翻訳|desert
降水量が少ないため植物が生えていないか、まばらな所。南極などの高緯度地域や高度の大きい山地にも乾燥した荒地がみられ寒冷砂漠とよばれているが、乾燥地の性格より寒冷地の性格が強く、一般的には「砂漠」に含められていないことが多い。
[赤木祥彦]
研究者を中心に「沙漠(さばく)」という漢字を使用する人が多くなっている。「砂漠」から受ける「すなさばく」のイメージを避けるためである。しかし、「沙」も「砂」もともに「すな」を意味する漢字である。「沙」が本字、「砂」が俗字であり、「砂漠」が当用漢字になるまでは、ほとんど「沙漠」が使用されていた。ところで「沙漠」の本来の意味は「すなさばく」であり、中国ではこの意味で使用されている。「さばく」を意味する漢字は「荒漠」である。国語辞典で確かめると、明治・大正時代に刊行された国語辞典はすべて「砂漠」を「すなさばく」と説明しており、「荒漠」は取り上げていない。大槻文彦(おおつきふみひこ)編集の『大言海(だいげんかい)』(昭和8年版)では「地、沙ノミニシテ、流水モ草木モナキ広大ナル原野ノ称。」と説明している。地理(学)辞典は、1906年(明治39)に刊行された志賀重昂(しげたか)校閲の『地理辞典』以降、「サバク 砂(沙)漠 desert」の項目を設け、現在使用されている用法と同じに説明している。「desert」を意味する「荒漠」をだれも知らなかったためであろう。和辻哲郎(わつじてつろう)が1928年(昭和3)に執筆した『風土』で「desertに相当する言葉がないので、本来は『すなさばく』を意味する沙漠を使用する(要約)」と書いているため、一般的には昭和の初めころから「沙漠」が「さばく」を意味するようになり、新しく「砂沙漠」が使用されるようになったのであろう。
[赤木祥彦]
砂漠の範囲は、どの指標によって乾燥地帯の範囲を決めるか、乾燥した所のどの範囲を砂漠とするかによって異なる。乾燥地帯の区分法としては、1953年にアメリカの地理学者メイグスPeveril Meigs(1903―1979)が、水収支(降水量と蒸発散位――水分が十分あるときの蒸発散量)により乾燥地帯を極乾燥・乾燥・半乾燥に区分した方法が広く受け入れられており、このうち前二者を砂漠とするのが一般的である。また、1992年に国連環境計画(UNEP)が、砂漠化が発生する範囲を決めるために乾燥地帯を区分し、降水量を蒸発散位で割った値が0.05未満の地域を超乾燥、0.05~0.20未満を乾燥、0.20~0.50未満を半乾燥、0.50~0.65未満を乾燥亜湿潤とした。そして「乾燥・半乾燥・乾燥亜湿潤地域で発生する土地の劣化」を砂漠化と定義し、超乾燥地域は乾燥しすぎているため砂漠化は発生しないと説明している。この区分はメイグスと同様に水収支を指標としているが、計算が簡単なため広く使用されている。メイグスの砂漠の範囲は陸地の20.5%(極乾燥4.3%、乾燥16.2%)であり、UNEPの超乾燥は7.5%・乾燥は12.1%で、両者を加えた面積は19.6%となるので、UNEPの区分では、この範囲を砂漠とするのが適切である。
[赤木祥彦]
砂漠はさまざまな指標で区分されているので、「何々砂漠」とよばれる呼称がたくさんある。
(1)基本的な指標――海洋と湿潤地帯で囲まれた地理的範囲を示す呼称 この場合、砂漠が連続していても、高い崖(がけ)などで降水量や気温などに著しい相違があると、別の呼称でよばれている。アフリカ大陸のナミブ砂漠・カラハリ砂漠・サハラ砂漠・ソマリーチャルビ砂漠、ユーラシア大陸のアラビア砂漠・イラン砂漠・タール砂漠(大インド砂漠)・トルキスタン砂漠・タクリマカン砂漠・ゴビ砂漠、オーストラリア大陸のオーストラリア砂漠、北アメリカ大陸の北アメリカ砂漠、南アメリカ大陸のペルー砂漠・アタカマ砂漠・モンテ砂漠・パタゴニア砂漠、以上の16砂漠が基本的な砂漠である。
