記紀にみえる神話の一つ。天照大神(あまてらすおおかみ)の孫で葦原中国(あしはらのなかつくに)の支配者として降臨した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)には3子があったが,そのうち長兄火照命(ほでりのみこと)と末弟火遠理命(ほおりのみこと)(穂穂手見命(ほほでみのみこと))は,それぞれ海の漁山の猟を得意としたので,海幸彦・山幸彦ともよばれた。この2人の物語は,兄弟の葛藤の話と,山幸の海神宮訪問そして海神の女との結婚の話とからなる。兄弟がある時道具をとりかえそれぞれ異なった獲物を追ったが,弟ヤマサチは兄の釣針を魚にとられてしまう。元の針を返せと兄に責められたヤマサチは塩土老翁(しおつちのおじ)の教えにより,針を求めて綿津見神宮(わたつみのかみのみや)を訪れる。そこで大綿津見神(おおわたつみのかみ)の女豊玉姫(とよたまひめ)をめとり探していた針も手に入れる。さらにオオワタツミから水を自由に操る呪的な玉を授かって地上に帰り,その玉で横暴なウミサチをこらしめ服従させた。この時ウミサチは〈汝命の昼夜の守護人となりて仕へ奉〉る(《古事記》)ことを誓い,今に至るまで水に溺れる様を演じて仕えているという。これが海幸・山幸の話である。なおこの後トヨタマヒメがこの国を訪れ,海辺で子を生む。これが鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)で,神武天皇はその子である。一方ウミサチは隼人(はやと)族の祖となった。
記紀神話におけるこの話の意義はすこぶる大きい。第一にこれは,九州南部の一大蛮族隼人族の服属起源譚の意味をもつ。東西辺境の二大蛮族蝦夷(えみし)と隼人を服属させることは,古代国家確立のための必須条件であった。隼人は蝦夷より一時期早く宮廷に服従し,交替番上して大嘗祭(だいじようさい)に隼人舞を奏したり,また同じく大嘗祭や天皇の遠行の際に犬声を発して奉仕したが(蛮族の発声に悪霊をはらう呪力があると信じられた),これらはいずれも服属儀礼であった。ウミサチが溺れる様を演じたという上の話も,実は滑稽なしぐさを含む隼人舞の起源譚である。手を焼いた隼人の服属は,いわば全国統一の最終過程における記念すべき事業であった。だからこそ隼人は天皇との至近距離におかれた。と同時に,もっとも新しい時点の歴史的事件にもかかわらず,こうした話が神代にくりこまれているのは,服属の由来の久しいことが強調されねばならなかったためであろう。天孫と隼人族の祖が兄弟という系譜関係で結ばれているのも,同じことの異なった表現にほかならない。
またこの話は,新王誕生の物語の意味ももつ。《古事記》には,即位儀礼大嘗祭の投射をうけた同じテーマの話がいくつかある。儀礼的枠組みはあまり明確ではないが,上の物語もその一例である。他界海神国を訪問し,そこで女と宝物をえてよみがえり,対立者を倒して王となる話は,あきらかに死と復活の儀礼をふまえた話といえる。また古代の王は,天なる父として母なる地との婚姻を象徴的に演じ,自然の豊饒を招来せねばならなかった。これが即位儀礼の一環としての聖婚である。神話上から言えば,海は大きくは大地に属するものとみなせるから,オオワタツミの女との結婚は聖婚の説話化であったことになる。《日本書紀》の一書に,ワタツミノカミノ宮でヤマサチが真床覆衾(まどこおおうのふすま)の上に座ったとあるが,これが,大嘗宮で天皇が新君主として誕生する前にくるまる衾であることを知れば,上述のこともうなずけよう。
執筆者:倉塚 曄子
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邇邇芸能命(ににぎのみこと)と木花之佐久夜姫(このはなのさくやひめ)との間に生まれた子。第1子の火照命(ほでりのみこと)が海幸、第3子の火遠理命(ほおりのみこと)が山幸である。山幸は、海幸の釣り針を借りて海に出かけるが1匹も釣れず、そのうえ釣り針を失ってしまう。海幸から釣り針を返せと責められて困っていると、塩椎神(しおつちのかみ)(海の潮をつかさどる神)が現れ、綿津見神(わたつみのかみ)の宮(海神の宮)へ行けば、海神の娘が相談にのってくれるだろうと助言を与える。そこで山幸は教えられたとおり海神の宮を訪れ、やがてその娘である豊玉姫(とよたまひめ)と結婚する。3年ののち、釣り針のことを思い出した山幸は、海神の助けによってタイののどに刺さっていた針を探し出し、地上の国へ帰ってくる。海神の教えに従って、この釣り針に呪(のろ)いのことばをかけてから返すと、兄の海幸はたちまち貧しくなり、とうとう怒りだして攻めてきた。しかし山幸は、海神からもらった塩盈珠(しおみつたま)を使っておぼれさすなどして兄に復讐(ふくしゅう)した(『古事記』)。
