雲飛行機雲筋雲鰯雲鯖雲鱗雲薄雲羊雲群雲朧雲乱雲雨雲雪雲曇り雲霧雲積み雲綿雲入道雲雲の峰かなとこ雲雷雲夕立雲夏雲

うきぐも【浮雲】[書名]

二葉亭四迷の小説。明治20~22年(1887~1889)発表。明治中期の功利主義官僚制の中で挫折ざせつしていく青年の姿を、言文一致体で描いたもの。近代写実小説の先駆とされる。
林芙美子の小説。昭和26年(1951)刊。自堕落な男を愛し続ける女の悲劇的な人生を描く。昭和30年(1955)、成瀬巳喜男監督により映画化。出演、高峰秀子森雅之ほか。第29回キネマ旬報ベストテンの日本映画ベストワン作品。第6回ブルーリボン賞作品賞、第10回毎日映画コンクール日本映画大賞受賞。

ふ‐うん【浮雲】

空に浮かんでいる雲。うきぐも。
定まらないこと、また、はかなく頼りないことのたとえ。

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精選版 日本国語大辞典 「浮雲」の意味・読み・例文・類語

ふ‐うん【浮雲】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 空中に浮かび漂う雲。うきぐも。
    1. [初出の実例]「浮雲靉靆縈巖岫、驚飈蕭瑟響庭林」(出典:懐風藻(751)望雪〈紀古麻呂〉)
    2. [その他の文献]〔曹丕‐雑詩〕
  3. 転じて、空に漂う雲のように定まらないこと、境遇の定まらないことのたとえ。
    1. [初出の実例]「余栖南山之南。浮雲不定」(出典:本朝文粋(1060頃)七・法皇賜渤海裴遡書〈紀長谷雄〉)
  4. はかないこと、不確かで頼りないこと、とりとめのないことのたとえ。
    1. [初出の実例]「願浮雲富、聚如泡財」(出典:三教指帰(797頃)中)
    2. 「浮雲(フウン)の富に身をわすれ」(出典:浄瑠璃・狭夜衣鴛鴦剣翅(1739)一)
  5. 浮かんでいる雲のように自分とは遠く隔たった存在のもの。まったく関係のないもののたとえ。〔論語‐述而〕
  6. ( 雲が太陽を隠すところから ) 明らかな判断・悟りの妨げとなるもののたとえ。また、邪悪なこと・奸臣のたとえ。
    1. [初出の実例]「君を欺き民を虐、浮雲の驕を極めしかば」(出典:読本・椿説弓張月(1807‐11)続)
    2. [その他の文献]〔古詩十九首‐其一〕
  7. 名馬につける名の一つ。また、馬のこと。
    1. [初出の実例]「件馬長等所為甚以非常也、策浮雲轡」(出典:明衡往来(11C中か)上本)

うき‐ぐも【浮雲】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 「うきくも」とも )
    1. 空中に浮かんで漂う雲。
      1. [初出の実例]「うきくもに身をしなさねばひさかたの月へだつともしられざりけり」(出典:兼輔集(933頃))
    2. 物事が落ち着かないで不安定なさまのたとえ。「浮き」と「憂き」をかけて用いられる場合が多い。
      1. [初出の実例]「いささめにつけし思ひの煙こそ身をうき雲となりて果てけれ」(出典:篁物語(12C後か))
  2. [ 2 ] 小説。二葉亭四迷作。明治二〇~二二年(一八八七‐八九)に発表、のちに中絶したことが判明。功利主義的明治社会の中で挫折する青年の姿を、言文一致体で描く。日本最初の本格的写実小説で、後世に大きな影響を及ぼした。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「浮雲」の意味・わかりやすい解説

