改訂新版 世界大百科事典 「混成軌道」の意味・わかりやすい解説
混成軌道 (こんせいきどう)
hybridized orbital
共有結合は二つの原子の価電子の軌道どうしの重なり合いによって形成される。この際に,孤立原子の場合の価電子の軌道そのままに保つ必要は必ずしもなく,原子間の化学結合の形成に有利なように価電子の軌道が再構成されることがある。代表的な例としてメタンCH4における炭素原子と水素原子の間の共有結合をとりあげてみよう。自由な炭素原子の価電子は2s軌道に2個,2p軌道に2個はいって,(2s)2(2p)2と表される電子配置になっているが,原子価が4価になるには(2s)1(2p)3の電子配置をとらねばならない。しかしこのままでは,4個の同等な水素原子との共有結合の形成は不可能である。そこで,2s軌道と3個の2p軌道(2px,2py,2pz)が混ざり合って4個の互いに同等な軌道に再構成されたものを考える。2s軌道の波動関数をsとし,2p軌道のそれをpx,py,pzとするとき,混ざり合った軌道の波動関数は以下のようになる。
1/2(s+px+py+pz)
1/2(s+px-py-pz)
1/2(s-px+py-pz)
1/2(s-px-py+pz)
このように,自由原子の場合の軌道関数の混ざり合いによって形成された新しい軌道を混成軌道というが,上の例の場合は,sp3混成軌道と呼ばれる。4個のsp3混成軌道のそれぞれは,図のように,一つの方向に大きく広がり,その反対方向には小さく伸びた形になり,軌道が大きく伸びた方向にある原子の価電子軌道との重なりに有利な形になっている。4個のsp3混成軌道が伸びている方向は互いに109度28分をなし,それは,原子を正四面体の中心に置いたときに,正四面体の頂点と中心を結ぶ線の方向になる。このことから,メタンの正四面体的な分子構造が理解される。sp混成軌道では,2個の軌道が伸びている方向が互いに180度の角度をなす。BeH2分子で,ベリリウム原子が2個の水素原子と共有結合を形成するにあたっては,ベリリウムの2個の価電子がsp混成軌道にはいり,それと水素の1s軌道の重なりによって結合が生じている。このように考えることによって,BeH2分子が直線状の構造になることが説明できる。なお,sp2混成では,同一平面内にあって互いに120度をなす方向に伸びた3個の軌道が得られる。エチレンC2H4では,炭素原子の価電子4個のうち1個は2pz軌道にはいって炭素原子間のπ結合の形成にあずかるが,残りの3個の電子がsp2混成軌道にはいって,2個の水素原子ならびに炭素原子とのσ結合の形成にあずかっている。s,p軌道に加えてd軌道も混成すると,さらに他の幾何学的な形に適した混成軌道が得られる。たとえば,sp2d混成軌道は結合する原子の配置が平面正方形の場合に,sp3d2混成軌道は八面体的な配置の場合に適したものである。
執筆者:黒田 晴雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報