精選版 日本国語大辞典 「無住」の意味・読み・例文・類語
むじゅう ムヂュウ【無住】
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鎌倉後期の僧。道暁、一円、大円国師ともいう。鎌倉幕府の幕臣梶原(かじわら)氏の裔(すえ)に生まれたといわれるが、肉親の縁に薄く、鎌倉をはじめ下野(しもつけ)(栃木県)、常陸(ひたち)(茨城県)などを転々としたのち出家し、28歳で遁世(とんせい)。以後、奈良、京都、鎌倉の諸寺で広く顕密諸宗を学ぶ。37歳の1262年(弘長2)以後、尾張(おわり)国木賀崎(きがさき)(名古屋市)の長母寺(ちょうぼじ)の住職となった。自ら「昔より物語を愛し好み侍(はべ)りしゆゑに、修行の暇(いとま)をかきて、徒(いたづ)ら事を書き置」いたと述べているように、生来の話し好きで、晩年、硬軟取り混ぜた仏教説話を編纂(へんさん)し、『沙石(しゃせき)集』(1283)、『雑談(ぞうたん)集』(1305)などを著した。地方の武士や庶民の世界が平明な文体で描き出されている。
[小島孝之]
『安藤直太朗著『説話と俳諧の研究』(1979・笠間書院)』
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1226.12.28~1312.10.10
鎌倉中・後期の僧侶。梶原氏,俗名不明。諱は道暁(どうぎょう)。号は一円房。諡号大円国師で,1546年(天文15)に勅諡(ちょくし)。鎌倉生れ。18歳で常陸国法音寺で出家。以後関東・大和諸寺で諸宗を兼修。1262年(弘長2)尾張国長母(ちょうぼ)寺(現,名古屋市東区)に住み,80歳で寺内桃尾軒に隠居した。和歌即陀羅尼論の提唱者,話芸の祖。事績は著作中の述懐記事や「無住国師行状」などの伝記,高僧伝が伝える。編著書「沙石集(しゃせきしゅう)」「聖財集(しょうざいしゅう)」「妻鏡」「雑談集(ぞうたんしゅう)」。
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…仏教説話集。無住道暁(むじゆうどうぎよう)編。10巻。…
…鎌倉時代の仏教書。無住著。1巻。…
※「無住」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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