海幸は隼人(はやと)(しばしば大和(やまと)政権に反抗した九州南部の種族)の祖神、また山幸は皇祖神とされており、この話は最後のところで隼人が皇室に服従したことを語る形式をとっている。これに似た話がスラウェシ(セレベス)あたりにも見受けられるところから、隼人が南方からもたらしたとも考えられる。一方、この話の構成が大国主命(おおくにぬしのみこと)の受難譚(たん)に似ているところから、若者の成年式、それも綿津見神を祀(まつ)っている阿曇(あずみ)氏の成年式を語ったものとする見方もある。いずれにしろ、日本の神話のなかではもっとも文芸性の豊かな、美しい神話である。
[守屋俊彦]
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記紀神話にみられる説話。元来サチは漁具・猟具をいい,またその獲物,さらに獲物を獲得する霊力をいう。ニニギの子であるホノスソリは海幸を,その弟のヒコホホデミは山幸をもつ神であり,それぞれ海幸彦・山幸彦とよばれた。あるとき兄弟は道具を交換したが,弟は兄の釣針を海でなくしてしまう。兄に責められた弟は,シオツチノオジのはからいで海神(わたつみ)国へ行き,そこで海神の女トヨタマヒメと結婚,失った釣針と潮の干満を左右することができる珠を得て地上に帰り,兄をこらしめ服従させた。このようなモチーフをもつ説話は環太平洋地域に広く分布する。また海幸彦は隼人(はやと)の祖であり,その奉仕起源伝承ともなっている。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…中国内陸湖沼地帯での民話〈洞庭湖の竜女〉は,浦嶼子説話ときわめて似ている。また,記紀の神代巻にある有名な〈海幸・山幸〉の交換説話の主要モティーフは,いわゆる〈失われた釣針〉型の話で,この類話はインドネシアから西部ミクロネシアにかけて濃厚な分布を示し,その変型は中国内陸水界民の間にもみられる。これらの類似は,中国内陸部の民族移動と関係があるかもしれない。…
…ワタの語源はさだかではないが,うみ,うなばらなどが自然としての海を想起させるのに対し,霊的なもののすみかとしての海を意味するようである。ワタツミノカミをまつる神社はいくつかあるが,とくにオオワタツミノカミとは,海底の宮殿に住み,海の幸また農の水を支配する神格として記紀の海幸・山幸の話に登場する神を指す。兄の海幸彦に借りた釣針を失った山幸彦(瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の子)が,針を求めて訪れたのが綿津見の宮であった。…
…元来は稲穂にちなむ名であろう。その兄火照(ほでり)命と弟火遠理(ほおり)命の葛藤の話が《古事記》の海幸・山幸物語である。ただし《日本書紀》本文では,ホスセリが第1子山幸とされ,第2子ヒコホホデミ(ホオリ)と争う話になっている。…
…しかし最近の研究では,高度の灌漑技術ではなく,今でもスラウェシ島,スマトラ島,ミャンマー,南部ベトナムの沿岸地帯に見られる河岸砂州上の水田で,ただ潮汐の押し上げる淡水を用水に利用する田(インドネシア語でパサング・スルットと呼ばれる)に相当すると考えられている。ちなみに《古事記》《日本書紀》が伝える海幸・山幸伝承の水田も雒田に関係するといわれる。【桜井 由躬雄】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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