葉や茎を飼料として利用する目的で栽培される,主として多年生の草本植物。牧草は,古くから家畜の飼料として用いられてきた野生の草本のうち,家畜がとくに好んで食べ,栄養価が高く,収量も多いものを選抜して改良したものである。レンゲのような緑肥作物や野草も,栄養価が高く,嗜好(しこう)性もよいため,飼料として利用する目的で栽培されるときには牧草と呼ばれる。これに対し,食用となる子実植物や根菜類が粗飼料生産用に改良されたものは,牧草と区別してふつう青刈作物と呼ばれる。牧草は,植物体,とくに葉がよく繁茂して,栄養価が高く,種子が多くとれ,再生力が強く,低温,日照不足,乾燥地など光合成に支障をきたすような不良環境の下でも育つものが多い。そのため,デンプン質穀物の生産に適さない土地でも栽培できるので,世界の農用地の約70%が牧草栽培に用いられている。しかし,日本では耕地のわずか10%しか牧草栽培に使われていない。
大部分はイネ科とマメ科である。イネ科牧草は一般に単位面積当りの養分収量が多く,また窒素施肥によって収量が増大する。一方,マメ科牧草は根粒菌を根に寄生させており,空中窒素を固定するので地力の衰えたところでも生育し,またこれを栽培すれば草地では肥沃度が維持できる。イネ科牧草は生育段階によって栄養成分が著しく変化し,若いときには粗タンパク質が高いが成熟するにつれてそれが減少し,また粗繊維含量が著しく増加し消化しにくくなる。養分収量が最大値を示すのはふつう出穂期であり,開花期をすぎれば栄養価が低下する。マメ科牧草は,生育段階によってその成分の変動は比較的少なく,また,いずれの時期にも粗タンパク質含量が高く,ビタミン類,とくにカロチンを多く含む。しかし,収量はイネ科牧草に比べてかなり少ない。養分収量の最大値はふつう開花期にみられる。イネ科とマメ科の牧草を組み合わせて家畜に給与すれば,栄養バランスがよくなるので,これらを混播(こんぱん)することが多い。それによって生産される牧草は,粗タンパク質が高く,またマメ科牧草単用時に発生しやすい鼓脹症の発生を防除できるので好ましい。しかも,マメ科牧草が固定した窒素をイネ科牧草が吸収できるため,あるいは両者の根系の差から地中の肥料成分の吸収が効率よく行われるため,経営上有利となる。牧草,とくにイネ科牧草は多年生のものがほとんどであるが,生存年限からみて生育期間が1年以内の一年生,2~3年間の短年生,数年間から十数年間にも及ぶ多年生がある。イネ科牧草では,一年生としてイタリアンライグラス,ローズグラス,短年生としてレスクグラス,多年生としてオーチャードグラス,チモシー,トールフェスクなどがある。マメ科牧草では,一年生としてコモンベッチ,ヘアリーベッチ,短年生としてアカクローバー,多年生としてアルファルファ,シロクローバーなどがある。
一年生牧草は畑地や水田裏作などの耕地でおもに栽培され,短年生のものは耕地および草地で栽培され,多年生のものは初期の成長が遅いこともあって,主として草地で栽培される。これらは刈取利用されたり,放牧利用されたりする。しかし,多年生のものでも,経済的生産性からみて,短年生の輪作作物として利用されるものもある。牧草を利用上からみれば,刈取利用に適するものと放牧利用に適するものがある。刈取利用向きには草丈が高く,多収穫で葉の脱落しにくいもの,放牧利用向きには匍匐(ほふく)性で草丈が低く,踏みつけに対して強いものが適している。したがって,刈取型はトールオートグラス,チモシー,オーチャードグラス,アルファルファおよびアカクローバーなどであり,放牧型はケンタッキーブルーグラス,レッドトップ,シロクローバーおよびバークローバーである。環境条件によって牧草を分類すれば寒冷に強いものはチモシー,メドーフェスク,ラジノクローバー,暑熱に強いものはスーダングラス,スイートクローバー,湿地に耐えるものはレッドトップ,イタリアンライグラス,アカクローバー,干ばつに耐えるものはプレリーグラス,アルファルファ,酸性の土地によく生育するものはレッドトップをはじめ多くのイネ科牧草,ラジノクローバー,日陰にもよく生育するものはオーチャードグラス,メドーフェスク,海浜にもよく生育するものはビーチグラス,ヘアリーベッチである。
イネ科やマメ科の草本は,歴史的にみれば第三紀中期から後期にかけて,森林が退行するとともにこれにかわって広く草原植生を構成し始めた。有蹄類の草食動物のうち,この草原への適応性をえたものがここに移住したといわれる。このように牧草はこの草本から生じ,家畜はこれらの草食動物からつくられたものが多いので,古いヨーロッパのことわざに〈草がなければ家畜がない〉といわれるほど,この両者の結びつきは強いのである。しかし日本では,畦畔(けいはん)の野草,山草を稲わらとともに飼料として利用し,長年小規模な畜産を続けてきたので,牧草とは縁がうすかった。第2次大戦後,家畜飼育頭数が増加するにつれて牧草地の造成が盛んになっている。
