宮中の大歌所(おおうたどころ)で教習した,宮廷歌曲伴奏の和琴(わごん)(やまと琴,6弦)の譜本。全1巻。1924年(大正13)陽明文庫蔵の写本で発見された。天元4年(981)写の奥書に大歌師多安樹(おおのやすき)の名など見え,多氏に関係深いらしいが,筆者不明。原本の成立は平安初期か,編者未詳,筆写当時すでに希有の書とされた。漢文の序文は中国の古典音楽論を引いて音楽を世界の調和のかなめとし,特に琴歌を高雅として,律令の法と礼楽とを相関させる。ついで,多く記紀歌謡に通じる歌曲の名のもとに,万葉がなの歌詞21首(異曲同詞を含めれば22)と,それらが実際に歌われた長短緩急の声調なり生態なりを併記し,和琴の奏法を朱書する。宮廷風の編曲もあろうが,調弦法はなお解読できない。8首の歌詞は記紀歌謡,神楽歌,《古今集》などに同様のものが見え,あるいは歌曲の由来をも記すが,伊勢神歌など13首は本書のほかに見ない。書法史上も貴重である。
執筆者:本田 義憲
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平安時代、琴(きん)の伴奏で歌われた歌謡の歌譜。編者不明。現存唯一の伝本(陽明文庫蔵)の奥書には、大歌所(おおうたどころ)の大歌師、多安樹(おおのやすき)が天元(てんげん)4年(981)に写したと記されている。内容は、冒頭に序文(漢文)を掲げ、以下に歌曲名(その下に歌詞を万葉仮名で小字の二行書きにする)、歌詞を中心とする歌譜(万葉仮名)と歌の由来(漢文)を記す。歌曲名は茲都歌(しつうた)、歌返(うたいかえし)、片降(かたおろし)、高橋扶理(ぶり)など19曲(18種)、歌詞は22首(21種)、由来は11種が収められている。これらのなかには『古事記』『日本書紀』と同じものも多く、ほかに『古今和歌集』巻20の大歌所御歌や神楽歌(かぐらうた)、催馬楽(さいばら)など平安時代の歌謡と重なるものもあり、本譜が宮中の大歌所に伝えられているものを資料にしていると考えられることを考慮すると、古代の歌謡研究のうえで参考になる点の多い重要な資料である。なお、譜の部分も、歌い方、曲節、琴のあわせ方などを記していて貴重であるが、未解明の部分が多い。
[遠藤 宏]
『土橋寛・小西甚一校注『日本古典文学大系3 古代歌謡集』(1957・岩波書店)』
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