(2)基本砂漠のうちの砂砂漠の部分の呼称 アラビア砂漠のルブ・アル・ハーリー砂漠、オーストラリア砂漠のシンプソン砂漠など。トルキスタン砂漠の一部をキジルクム砂漠、カラクム砂漠としている地図帳がたくさんあるが、「クム」は砂砂漠を意味する現地のことばである。北アメリカ砂漠はチワワ砂漠、ソノラ砂漠、モハーベ砂漠、グレート・ベースン砂漠に区分されているが、この区分の指標は植生の相違である。
(3)基本的砂漠の一部の地方に対する地域的名称 サハラ砂漠のリビア砂漠、北アメリカ砂漠のグレート・ソルト・レーク砂漠など。
以上の砂漠には範囲があるが、次の指標は具体的な場所とは関係のない分類である。
(4)成因による分類(詳細は後述参照) 亜熱帯砂漠、雨陰砂漠、冷涼海岸砂漠、大陸内部砂漠(内陸砂漠)
(5)地表の特性を基準とした分類 岩石砂漠、礫(れき)砂漠、砂砂漠、粘土砂漠
以上がおもな分類であるが、このほかにもさまざまな指標で分類された砂漠名がある。
[赤木祥彦]
砂漠は成因により、以下の四つに分類される。
(1)亜熱帯砂漠 亜熱帯高圧帯では下降気流が発達しているため、大陸の東側を除き乾燥地帯となっている。大陸の東側に降雨があるのは、大洋上にある高気圧から吹く貿易風とモンスーンのためである。
(2)冷涼海岸砂漠 沖合いを寒流が流れており、しかも深海の冷水がわき上がっている所では、この冷たい海水上の大気が温かい陸上に移動しても降水をもたらすことはできない。
(3)雨陰砂漠 恒常風(つねに一定方向に吹いている風)の風上側が高い山脈で遮られている所は、山脈を越える際に降水をもたらし、風下側には乾いた風が吹き降りてきて乾燥地帯となる。
(4)内陸砂漠 大きな大陸の内部は風上側に顕著な山脈が存在しなくても、海からの風は途中で湿気を落としてしまうために乾燥している。
世界のおもな砂漠は以上にあげた成因の二つないし三つの組合せにより形成されていることが多い。その面積がもっとも広いサハラ砂漠は、亜熱帯砂漠であると同時に、内陸部は内陸砂漠、大西洋岸沿いはカナリア海流の影響を受ける冷涼海岸砂漠である。トルキスタン砂漠からゴビ砂漠にかけてのユーラシア内陸部は内陸砂漠であり、同時にヒマラヤ山脈、大興安嶺(だいこうあんれい/ターシンアンリン)山脈などによる雨陰砂漠である。北アメリカ大陸の砂漠は面積は広くないが成因は多様である。バハ・カリフォルニアは冷涼海岸砂漠である。南のソノラ砂漠は夏は亜熱帯高圧砂漠、冬は雨陰砂漠の性格をもつ。北のグレート・ベースン砂漠は内陸および雨陰砂漠である。アタカマ砂漠が世界でもっとも乾燥しているのは、亜熱帯高圧帯に位置し、沖合いをペルー海流が流れ、風上側にアンデス山脈が位置しているためである。
[赤木祥彦]
砂漠の降水の特色は量が少ないことと不規則なことである。そして降水量が少なくなるほど不規則性が大きくなる。冷涼海岸砂漠は降水量が少なく、年平均降水量が50ミリメートル以下の所が広い範囲を占める。アタカマ砂漠の中心部に位置するイキケの年平均降水量は2ミリメートルであるが、連続14年無降水を記録したことがある。ペルーのリマの年平均降水量は約10ミリメートルであるが、最大年降水量は1524ミリメートルである。他のもう一つの特色はしばしば局地的な豪雨となることである。そのため平坦(へいたん)な砂漠では局地降雨が移動してゆくのを目撃することがある。ワジwadiの河床は砂地となっているためにキャンプ地として好適であるが、上流に降った豪雨により溺死(できし)者が出ることもある。