浮雲(林芙美子の小説)
うきぐも

林芙美子(ふみこ)晩年の長編小説。1949年(昭和24)11月~1950年8月『風雪』に、1950年9月~1951年4月『文学界』に連載完結。1951年4月、六興出版社刊。姉婿の弟に犯された幸田ゆき子は戦時中タイピストとしてフランス領インドシナに渡り、妻のある農林技師富岡と愛し合う。敗戦で内地に引き揚げたのちも2人はずるずると関係を続ける。伊香保(いかほ)での心中未遂、富岡の人妻との愛欲、その夫による人妻の殺害、ゆき子の堕胎、富岡の妻の死などを絡め、ゆき子が富岡について屋久島(やくしま)に渡り喀血(かっけつ)して死ぬまでの荒廃した孤独な姿を、鋭い心理描写と自然描写で描ききった。戦後の虚無的な人間像を写し出した名作としても注目される。1955年、成瀬巳喜男(なるせみきお)監督、高峰秀子・森雅之(まさゆき)主演で映画化されこの年の日本映画賞受賞。

[橋詰静子]

映画

日本映画。1955年(昭和30)、成瀬巳喜男監督。原作は林芙美子。戦時中フランス領インドシナで出会った幸田ゆき子(高峰秀子)と富岡幸吉(森雅之)との断ち切ることのできない関係を描く。二人の愛の絶頂期であるフランス領インドシナでの日々は回想で示され、物語のほとんどは、内地に引き揚げ、愛の絶頂期を過ぎた二人の関係を描くことに費やされる。互いを傷つけ合いながらも求め合う、いわば腐れ縁の男女関係を成瀬は見事に描ききった。戦後をおもな舞台とした本作のために、主演の高峰と森は減量をして役に臨んだ。成瀬の代表作であり、日本の恋愛映画の名作。日本映画界の代表的監督である小津安二郎(おづやすじろう)はこの作品を絶賛した。

[石塚洋史]

『『世界の映画作家31 日本映画史』(1976・キネマ旬報社)』『『映画史上ベスト200シリーズ 日本映画200』(1982・キネマ旬報社)』『佐藤忠男著『日本映画史2』増補版(2006・岩波書店)』『猪俣勝人・田山力哉著『日本映画作家全史 上』(社会思想社・現代教養文庫)』『文芸春秋編『日本映画ベスト150――大アンケートによる』(文春文庫ビジュアル版)』『『浮雲』改版(新潮文庫)』


浮雲(二葉亭四迷の小説)
うきぐも

二葉亭四迷(ふたばていしめい)の長編小説。第1編は1887年(明治20)、第2編は88年、ともに金港堂(きんこうどう)刊。第3編は89年7、8月、雑誌『都の花』に連載、中絶。学問はできるが観念的で融通のきかない官吏の内海文三(うつみぶんぞう)、その従妹(いとこ)で流行に弱いおちゃっぴいのお勢(せい)、学問よりも要領よく出世することを第一とする俗物の本田昇ら3人の青年男女の葛藤(かっとう)を通じて明治文明を風刺し、当時の風潮に警告を発しようとした作。免職になった文三は実利一辺倒の叔母のお政(お勢の母)にいじめられ、恋人のお勢も本田に誘惑されるが、彼女を救うすべもなく、拠点を失った不安にさいなまれるばかりだった。作者の当初の意図は、中心点をもたぬわが国の浮動性を批判することにあったが、執筆過程で彼自身に学問や論理に対する懐疑が生じ、小説を中絶に導いたとみられる。しかし精密な口語文体で人物を活写し、その心理をえぐった点で、わが国最初の近代小説としての地位は動かない。

[十川信介]

『『浮雲』(岩波文庫・角川文庫・新潮文庫)』

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改訂新版 世界大百科事典 「浮雲」の意味・わかりやすい解説

浮雲 (うきぐも)

