改訂新版 世界大百科事典 「痴愚神礼讃」の意味・わかりやすい解説
痴愚神礼讃 (ちぐしんらいさん)
Moriae encomium
エラスムスのラテン語風刺文学(1509執筆,1511刊)。《愚神礼讃》とも訳される。親友T.モアのラテン名モルスからモリア(痴愚女神)なる存在を着想,人間のあらゆる営為の根源にその働きがあることを聴衆を前にした女神の自画自讃の長広舌という形式で証明しようとした戯文。ルキアノスやテレンティウスを愛した著者は,古代ギリシア・ローマに関する深い素養を縦横に駆使し,軽妙滑稽また寸鉄人を刺す警句を用いて硬直した公式文化の価値体系を逆転させ,王侯貴族や教皇から神学者や哲学者・文法家など,いわゆる権威者の痴愚への隷従ぶりを描き,逆にこの世における愚者こそ神の前には英知の人であることを暗示している。宗教改革前夜に出現した本書は爆発的売行きを見せ,各国語に翻訳されて今も風刺文学の傑作として広く読まれているが,発表当時はその大胆な批判のためカトリック教会や神学者からは異端視されて,しばしば発禁処分を受けている。
執筆者:二宮 敬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報