温度との関係により相違があるが、一般的には年平均降水量が20~30ミリメートル以下の所では植生はほとんどみられなくなる。反対に降水量が増大すると草地となる。雨の多いオーストラリア砂漠はもっとも乾いた所でも約125ミリメートルの降水量があり、地下水を利用して牧場となっており、降水量の多い所には砂漠カシなどの林がみられる。植生が少なく、快晴の日が多い砂漠は世界でもっとも高温で温度変化の大きい地域である。夏季には45℃前後になるのはまれではなく、最高気温はイラクのバスラで記録された58.8℃である。地表面の温度はさらに高く、紅海付近で最高83℃を記録している。冬季の内陸砂漠は低温となり、カザフスタンのアルマトイでは零下34℃を記録している。日変化は一般的には17~22℃程度であるが、アメリカ、カリフォルニアの「死の谷(デス・バリー)」では41℃を記録している。年変化としてはスーダンでの55℃から零下2℃まで低下した記録がある。冷涼海岸砂漠は亜熱帯に位置しているが、夏にも高温とはならず、40℃を超えることはほとんどない。
[赤木祥彦]
地形は隆起運動や断層運動など、地球の内部から作用する内的営力と風化作用や侵食作用などの外的営力により形成される。砂漠の成因は気候であるが、気候は外的営力だけに作用するため、内的営力が強く働いている造山帯と弱い安定陸塊の地形では、同じ砂漠気候に位置していても大きな違いがある。造山帯では機械的風化作用が卓越している。機械的風化作用の主営力としては、大きな温度変化による日射風化、塩類が割れ目に侵入し、結晶や温度変化により増大して、その圧力で破壊する塩類風化があげられる。砂漠の年平均降水量は湿潤地域と比較するとはるかに少ないが、しばしば豪雨となり、しかも植生が少ないために侵食や運搬力が強く、地形を形成する主営力となっている。山地斜面は急勾配(こうばい)であり、地形発達の初期には多量の砂礫(されき)が生産されるため、その前面にバハダbahadaとよばれる連続した扇状地が形成される。山地斜面はその勾配を変えずに侵食され後退するので、その前面にペディメントpedimentとよばれる侵食緩斜面が拡大し、やがてインゼルベルクInselberg(ドイツ語)とよばれる孤立丘となり、最後には孤立丘も消滅し、広大な平坦地形となる。降水量より可能蒸発量のほうがはるかに大きい砂漠では、しばしば流水が海まで到達しない内陸流域がみられ、そのもっとも低い所にはプラヤplayaとよばれる、降雨後一時的に水がたまる非常に平坦な地形がみられる。
安定陸塊では地盤が長期間安定しているため侵食作用は終末期にあり、地形に岩石の特性と緩やかな地殻運動の特性が反映している。サハラ砂漠の地形は、中央部に第三紀に噴出し長期間侵食を受けてきたアハガルとティベスティの両山地以外は、基盤が緩やかに起伏している地形である。この起伏する基盤の低所には砂混じりの礫層や砂海が堆積(たいせき)しており、高まった所には、ところどころ基盤が露出し、風で運ばれた砂で侵食されたハマダがみられる。また、水平な地層の硬い岩石が分布する所では、侵食から取り残された台地地形が散在している。オーストラリア砂漠の地形は、エーア湖付近を中心とする緩やかな造盆地運動を受けているが、エーア湖に流入する河川で運ばれたシルト(粒径0.004~0.06ミリメートルの粒径の粒子)・粘土が堆積するため、平坦な地形となっている。中央部からインド洋にかけては、長期間の侵食により形成された侵食平原である。この堆積平原と侵食平原の低所にはシンプソン砂漠などの砂砂漠が発達しており、ところどころにマクドネル山脈、フリンダーズ山脈などが散在している。これらの山脈は褶曲(しゅうきょく)した非常に硬い岩石が、長期間侵食に抵抗して残っている地形であり、褶曲構造がそのまま山脈の形態に表れている。
