翻訳|isomer
分子式は同じになるが、性質の異なる化合物が存在することを異性isomerismといい、異性の関係にある化合物を異性体という。異性は、すべて広い意味での構造の差によって生ずるが、その構造的特徴に応じて、いくつかの種類に分類されている。
[岩本振武]
1820年代にドイツのF・ウェーラーとJ・リービヒが、それぞれ独立にシアン酸銀AgOCNと雷酸銀AgONCを合成し、最初は論争となったが、のちにそれらが異性体の最初の例であることを確認して友情を深め合ったという逸話に端を発している。シアン酸HOCNと雷酸HONCとは、組成は同じであるが原子の結合順序が異なる構造異性の一例である。19世紀中ごろ、フランスのL・パスツールは酒石酸塩の結晶の外形に現れる特徴から、酒石酸の光学異性体を分割し、それが契機となって炭素原子の正四面体型結合方向の発見が導かれた。19世紀末から20世紀初めにかけて、スイスのA・ウェルナーはコバルト(Ⅲ)錯体の構造を幾何異性体と光学異性体の単離を根拠として論じ、八面体型6配位構造の存在を証明して配位説を提出した。これらのように、異性体が関係した研究は、化学結合や化学構造の理論の発展に重要な実験事実を提供してきた。
[岩本振武]
異性は、構造異性と立体異性とに大別できる。
(1)構造異性 構造異性は、組成式あるいは分子式は同一であるが、示性式あるいは一次元的または二次元的に示される構造式が異なる異性である。鎖状炭化水素の直鎖状構造と分鎖状構造の違いによる鎖形異性、置換基の位置が異なる位置異性、複素環を構成する原子の結合順序が異なる環異性、エタノール(エチルアルコール)とメチルエーテルの場合のような官能基異性などの構造異性が知られている。二重結合の位置が異なる1-ブテン、2-ブテン、イソブチレン(2-メチルプロペン)の場合は、鎖形異性体としてイソブチレンを除いたにしても、位置異性とも官能基異性とも考えることができる( )。この例のように、異性の分類は、歴史的事情も加わった便宜的なものであり、絶対的なものではない。
異性体のそれぞれは一般に安定な分子またはイオンとして存在することが多いが、官能基異性体どうしが互いに相互変換して共存する平衡混合物となっている例がある。アセト酢酸エチルは、アセト酢酸エチルとしてのケト形と、3-ヒドロキシ-2-ブテン酸エチルとしてのエノール形との混合物になっている(互変異性、それぞれの化合物を互変異性体とよぶ。
)。このような異性を(2)立体異性 構造式は同じになるが、原子の立体的配置が異なるために生ずる異性を立体異性というが、構造式の定義を拡大すれば、立体異性とされるものも構造式によって区別できる例も含まれている。これを幾何異性という。たとえばフマル酸とマレイン酸は、一次元的構造式で示せばCH(COOH)=CH(COOH)となって区別できないが、二次元的に示せば区別できる。フマル酸は二重結合を挟んで互いに反対側にカルボキシ基が位置しており、マレイン酸では同じ側に位置している。一般に、分子内の二重結合あるいは適当な面を基準にして、同じ側にある場合をシス、反対側にある場合をトランスとよんで区別し、それぞれ記号cis-およびtrans-を用いる。フマル酸はトランス体、マレイン酸はシス体である( )。シス‐トランスの異性は、幾何異性の一種である。平面型4配位および八面体型6配位金属錯体の幾何異性では、シスは「隣り合わせ」、トランスは「反対側」の意味になることが多い。
光学異性も立体異性の一種であるが、原子の三次元配列が互いに実像と鏡像の関係にあって重ね合わせても同一な構造にならないときにみられる異性である(偏光面が右に回転するか(右旋性)、左に回転するか(左旋性)の違いによって区別される。有機化合物において、正四面体型構造をとる炭素原子に結合している4種の原子あるいは原子団がすべて異なるもの[Cabcd]ではこの異性現象が生ずる。その炭素原子を不斉(ふせい)炭素原子とよぶが、炭素原子以外でも不斉となる原子があり、中心に原子がなくても分子全体として不斉になることもある。たとえば、八面体型6配位の金属錯体で、すべての配位子が違う[Mabcdef]のような場合や、分子不斉といっている第2種の対称要素をもたない、たとえば[Co(en)3]3+あるいはタンパク質の螺旋(らせん)鎖構造などがそうである。光学異性体の表示法にはさまざまな記号が用いられているが、右旋性であれば(+)あるいはd-、左旋性であれば(-)あるいはl-の記号を用いるのがもっとも簡単な表記法である。
)。この関係にある異性体どうしは物理・化学的性質がほとんど同一であるが、それを通過した偏光の[岩本振武]
これまでに述べた異性体では、単結合で結合している原子団は、結合軸の周りで自由に回転できることを前提にしていた。しかし、その回転は完全に自由であるとは限らず、たとえば、1,2-ジクロロエタンCH2Cl-CH2Clでは、C-C結合軸の周りにはいくつかの安定な配置と不安定な配置とがある(
)。C-C軸を縦に見込んだときの各原子の相対的配置には、トランス、シス、ゴーシュ2種類の計4種類があり、これらは回転異性体rotational isomerとよばれる。[岩本振武]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…分子式あるいはそれに対応する化学式は同じであるが,構成する原子の立体的な配列その他が異なるため,物理的および(または)化学的物質が異なる化学種が二つまたはそれ以上存在するとき,これらはたがいに異性体isomerであるといい,またこの現象を異性という。 異性現象の発見は有機化学の発展に大きな貢献をした。…
※「異性体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
7/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新