渋谷天外(読み)シブヤテンガイ

デジタル大辞泉 「渋谷天外」の意味・読み・例文・類語

しぶや‐てんがい〔‐テングワイ〕【渋谷天外】

[1906~1983]喜劇俳優・劇作家。2世。京都の生まれ。本名渋谷しぶたに一雄。父は初世渋谷天外。筆名館直志たてなおし松竹新喜劇発展に貢献した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「渋谷天外」の意味・わかりやすい解説

渋谷天外
しぶやてんがい
(1906―1983)

喜劇俳優。本名渋谷(しぶたに)一雄。京都市祇園(ぎおん)の生まれ。父初代渋谷天外(1872―1916。本名渋谷博喜智)は、2代目となる一雄の生まれた明治39年に落語出身の中島楽翁と喜劇団楽天会を結成した大阪喜劇草分けの一人。その関係で、8歳のとき東京・明治座で初舞台。志賀廼家淡海(しがのやたんかい)一座を経て、1928年(昭和3)曽我廼家十吾(そがのやじゅうご)と松竹家庭劇を結成、翌年2代目を襲名した。洒脱(しゃだつ)な人柄そのままの軽妙な演技で舞台に立つかたわら、館直志(たてなおし)ほかの筆名で数えきれないほどの脚本も書く。第二次世界大戦後の1948年(昭和23)には松竹新喜劇(現新生松竹新喜劇)を結成、その中心的存在として放送・映画にも活躍、また藤山寛美(かんび)をスターに育てるなど、大阪喜劇を全国的に広める原動力となった。脚本の代表作に『桂春団治(かつらはるだんじ)』『花ざくろ』『銀の簪(かんざし)』など、著書に『笑うとくなはれ』『わが喜劇』など。1992年(平成4)2代目天外の実子(本名渋谷喜作、1954― )が3代目を襲名した。

[向井爽也]

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世界大百科事典 第2版 「渋谷天外」の意味・わかりやすい解説

しぶやてんがい【渋谷天外】

1906‐83(明治39‐昭和58)
喜劇俳優,劇作家。本名は渋谷(しぶたに)一雄。喜劇団〈楽天会〉の主宰者,初代渋谷天外(1878‐1916)の子として京都で生まれ,8歳で同劇団で初舞台を踏んだ。やがて曾我廼家(そがのや)十郎(曾我廼家劇)のすすめで劇作にも手を染め,楽天会解散後は〈志賀廼家(しがのや)淡海一座〉を経て1928年に曾我廼家十吾(とおご)らと松竹家庭劇を結成した。翌年2世天外を襲名して,俳優兼劇作家(ペンネームは館直志(たてなおし))として関西はもちろん東京でも活躍,人気を呼んだ。

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百科事典マイペディア 「渋谷天外」の意味・わかりやすい解説

渋谷天外【しぶやてんがい】

喜劇俳優,劇作家。本名渋谷(しぶたに)一雄。筆名志賀里人,館直志(たてなおし),川竹五十郎。喜劇団〈楽天会〉主宰・初代渋谷天外〔1878-1916〕の子として京都に生まれる。楽天会解散後,志賀廼家(しがのや)淡海一座に加わり舞台に立つ一方,劇作も手掛ける。1928年曾我廼家十吾(そがのやとおご)らと〈松竹家庭劇〉を結成,翌年自作の《親の味》で2代目天外を襲名。1948年〈松竹新喜劇〉を結成し,主演・脚本をこなすとともに藤山寛美らを育てた。代表作は《桂春団治》《わてらの年輪》など。著書に《わが喜劇》がある。

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世界大百科事典内の渋谷天外の言及

【松竹新喜劇】より

…旗揚げは1948年12月,大阪の中座で,以後もそこを本拠として活動し現在に至っている。旗揚げのプログラムは茂林寺文福(もりんじぶんぷく)こと曾我廼家十吾(そがのやとおご)(1892‐1974)と館直志(たてなおし)こと渋谷天外合作《丘の一本杉》,和老亭当郎(わろうていとうろう)こと曾我廼家十郎作《手》,一堺漁人(いつかいぎよじん)こと曾我廼家五郎作《嵯峨野の雪》ほかであった。参加メンバーには渋谷天外,曾我廼家十吾,浪花(なにわ)千栄子(1907‐73),藤山寛美(かんび)(1929‐90),曾我廼家大磯,曾我廼家明蝶(めいちよう),曾我廼家五郎八,曾我廼家鶴蝶(つるちよう)らがいる。…

※「渋谷天外」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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