温排水とは火力・原子力発電所,鉄鋼業,化学工業,石油工業などで,冷却水として使用され昇温された水が,海,河川,湖沼に排出されたものをいう。各工業からの温排水量は,産業構造によって変わるが,主要な排出源は火力および原子力発電所である。日本では,火力・原子力発電所は冷却水の取水と温排水の排出が容易な海岸線に建設されており,温排水による漁業被害が大きな問題となっている。とくに原子力発電所は火力発電所に比べて概して出力が大きく,同じ出力でも温排水の量がおよそ1.5倍くらいになり,さらに1ヵ所に5~6基も建設されることがあり,また低濃度の放射性物質が温排水とともに放出されるため,沿岸海域への影響が注目される。
火力および原子力発電所では,発生させた高温の蒸気でタービンを駆動し,このタービンで発電機を運転しているが,タービンを出た蒸気は復水器で冷却されて水になり再使用される。この復水の過程で蒸気を冷却するのに用いられるのが冷却水であり,蒸気から熱を奪って昇温(8~14℃)した冷却水が温排水として排出されるのである。一般に火力発電や原子力発電においては,発生した熱エネルギーのうち40~65%が温排水として廃熱され,これは,例えば100万kWの発電所で108kcal/hという莫大な量の熱量が放水口から排出されることになる。放水口近辺に形成される温排水域の形や広さは,周囲の地形,潮汐をはじめとする海況,風や気温など気象によって複雑に変化し,水温が周囲よりも1℃以上高い範囲は,温排水が10m3/sの場合には105~106m2程度,100m3/sの場合には107~108m2程度との報告もあるが,同一地点でも時刻とともに大きく変化する。
発電所からの温排水は単に温度が高いのみではなく,取水路や復水器に付着する生物などを防除するための塩素ガスや次亜塩素酸ソーダ,あるいは腐食防止剤や洗剤などの化学物質が混入する場合もある。さらに,原子力発電所では廃液のうち低放射能のものは温排水中に混入して排出される。このように温排水は種々の汚染物質を含んだ廃水である。
温排水が海洋生物に及ぼす影響については調査,研究が行われ始めたが,まだ不明な点が多い。これまでに冷却水とともに取り込まれた魚卵やプランクトンが,熱,塩素,激流などによって致死的な影響を受けたり,死に至らないまでも生理的な影響を受けることが報告されている。また,放水口周辺水域では長期間の間に生物相が変わることが報告されているが,これは温度上昇,流れの変化,生物相互関係などが複雑に関係して生ずるものである。漁業被害としては,ハマチなど養殖魚の死亡,ノリやワカメの生産低下や品質低下などがある。また,温排水の影響で定置網漁業の漁獲量や漁獲組成が変わったり,漁場が変わったりすることも指摘されているが,これらの漁業被害は見えにくく,検証がきわめて困難なのが実状である。
温排水による被害を防止するためには,一度使用した後の冷却水を温排水として海域に放出する貫流方式に代わって,冷却塔や冷却池を用いて温排水を放出しないで再使用する閉サイクル完全循環方式に切り換えることが必要である。
執筆者:大野 淳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
温められて海などに大量に排出される冷却水のこと。温排水は製鉄、化学などの産業施設から排出されるが、電力産業が最大で、アメリカでは全産業の4分の3を占めている。蒸気タービンを用いる発電方式では、タービンで機械的エネルギーに変換された残りの蒸気のエネルギーは、復水器とよばれる熱交換器によって外部からの冷却水に移され、蒸気は水に戻る。この外部冷却水としては、近くに大量に存在する河川水、湖水、海水などが用いられる。復水器を通った冷却水は、通常7~8℃昇温して環境に放出されるために、環境への熱影響や、自然水系中にすむ生物への有害な影響の原因となり、いわゆる温排水問題が生ずる。しかし、生態系に及ぼす影響は後述するように取水量の大きさに比例することが明らかとなりつつあるので、正確には取水・温排水問題とよぶべきであろう。
軽水炉による原子力発電は熱効率が低く、発生する熱エネルギーの3分の2は温排水として環境に放熱される。電気出力100万キロワットの軽水炉による原子力発電では、1秒間当り60~70トンの冷却水が必要で、これは石炭・石油火力の場合の1.5倍に相当する。2011年(平成23)3月の東日本大震災の際に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では、冷却用の海水をくみ上げるポンプが津波をかぶって機能を失い、発生する熱を最終的に温排水として海に放出することができなくなり(最終ヒートシンク問題)、これが炉心溶融の一因となった。このように温排水は、原子炉の温度を制御して安全を確保するうえでも重要な位置づけにある。
日本には大きな河川がなく、また海岸線が長いといった地理的条件から、復水器冷却水のほぼ全量を海水に依存している。一方、ほぼ沿岸全域に漁業権が設定されており、とくに浅海漁業の盛んな地域では、温排水放出に伴う海洋生物の生態系変化や、取水による悪影響などに対して不安が生ずるのは当然で、このことが原子力発電所立地に際して漁業者との間に社会的紛争を生ずる原因となってきた。
温排水の拡散範囲を予測するための実験式の案出や、ヘリコプター搭載の赤外線イメージカメラによる観測、調査船による直接測温など、温排水の影響範囲の調査が行われているが、環境水温との差が2℃以下の温度変化の検出はむずかしいとされている。
復水器を高速で通過する外部冷却水中の魚卵、幼生、プランクトンなどは、機械的、熱的ショックおよび注入塩素などの化学作用によりほとんど全滅する。そのため生態系への影響を小さくするには、取水量を制限して、循環使用することが望ましい。深層取水および放水、バイパス希釈その他の工学的取放水対策以外の冷却用池、水路、冷却塔などによる大気への排熱方式があるが、日本ではまったく行われていない。
[中島篤之助・舘野 淳 2015年9月15日]
…欧米では内陸に建設される発電所が多く,河川や湖水に熱を放出するとたとえ大河川でもその影響が無視できないため,冷却塔から大気中に放出される。一方,海が近くにある地域では,この熱を温排水として海に放出している。この温排水の環境への影響と平常時の微量の放射性物質の環境影響は,原子力発電所立地にあたって必ず問題となり,論争のテーマとなった。…
※「温排水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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