風による侵食作用としては、未固結な細粒物が吹き飛ばされるデフレーションdeflationと、砂が風により吹き付けられて研磨するアブレーションablationがある。前者によって形成されるおもな地形としては砂漠窪地(くぼち)やデザート・ペーブメントdesert pavement、後者による地形としてはヤルダンyardangがある。風による堆積地形としては、砂床、砂丘がある。砂床はその表面に風紋がみられるだけのまったく平坦な平原であり、砂の厚さは50センチメートル程度のこともあり、その面積は10万平方キロメートル近くに達することもある。おもな砂丘としては三日月状の平面をもつバルハンbarchan、風向に直交する横列砂丘、風向に平行する線状砂丘がある。砂床と砂丘をあわせたところが砂砂漠であるが、そのほとんどは安定陸塊に分布しており、造山帯に位置している南北両アメリカ大陸の砂漠ではともに砂漠全体の1%以下である。安定陸塊の緩やかな低所には砂が吹き集められ、その大部分は3万平方キロメートル以上の面積で砂海とよばれており、最大の砂海は65万平方キロメートルのルブ・アル・ハーリー砂漠である。なお、サハラ砂漠で砂砂漠が占める面積の割合は約20%、アラビア砂漠で約30%、オーストラリア砂漠で約40%であるが、オーストラリア砂漠は固定砂丘である。安定陸塊に位置していない中国で、砂砂漠が約40%を占める原因は、タクリマカン砂漠の大部分が砂砂漠であるためと、基盤が平坦なゴビ砂漠にも砂砂漠が発達しているためである。
[赤木祥彦]
砂漠の最大可能蒸発量は降水量の500倍以上であり、砂漠は絶対的に水不足の地域となっている。しかし、特定の場所では大量の水が得られる。
(1)砂漠の最大の水源はナイル川やコロラド川などの外来河川であり、アスワン・ハイ・ダムの建設により、エジプトの耕地は60%増加した。
(2)安定陸塊の地下には大量の被圧地下水が存在し、サハラ砂漠にはナイル川の年間流量の800倍の水があると推定されている。この地下水の塩分濃度が薄い層には1000メートルを越す深井戸が掘削され、灌漑(かんがい)に利用されている。
(3)造山帯の盆地に堆積している砂礫層の中には自由地下水が存在している。アリゾナ州南西部のソノラ砂漠では、福岡県の水田に相当する面積がこの地下水で耕地化されており、また人口約100万人のトゥーソン都市圏(アリゾナ州)で使用される水もすべてこの地下水に依存している。
(4)イランから中国西部にかけてなどの山脈には地形性の降水があり、山麓(さんろく)に発達する扇状地では伏流水となっている。この伏流水は古くから地下水道により地上に導水され利用されてきた。シルク・ロードはこのオアシスを結ぶ交易路であった。
第二次世界大戦後、大規模ダムの建設や、多数の深井戸の掘削により砂漠が急速に開発されてきた。しかし、この人工オアシスによる開発は大きなマイナスも伴った。アスワン・ハイ・ダムは大規模な耕地をもたらしたが、反面、肥料分となっていたシルトがダムの底に堆積することにより肥料分が不足したこと、河床が低下し、デルタの先端が沿岸流で侵食されだしたことなどである。また地下水、とくに塩分を含む被圧地下水の灌漑は塩害をおこしやすく、各地に放棄された耕地がみられる。
[赤木祥彦]
アメリカ合衆国南西部の乾燥地帯は国立公園がもっとも多い地方である。変化に富んだ大峡谷が続く「ザイオン」、砂漠にすむ多様な動植物を保護している「サグアロ」、先住民の住居跡を保存している「カサグランデ遺跡国定公園」など、さまざまな特色をもった国立公園・国定公園が多く、夏の観光シーズンには予約していないと宿がとれないこともあるほど訪問客が多い。ナイル川沿いの古代エジプト文明の遺跡は砂漠を代表する観光地であるが、サハラ砂漠中西部の高地に位置するタッシリ・ナジェールの岸壁画には、牛・馬・ラクダなどが描かれており、サハラの乾燥化を示す証拠として関心がもたれている。これらの観光地のほかにも、オーストラリア砂漠平原上にそびえる高さ335メートルの巨岩ウルル(エアーズ・ロック)、風の強さの違いでその形態を刻々と変化させる大砂丘群と2000年も生存する植物「奇想天外(ウェルウィッチア)」で知られるアフリカ南西部のナミブ砂漠、ペルー砂漠のナスカの地上絵、緑の大平原だけで何もないことが日本人をひきつけているモンゴルのゴビ砂漠など、砂漠にも多くの観光地がある。
