弔う縁者のない,さまよえる霊魂。また非業の死をとげるなどして家へもどれない遊魂のこと。供養されることがないのでつねに腹をすかせ,あるいは安らかな死が迎えられず,怨恨をもって迷っているため,たたりやすく,またこの世に害を与えるので,無縁仏には個人または集団でことあるごとにまつる必要があるとされた。中世の霊魂祭祀では,個々の無縁霊がもれないように,総括して法界,三界万霊,無縁一切精霊などと表現していた。民俗用語としては,現今,南九州・南島ではフケジョロ(外精霊),ウケジョロ(浮精霊),ホカドン(外殿),トモドン(供殿)など,紀ノ川沿いではお客ボトケ,兵庫県宍粟市などではショウロサン(精霊様),岐阜県加茂郡では一切精霊様,壱岐ではサンゲバンゲ(三界万霊)などとよばれている。無縁仏はふつう家と縁のない霊をさすが,家と関係のある人の霊でも無縁仏とみるところがある。関東地方では家族員でも未婚のままで死んだ人の霊は無縁様という。また家族とは無関係であるが,自己の屋敷地にかつて住んでいた他人の霊を屋敷先祖,屋敷ボトケとなかば家族的に扱いながらも,これを無縁仏視してまつることもある。台湾の漢族にみられる中元節の餓鬼は横死した人,恨みを残して死んだ人,夭折した人,死後の世話をしてくれる子孫をのこさずに死んだ人などの霊であるが,無縁仏の性格を考えるうえに参考となる。ホカドン,トモドン,お客ボトケなどのいい方も無縁仏の概念に一つの規定を与えている。外,供(とも),客などというのは,家の本ぼとけに対する言葉であって,無縁仏は本ぼとけとなりえない,つまり家の先祖の仲間入りができない霊魂である。盆は祖霊祭祀が中心であるが,無縁仏もまた供養を求めて訪れる。このため無縁棚,餓鬼棚,水棚が縁側の端や戸外に作られたり,また屋内の祖霊棚などの下に置かれた柿や蓮の葉に供物が盛られる。無縁仏は,家の祖先をまつるとき,あわせて供養すべきものであり,さもないとたたりがあって,家の幸福が保証されないのだと,今も強く意識されている。個々の家はもとより,共同体にとってもとくに無縁仏の祭祀が必要であった。
執筆者:伊藤 唯真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
正統な先祖霊に対して、それ以外の霊をいう。平安時代には物の怪(け)、中世には怨霊(おんりょう)・御霊(ごりょう)、近世以降は無縁仏という。いくつかの概念が混じり合った語。(1)霊魂信仰の考え方では、戦死、事故死、自殺など非業(ひごう)の死を遂げた人の霊は、遺体から遊離して浮遊霊となって空中をさまよい、しばしば人に害を与えるものとして恐れられた。(2)結婚せずに死んだ人の場合、死後の祭りをしてくれる子孫がなく、不幸であると同時に一段低い霊と考えられた。また、縁者の絶えた死者の霊。(3)所属する家では先祖霊に数えられながら、嫁の実家などでお客仏として扱われるもの。(4)仏家の間では、仏法を聞く機縁のない者を無縁の衆生(しゅじょう)といい、一つの宗旨・宗派の立場からは、他の宗旨・宗派の死者を無縁仏とする場合もある。以上四つを総括して無縁仏という。盆には先祖を祭る精霊棚(しょうろだな)とは別に、餓鬼(がき)棚などを設けて供物を分かち与える例が多い。
[井之口章次]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これらのことは往時の〈旅は憂いもの辛(つら)いもの〉といったありさまをよく反映している。行路病死者の霊魂は,正常の人間として生を全うし,祖霊化の過程をとって,帰るべき家をもつ霊(本仏)に対して,無縁仏として差別される。それゆえにたたりがおそれられ,無縁供養が行われる。…
…平安時代になると,空海など渡唐僧によって施餓鬼(せがき)の法が伝えられ,鎌倉時代にはこれが諸宗派に取り入れられ,室町時代には施餓鬼会が盛んに行われた。本来,盂蘭盆会と施餓鬼会は別種の法会であるが,餓鬼と無縁仏とが同じ意味で理解されるようになり,盆中または盆の前後に施餓鬼会が行われるようになった。こうして盂蘭盆会と施餓鬼会とが密着し,盆施餓鬼は一般寺院の年中行事でも重要な位置を占めるに至った。…
…西日本に多い憑物(つきもの)の一種で,とくに空腹時に憑かれることが多い。ダリ神,ダリ仏,ダニ,ダラシ,ジキトリ,ヒモジイ様,イザリ神などともいい,餓鬼や無縁仏に憑かれる例や,歩行中に出会う〈行逢神(いきあいがみ)〉も同系統のものといわれている。この神に憑かれると急に空腹を覚え,冷や汗がでたり,手足がしびれて足腰が立たずに一歩も進めなくなるという。…
※「無縁仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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