なお,牧草は畜産面における利用以外に,土壌浸食防止にウィーピングラブグラスやトールフェスクが用いられたり,公園,庭,運動場などの芝生にベントグラス,ブルーグラス,クローバーなどが用いられ,美観を添えている。
→飼料作物
執筆者:宮崎 昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
家畜の主要な飼料として栽培されている飼料作物には、牧草と青刈り作物が含まれ、比較的小形で群として草地栽培されるものを牧草という。イネ科、マメ科に属する草本植物が多い。牧草は、遊牧時代からよく繁茂し、家畜の好みに適することが知られていた野草を選抜、改良したものが多く、ウシ、ウマ、ヒツジなどの草食家畜にとってもっともたいせつな飼料である。
牧草は、多くは多年生草本植物で、牧草として選抜されてきたものは再生能力が強く、1年のうち何回も刈り取られたり、放牧されたりしてもそれに耐える特性をもつ。牧草は、生育の形から、直立して草丈の高い立型と、地面を低くはう匍匐(ほふく)型に分けられる。立型は刈り取りに適し、匍匐型は家畜の踏みつけにも耐えるので放牧地に適する。すなわち、利用法の面からみれば、立型は乾草・サイレージ用の刈り取り型で、匍匐型は耕地・山地用の放牧型ということになる。牧草はさらに、発生地にしたがった生態型としては、寒冷地に適する耐寒性の強い寒地型と、夏の高温や乾燥に強く暖地に適する暖地型に区分される。
寒地型牧草はイネ科のオーチャードグラス、イタリアンライグラス、マメ科のアカクローバー、シロクローバー、アルファルファなどで、暖地型牧草にはイネ科のローズグラス、バヒアグラス、ギニアグラス、マメ科のスイートクローバー、クロタラリア、デスモディウムなどがある。牧草地や採草地には永年草のチモシー(オオアワガエリ)、オーチャードグラス、アルファルファ、シロクローバーが、畑作には一年草のイタリアンライグラス、ベッチ類が適し、アカクローバーのような短年草はそのいずれにも適する。乾草・サイレージ用にはオーチャードグラスのような立型が、放牧地にはレッドトップ、シロクローバーのような匍匐型がよく、またアルファルファのようにどちらにも適する中間型もある。
日本で栽培される牧草のほとんどは外国起源のものである。畜産の地域的広がりに対応していくためには、地域に適した牧草新品種の育種が必要である。日本では、1950年代後半から本格的な育種が始まり、1964年(昭和39)に牧草育種体制が整備され、全国各地域に牧草育種指定試験地が設置された。65年以降、これらの指定試験地では、さらに多くの新品種が導入され、選抜と評価が行われた結果、多くの新品種が成立し、牧草品種として登録されることになった。国公立の試験場および一部の民間会社で育成された新品種は、市販用種子として海外で委託増殖され、再輸入されて国内の種苗会社を通して農家に広く供給されている。
イネ科牧草は繊維が多く、反芻(はんすう)胃家畜の粗飼料として不可欠である。マメ科牧草はタンパク質や無機質に富む。普通は両者を混播(こんばん)栽培し、収穫もいっしょに行う。混播するとマメ科植物の根粒による窒素供給などを通して共生関係をもち、単播の場合よりも肥料が少なくて収量を増す利点もある。また、草丈の高いもの(上繁草)と低いもの(下繁草)を混播すると、土地の利用度が高くなり合理的である。牧草は傾斜地や果樹園に下草などとして栽培されることが多く、土壌保全の役割も担っている。
[西田恂子・星川清親]
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…家畜や家禽(かきん)の餌(えさ)とするために栽培される植物。牧草や飼料用根菜類だけでなく,普通は子実やいもを人間が食用としている作物であっても,これを家畜の餌用に栽培する場合は飼料作物とされる。たとえばトウモロコシやオオムギ,ライムギ,ダイズ,サツマイモなどの子実やいもは,人類にとって重要な食糧であり,一般には食用作物として扱われるが,これらの子実やいも,茎葉を餌として与えるために栽培される場合は飼料作物として扱われる。…
…なぜなら,19世紀の中ごろまで,肥料は家畜の糞尿(ふんによう)であったから,家畜頭数の増加が農業生産力の発展と密接に結びついていたのである。まず,夏作物のオオムギといっしょに牧草(おもにクローバー)が混播(こんぱん)され,オオムギが刈り取られたあとはクローバー畑となる。そして,その翌年も休閑せずにそのままクローバー畑として利用された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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