[赤木祥彦]
砂漠の民は遊牧と狩猟・採集の2種類の生業形態のどちらかを選択して環境に適応している。後者はきわめて少なく、現在ではカラハリ砂漠のサン人(俗称「ブッシュマン」)があげられるくらいである。前者はたいへん多く、中央アジアのトルクメン人、アラビア半島のベドウィン、サハラ砂漠のトゥアレグ人などが有名である。遊牧民にも狩猟・採集民にも共通するのは移動である。前者は食物すなわち牛、ラクダ、馬、ヤギ、羊とともに移動し、後者は食物すなわち野生動物と果樹や根茎を求めて移動する。牧草や野生動物の得られる場所、そしてなによりも水のある場所に新しいキャンプをつくるのである。こうした場所のうち、いつも水の得られる所がオアシスとよばれ、砂漠の生活の拠点となってきた。オアシスでは農耕も可能であり、実際そこに定着して農耕を行う人々もいた。オアシスはまた交易の中心地でもあり、しばしばさまざまな民族と文化の交流点になったのである。
このように砂漠の人々といえども、けっして孤立して生きてきたのではなく、つねに定住農耕民との交易と戦争という関係を通して存在してきたのである。またときには遊牧民が定住化して農耕民になったり、その逆のプロセスが生じることもある。
砂漠に住む人々の社会組織は定住農耕民と同様、多様である。サン人の社会では家族が唯一の恒久的社会単位であり、平均10家族が集まってキャンプをつくるが、頻繁に離合集散する。遊牧民の社会は首長制を発達させることも多く、ときには中央アジアや北アフリカにおいて歴史上重要な大帝国をも建設した。遊牧民における政治的統合の度合いは人口密度と、したがって究極的には水と牧草地の豊富さに依存している。しかし彼らに共通するのは、集団が離合集散し構成員が変わる流動性である。
砂漠の民に固有の宗教あるいは世界観が存在するかというのはむずかしい問題である。民族学者シュミットは遊牧的文化圏と農耕的文化圏を対置させて、前者は男性神による一神教と結び付き、後者は原始母神的信仰と結び付くと主張した。こうした傾向がみられることは事実だが、同時に多くの疑問も提出されている。また最近では定住農耕民に特徴的な妖術(ようじゅつ)の観念が移動の民には希薄であるという指摘もなされている。
[加藤 泰]
砂漠を特徴づける環境条件は、年降水量200~250ミリメートル以下、過度の地表面蒸発、日および年単位での大きな気温較差などである。これらはいずれも植物の生育にとっては過酷な条件であるが、植物は土壌や空気の乾燥、および低・高温条件と、その変化にいろいろな形で適応して生育していく。砂漠に生える乾生植物の葉は一般に極端に小さいか、退化して蒸散を抑えたり、多肉葉か硬葉となって水を蓄える。また厚いクチクラ層や陥没したへこみの底に気孔をもって、蒸散を減らしている。さらに、細胞液中の糖の濃度は乾期が近づくと増大し、細胞の吸水力や組織の保水力をあげて、長い乾期中の葉の蒸散抵抗を高めている。一方、乾期に入ると柔組織から多量の油滴が出たり、表皮細胞の液胞にシュウ酸カルシウム塩などが集積され、熱や乾燥から植物を保護している。アカシア属やヘリオトロピューム属、ブロムス属などの根は肥厚して、デンプンや水分の貯蔵器官の役割をするなど、根系も水分欠乏に対する適応形態をもっている。
砂漠の植生には大陸によって著しい差がある。アジアではハロキシロン属やサルソラ属、北アフリカではアカシア属やプロソピス属、北アメリカではラレア属、オーストラリアではユーカリ属やアカシア属、アリゾナ・メキシコ・ペルーなどではハシラサボテンが代表的な植物となる。
[大賀宣彦]