二葉亭四迷の長編小説。1887年(明治20)第1編刊,88年第2編刊,89年第3編を《都の花》に連載。官制の改革が行われた86年の東京を舞台に,内海文三と従妹のお勢の相思相愛の関係が,文三が役所を免職になったのち変貌していくありさまを描く。世俗的なお勢の母親はともかく,新時代の教育を身につけたお勢までがなぜ,卑しい出世主義者の本田昇に惹(ひ)かれていくのか,文三にはわからない。異様なものとして現れてきた世界の姿を問い続けながら,文三は孤独のうちに発狂寸前まで追い詰められていく。ロシア文学理論を日本の現実に適用して,〈新旧両思想の衝突〉を寓意的に描く意図をもって着手されたが,文三の夢想する“近代”の幻像(イメージ)を相対化できずにいた作者は,後半で文三の苦悩を共有し,期せずして日本最初の心理的リアリズム小説をつくり出すことになった。三遊亭円朝にならった言文一致体の試みが,後半では熟した口語文体にまで成長したが,作品は未完に終った。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「浮雲」の意味・わかりやすい解説

浮雲(文学)【うきぐも】

二葉亭四迷の長編小説。処女作で1887年―1889年に発表されたが,未完のまま中絶した。欧化主義,出世主義の俗悪な世相に反抗しながら敗北者に終わる下級官吏内海文三の性格,心理と彼を取り巻く人間像などを描き,文明批評をも意図している。言文一致体で書かれた最初の近代小説。
→関連項目石橋忍月

浮雲(映画)【うきぐも】

成瀬巳喜男監督の映画。1955年作。林芙美子原作の小説(1949年―1951年)を水木洋子が脚色。敗戦直後の荒廃した社会に投げ出された女が不実な男への愛を断ち切れず,男を追い,南の離島で病死するまでの生活と時代風俗を描く。主演は高峰秀子,森雅之。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「浮雲」の解説

浮雲
うきぐも

二葉亭四迷の長編小説。1887年(明治20)6月に第1編,88年2月に第2編を金港堂から刊行。89年7~8月に第3編を「都の花」に掲載。役所を免職になった主人公内海文三の心の動揺を発端に,出世主義者の同僚本田昇やそれになびく従妹お勢,旧弊で実利的なその母親との心理的葛藤の描写を通して,明治20年当時の浮薄な日本社会への批判が意図されている。未完に終わったが,日本近代小説史上,言文一致体による最初の本格的リアリズム小説とされる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「浮雲」の意味・わかりやすい解説

浮雲
うきぐも

日本映画。東宝 1955年作品。監督成瀬巳喜男。脚本水木洋子。原作林芙美子。撮影玉井正夫。音楽斎藤一郎。主演森雅之,高峰秀子。第2次世界大戦直後の荒廃した社会を背景に,一女性の不実な男への断ち切れぬ愛を描く。荒涼とした風景と人々の暗鬱な気分とが一体化し一種のニヒリズムとなって漂い,男女の絆が「業」とでも呼べそうな無常感を伴って画面ににじみ出た。成瀬巳喜男の代表的作品。

浮雲
うきぐも

二葉亭四迷の長編小説。第1編 1887年,第2編 88年,第3編 89年刊。下級官吏の内海文三は,自我をかたくなに守ることで職を失い,寄宿先の叔父の家でも孤立,叔父の娘お勢との恋にも破れる。孤独な近代知識人の内面を初めて描き,日本近代小説の先駆となった。また,その清新な言文一致体の文章は後世の国語に大きな影響を与えた。

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デジタル大辞泉プラス 「浮雲」の解説

浮雲〔映画〕

1955年公開の日本映画。監督:成瀬巳喜男、原作:林芙美子、脚色:水木洋子、撮影:玉井正夫、録音:下永尚。出演:高峰秀子、森雅之、中北千枝子、木村貞子山形勲岡田茉莉子、加東大介ほか。第29回キネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベスト・ワン作品。第6回ブルーリボン賞作品賞受賞。第10回毎日映画コンクール日本映画大賞、監督賞、録音賞、女優主演賞(高峰秀子)受賞。

