大正末期から昭和初期に東京で発行された共産党の合法的機関紙。1925年(大正14)9月20日、月2回刊で創刊、翌年1月から週刊、27年(昭和2)9月から月6回刊となる。発刊の辞には「全国無産階級の政治新聞たらん、大衆の日常闘争の武器たらん、無産階級前衛の結合促進の任務の遂行を期す」のスローガンを掲げ、佐野学(まなぶ)を主筆に、渡辺政之輔(まさのすけ)、北浦千太郎(せんたろう)、野坂参三、志賀義雄(よしお)、関根悦郎らが参加し、2~3万部を発行している。しかし当局の弾圧が激しく、三・一五事件(1928)以後は、ほとんど毎号禁止処分を受けたため、29年(昭和4)8月20日第238号で廃刊した。9月9日ふたたび『第二無産者新聞』を創刊したが、これもほとんど禁止処分を受けたため、12月からは非合法で発行を続け、31年末には一時、中央機関紙の役割も果たしたが、32年3月31日、第96号で『赤旗(せっき)』(後の『赤旗(あかはた)』)に統合、廃刊となった。
[春原昭彦]
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…ドイツの漫画家G.グロッスの影響をうけ,プロレタリア美術運動に深く傾斜,25年日本プロレタリア文芸連盟および漫画連盟に参加した。同年創刊の《無産者新聞》に独特の鋭い筆致で政治漫画を描いた活動はプロレタリア美術史上特筆される。31年共産党に入党し《赤旗》部門で活動したが,32年検挙され1年後釈放された。…
※「無産者新聞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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