砂漠に生息する動物は、その種数・個体数ともほかの地域に比較して貧弱である。これは、動物の飼料となる植物の貧弱さと水の欠乏が原因している。また、急激な気温変化も砂漠に動物が生息しにくい原因となっている。そのため、砂漠に生息する動物たちの多くに、砂漠の環境に対するなんらかの生理的、形態的、あるいは生態的な適応をみることができる。また、砂漠にはほかの地域には生息しない特有の動物たちがみられる。大形動物ではラクダがその典型的な例である。ラクダは、砂地に適した扁平(へんぺい)な足、砂塵(さじん)を防ぐための自由に開閉する鼻孔や長いまつげ、1週間以上水がなくても過ごせる生理的機構などを備えている。現生のラクダは2種おり、ヒトコブラクダはサハラ、アラビアの砂漠地帯に、フタコブラクダは中国のゴビ砂漠に、いずれも家畜として分布している。サハラにすむトビネズミ属Jaculusには、次のような生態的特徴がある。(1)昼は穴に隠れ夜間涼しい間に活動する。(2)尿の濃度調節によって体内の水の保持をする。(3)とくに包水量の多い植物種を摂取する。(4)降雨後の好環境時に迅速に生殖活動に入る。このように乾燥地への適応的特性を有している。このトビネズミに類似の形態をしたものに、北アメリカに生息するカンガルーネズミ属Dipodomysや、オーストラリアに生息するハネネズミ属hopping mouse/Notomysがあり、この両者はまったく別属ではあるが、ともに乾燥への適応進化を遂げ、よく似た形態になったものである。
砂漠に生息する捕食動物は水分をその餌(えさ)となる動物から摂取することができる。カラハリ砂漠では、セグロジャッカルやブチハイエナがシロアリを大量に捕食して水分を摂取している。鳥類ではサケイ(沙鶏)のように砂漠に特有のものもいるが、ワシタカ類の多くは砂漠に隣接するサバナやステップとの共通種であることが多い。チョウ、ゴミムシダマシなどの昆虫、サソリ、ムカデなどは、砂漠にわずかに訪れる雨期によく発生する。
[大澤秀行]
『ロー・テート著、古賀忠道監修『砂漠に生きる動物』(1972・鶴書房)』▽『S・レオポルド解説、奈須紀幸訳『砂漠』改訂版(1974・タイムライフブックス・ライフ・ネーチュアー・ライブラリー)』▽『J・C・トンプソン著、小原秀雄監修『砂漠の生命』(1977・講談社)』▽『赤木祥彦著『沙漠の自然と生活』(1990・地人書房)』▽『赤木祥彦著『沙漠ガイドブック』(1994・丸善)』▽『田中二郎著『最後の狩猟採集民』(1994・どうぶつ社)』▽『ミランダ・マッキュイティ著、加藤珪訳『ビジュアル博物館51 砂漠』(1995・同朋舎出版)』▽『赤木祥彦著『図説 沙漠への招待』(1998・河出書房新社)』▽『篠田雅人著『砂漠と気候』(2002・成山堂書店)』▽『赤木祥彦著『沙漠化とその対策――乾燥地帯の環境問題』(2005・東京大学出版会)』▽『恒川篤史他編『乾燥地科学シリーズ』全5巻(2007~2010・古今書院)』▽『小堀厳著『沙漠――遺された乾燥の世界』(NHKブックス)』
降水量が少なく,植生が見られないか少なく,人間の活動も制約されている地域。乾燥地域と同じ意味に使用されることもあるが,一般的には乾燥地域のうち,より乾燥した部分に使用されている。英語desertはラテン語のdesero(見捨てる)に由来するもので〈見捨てられた土地〉という意。その範囲は現在,最も広く引用されているメグズP.Meigsの乾燥地域分布図のうち,極乾燥地域と乾燥地域(狭義の)に相当する。南極などの高緯度地域や高山地域にも乾燥した地域が見られ,寒冷地砂漠と呼ばれているが,この地域は乾燥地域の特性よりも寒冷地域の特性の方が著しいことから〈砂漠〉に含められないことが多い。