浮雲〔ドラマ〕

TBS系列放映による日本の昼帯ドラマ。花王愛の劇場。放映は1976年1月~3月。出演:佐藤オリエ、木村功ほか。

浮雲〔曲名〕

日本のポピュラー音楽。歌は女性演歌歌手、香西(こうざい)かおり。1998年発売。作詞:悠木圭子、作曲:鈴木淳。

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普及版 字通 「浮雲」の読み・字形・画数・意味

【浮雲】ふうん

うきぐも。定めなきもの。〔論語、述而〕不義にして富み且つ貴きは、我に於て雲の如し。

字通「浮」の項目を見る

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とっさの日本語便利帳 「浮雲」の解説

『浮雲』

二葉亭四迷
千早振る神無月ももはやあと二日の余波となッた二十八日の午後三時ごろに、神田見附の内より、と渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸出でて来るのは、いずれも顋を気にしたもう方々。\(一八八七~八九)

『浮雲』

林芙美子
なるべく、夜更けに着く汽車を選びたいと、三日間の収容所を出ると、わざと、敦賀の町で、一日ぶらぶらしていた。\(一九四九~五一)

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旺文社日本史事典 三訂版 「浮雲」の解説

浮雲
うきぐも

明治時代,二葉亭四迷の小説
1887〜89年に3編刊。未完。初め坪内逍遙の名を借りて刊行。東京の小市民生活における新旧の人びとの心理を言文一致体で描写し,日本近代写実主義文学の先駆をなす。

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世界大百科事典(旧版)内の浮雲の言及

【林芙美子】より

…戦時中は従軍ペン部隊の一員として,中国や南方各地に赴く。戦後も《晩菊》(1948),《浮雲》(1950‐51)など哀愁を誘う抒情的作品をものしている。ヒューマニズムと清冽(せいれつ)な詩情にあふれた作風に特色があり,それが困難な時代を生きた多くの人々に共感をもって迎え入れられたといえる。…

【成瀬巳喜男】より

…《妻よ薔薇のやうに》(1935)での女性像(千葉早智子)の鮮やかさは,《鶴八鶴次郎》(1938)の山田五十鈴,《めし》(1951)の原節子などにうけつがれ,《稲妻》(1952)に始まる高峰秀子とのコンビを決定的なものにする。林芙美子原作の《浮雲》(1955。高峰秀子主演)をはじめ,田中澄江,水木洋子などの女性シナリオライターとの協力も多い。…

【言文一致】より

…当時すでに,かなや,ローマ字の国字主張が盛んで,一方に三遊亭円朝の講談速記がもてはやされており,文章の方面でも同年に矢野文雄の《日本文体文字新論》,末松謙澄の《日本文章論》が出,文芸の上でも坪内逍遥の《小説神髄》など新思潮の動きが活発で,これらの情勢がようやくいわゆる言文一致体の小説を生んだ。1887‐88年ころあいついだ二葉亭四迷の《浮雲》,山田美妙の《夏木立》などがこれである。四迷は模索ののち文末におもに〈だ〉を用い,美妙は〈です〉を用い,おくれて尾崎紅葉は〈である〉によるなど,新文体の創始にそれぞれの苦心がみられる。…

【写実主義】より

…北村透谷が〈写実も到底情熱を根底に置かざれば,写実の為に写実をなすの弊を免れ難し〉(《情熱》)と批判したように,そこには〈情熱〉,つまり外界を見るよりもむしろそれを拒絶するような一種の倒錯的な内面性が欠けていたのである。 一方,ロシア文学に通じており内面的であった二葉亭四迷は,いざ書こうとすると,《浮雲》がそうであるように,実質的に江戸文学(戯作)の文体・リズムに引きずられざるをえなかった。実際に,《浮雲》などより,彼のツルゲーネフの翻訳のほうが,のちの写実主義の文学に影響力をもったといえる。…

【小説】より

…明治の小説は,言葉の向こう側にあるモノやココロの世界,つまりは意味されるものの世界に読者の想像力をふりむける技法を開発しなければならなかったのである。そのもっとも有力な技法の一つは,言文一致体で書かれた二葉亭四迷の《浮雲》における語りの構造である。すなわち,主人公内海文三の内面に入りこむとともに,たえずそれを揶揄(やゆ)する声を響かせる無人称の語り手の存在である。…

※「浮雲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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