翻訳|vitalism
広義には,あらゆるものの中に機械論的に説明しえない生気(ラテン語でvita)を認める立場をいう。その原始的形態はアニミズムで,あらゆる自然物の中にアニマ(霊魂)の存在を認める考え方である。それは活動力ないし対話の対象とみなされたので,エネルギー概念および情報概念の先駆とも見られる。この思想的伝統はヘルメス思想の中に生き続け,ライプニッツの活力説(彼は力=エンテレキアentelechiaを実体とした)を経て,19世紀ドイツの〈自然哲学〉にまで及んだ。すなわちシェリングは〈自然は目に見える精神,精神は目に見えない自然である〉と主張し,ロマン派の思想家はさらに民族精神や世界精神についても語った。
狭義の生気論は,自発的活動力を持つ生物にのみ生気を認める立場で,アリストテレスは植物,動物,人間にそれぞれ特有の魂(プシュケー)があるとして生物の諸機能を説明し,これが長い間生物研究の主流であったが,17世紀になってデカルトは人間にのみ魂(アニマ)を認め,植物も動物も人体も機械と同様の物体にほかならないとした。こうして生物も機械論的に説明されるようになると,これに反対して生物体についても生気論が主張された。たとえばJ.B.vanヘルモントはパラケルススの主張した〈アルケウスarcheus(原初力)〉の概念を受け継ぎ,アルケウスは身体と魂を結合する霊的な気体で病因と闘うものであると考えた。またビシャーは厳密に有機体論的な生気論を唱えて〈生気的唯物論〉を主張し,ハンターは異質な物の間を飛ぶ〈生気物質materia vitae〉を考え,ブルーメンバハは重力と同様それ自体は見えないが結果によって観測できる〈形成力nisus formativus〉の概念を導入した。
19世紀に入ると,ウェーラーが尿素を無機物から合成し(1828),有機体の働きも生気の概念なしに物理的化学的に説明できることが判明して生気論は打撃を受けた。しかし,実験を重んじたC.ベルナールは機械論を排し,パスツールもつねに生きた細胞に独自の機能を認め,進化についてベルグソンが〈エラン・ビタルélan vital〉を主張するなど,生気論者も少なくなかった。
19世紀末,ウニの卵の発生実験をしていたドリーシュは,分離した割球が完全な幼生に発育することを発見(1891),機械論で説明しえない生命力を認めて〈エンテレヒーEntelechie〉と名付け〈新生気論neo-vitalism〉を唱えた。このように物理的化学的説明を認めたうえでなお生物独自の原理を主張する立場を〈新生気論〉といい,この立場をとるラインケJohannes Reinke(1849-1931)らの生物学者は〈ケプラー連盟〉を結成してE.H.ヘッケルの〈一元論者連盟〉に対抗した。ドリーシュのエンテレヒー概念はアリストテレスのエンテレケイアentelecheiaから借りたものであるが,それは秩序を制御するものであって,今日の情報概念に近く,過去の生気論も情報という観点から再評価されつつある。
執筆者:坂本 賢三
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生命論において機械論と対立する立場で、生命には無機物質を支配している機械論的原理とは別種の原理が働いているとする見解をさす。生気論と似た概念として、物活論、有機体論、全体論がある。それらはいずれも機械論と対立し、生命固有の原理の意義を強調する点で共通しているが、物活論や有機体論は、主として無生物を含めた自然界全体を生命あるものとして把握する立場を表すのに用いられる。原始人の物活論的思考とか、東洋の伝統的な有機体的自然観というのがその例である。それに対して、生気論と全体論は、近代科学の成立以降、無機物質に対する機械論的法則の支配が認められるようになった後で、生物の特異性を強調する場合に主として用いられる。生気論者として有名なのはドリーシュであり、彼はウニの発生実験に基づいて、生命特有の原理としてのエンテレキーの存在を主張した。生気論が生物の身体の構成単位において独自の原理の存在を主張するのに対し、全体論は構成単位の次元では独自の原理を認めないが、それらが生物を構成すると、個々の要素に還元できない特性が生じるとする。しかし、生気論と全体論の違いはかならずしも明確ではない。
[横山輝雄]
『ベルタランフィ著、飯島衛訳『生命』(1954・みすず書房)』
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[生命観とその問題]
生命観あるいは生命論はしばしば目的論的なものと機械論的なものとに大別される。生気論と生命機械論の区別がほぼこれに該当する。生気論(活力論ともいう)はつまるところ生物に非物質的な生命力が存在して無機物とは異なった現象をあらわさせると説くものであり,結局は目的論的原理を認めることになる。…
…科学では古代以来,要素的なものによって説明することを方法としてきており,とくに近代科学は自然現象をできるだけ分割・分析して究極の要素に至り,そこから全体を再構成することをもって科学の方法としてきたので,全体論は,伝統的な科学の方法に反対する立場であるということもできる。しかし,要素に還元することなく全体を把握するには,要素以外の原理を必要とするので,全体論はしばしば生気論と結びついてきた。生気論は,要素や部分に還元されない全体独自のものを説明するために〈生気vita(spiritus)〉なるものを導入するのであるが,これによって科学的に説明することになるかどうかには問題がある。…
…1891年にナポリの臨海実験所で彼がウニの二細胞期の胚を二つに分けたところ,W.ルーやワイスマンが主張するような半分の胚が現れず,小さいながら完全な幼虫が生じた。このため物理・化学に立脚した発生理論に疑問をもち,99年に生気論に立つことを明らかにし,1909年の《有機体の哲学》でその思想を展開した。発生現象を一般化し,全体の大きさに無関係に各構成部分が相対的な位置にみあった分化を行う系を調和等能系と名づけ,これこそ生命独自の現象だとしてこれを起こす作用因をアリストテレスのエンテレケイアにちなんでエンテレヒーEntelechieと呼んだ。…
※「生気論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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