旧約聖書の《箴言》《ヨブ記》《伝道の書》,外典に属する《ベン・シラの知恵》《ソロモンの知恵》等を,歴史書,預言文学と区別して〈知恵文学〉と総称する。これらの知恵文学には,特にイスラエル的な信仰を特徴づける主題である排他的な唯一神の信仰,歴史の中に神の行為を実現する救済史観,イスラエルの選び,啓示,契約などが見られない。その関心はイスラエル民族よりも人間一般,救済観よりも創造観にある。これらの特徴は,メソポタミア,エジプト等の古代近東の知恵文学と内容・形式ともに共通し,その思想の背後には,エジプトのマアト信仰に見られるような世界を支配する神的宇宙的秩序への信仰がある。知者とはこの世界秩序に従ってふさわしく行動するものであり,愚者ないし悪人はそのように行動しないものを指す。各人はその行いに従って報いられる。知恵(ホクマー)は元来具体的な技術,身を処する方法であり,その最も古いものは百科全書的な知識であるが,さらに拡大されて,道徳的なものから思想的,哲学的分野にまで及んだ。その影響は狭義の知恵文学に限られない。
知恵の起源は,宮廷における王の側近の指導者階級に求められ,知者の階層を生み出したが,部族生活における父子間の伝統の継承にも求められる。その内容は多様であるが,短い2行1節あるいはそれ以上からなる箴言(マーシャール)の形,あるいは譬(たとえ),寓話,謎,対話,独語,教訓物語の形式をとる。《箴言》は格言を集めたもので,きわめて合理的,実践的世界観を示す。《ヨブ記》《伝道の書》はそのような思想が固定化した時代に現れ,慣習的応報観を徹底的に批判する。《ヨブ記》は苦難の意義を対話形式で,《伝道の書》は人生の不条理,矛盾,空しさを独語の形で伝える。《ベン・シラの知恵》は創造者たる神と知恵に対する賛歌を含み,律法との結びつきが強い。《ソロモンの知恵》はユダヤの宗教の弁明で,ヘレニズム的色彩が最も強い。
執筆者:西村 俊昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
古代オリエントにおいては、古くから、謎(なぞ)かけや諺(ことわざ)、格言や教訓詩、寓話(ぐうわ)や物語、対話や論争などのさまざまな文学形式を用いて、人生や社会の諸問題に解答を与え、かつまた宇宙や世界の秩序を教えようとする文学が数多く記され、伝えられた。これらを総称して知恵文学とよぶ。たとえば、「……(人名)の教訓」と題される数々のエジプト文学、義人の苦難の問題を扱うバビロニアの神義論、アラム語の「賢者アヒカルのことば」等々。
古代イスラエル人の残した『旧約聖書』にも、随所に知恵文学的要素が認められる。なかでも「箴言(しんげん)」「ヨブ記」「伝道の書」、さらに『旧約聖書』外典の「ソロモンの知恵」「ベン・シラの知恵」などは、一括して知恵文学とよばれる。これらの『旧約聖書』の知恵文学はそれぞれ個性的ではあるが、神によって創造された世界の秩序への人間のかかわり、すなわち世界内存在としての人間の問題が、創造の神への信頼という宗教的問題と絡み合って、主題化されている点で共通する。
[月本昭男]
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