砂漠を成因により分類すると,亜熱帯砂漠,海岸冷涼砂漠,雨陰砂漠,大陸内部砂漠の四つに分けられる。世界の砂漠はこれらの成因が二つないし三つ重なったものが多い。(1)亜熱帯砂漠 ほぼ緯度南・北30°を中心とした地域は亜熱帯高圧帯となっており,下降気流が発達しているために,雨が降りにくく,砂漠が生じる。ただし,大陸の東側には大洋上の高気圧から吹き出す風による降雨があり,砂漠は見られない。北半球ではサハラ砂漠からインドのタール砂漠にかけて,南半球ではカラハリ砂漠,オーストラリア砂漠がこの地域に位置している。(2)海岸冷涼砂漠 大陸の西岸には高緯度地方からの寒流が流れており,しかも地球の自転の影響により亜熱帯で深海の冷水がわき上がっている。そのため,この地域の海上の空気は冷却されており,それが陸上に移動して温度が上昇しても,降水をもたらすことはなく,世界で最も乾燥した砂漠となっている。サハラ砂漠の西端,南部アフリカのナミブ砂漠,オーストラリア砂漠の西端,南アメリカのアタカマ砂漠がここに位置している。(3)雨陰砂漠 風は山脈を越えるとき風上側斜面に降雨をもたらす。そのため風下側は乾燥する。山脈の高度が大きいほど降雨量が多いために大山脈の風下側に砂漠が形成される。アメリカ合衆国のシエラ・ネバダ山脈とロッキー山脈にはさまれたグレート・ベースン砂漠や偏西風を受けるアンデス山脈の東側に位置するパタゴニア砂漠等である。(4)大陸内部砂漠 大きな大陸の内部は海からの距離が大きいため,風上側に特に大きい山脈が位置していなくても海からの水分は途中で蒸発あるいは降水として失われ乾燥する。ユーラシア大陸の内部はヒマラヤ,大興安嶺などの大山脈の雨陰砂漠であると同時に大陸内部砂漠である。以上の砂漠のうち(1)(3)(4)は海岸冷涼砂漠に対し内陸砂漠と呼ばれることもある。
砂漠の気候の特徴の一つは降水量が少ないだけでなく,不規則なことである。平均年降水量は気温との関係で一定していないが,亜熱帯砂漠では250~300mm以下の範囲である。非常に乾燥しているアタカマ砂漠の中心部は3mm程度であり,サハラ砂漠の内部では,たいていの所が25mm以下である。反対に雨の多いオーストラリア砂漠では,最も乾燥した所でも125mm程度の降水がある。降水の不規則性は平均年降水量が少なくなるほど大きくなり,アルジェリアのイン・サラーでは10年間にわたって降水がなく,次の年に20mmの降水があったことがある。砂漠は気温が最も高くなる所であり,温度変化も大きい。夏の気温は45℃前後になるのはまれでなく,最高気温はリビアのアジザで記録された58℃である。日変化は一般的には20℃程度であり,カリフォルニアのデス・バレーでは41℃を記録している。最大可能蒸発量も多く,降水量の多い所では約10倍,少ない所では500倍を超すことがある。相対湿度は多くの砂漠で15~30%であるが,海岸冷涼砂漠では非常に高く100%になる所もある。
植生がまばらで気温の変化が大きいため,機械的風化作用が盛んである。また,平均年降水量は少ないがしばしば豪雨となり,しかも植生が少ないため,運搬力の大きい流水が見られる。そのため急勾配で稜線の鋭い山地と山地前面に発達する平たん地が砂漠の地形の特色となっている。また降水量より蒸発量の方が多いため,河川が海まで到達しない内陸流域が広い範囲を占めており,その最底所にはプラヤと呼ばれる,降雨時に一時的に湖となる平たん地が位置している。砂漠は風の働きが最も強くなる地域でもある。風による地形はヤルダンやブロー・アウトなど小規模地形に限られる。堆積地形には砂原と砂丘があり,ともに大規模な地形となることがある。
砂漠は地形・地質的に見て砂砂漠,礫(れき)砂漠,岩石砂漠に区分できる。砂砂漠は起伏の少ない広大ないわば砂の海原で,サハラ砂漠西部で用いられているエルグergの語が一般に使われる。エルグの平均的な面積は約20万km2で,アラビア半島のルブー・アルハーリー・エルグは56万km2以上を占める。砂砂漠は,風紋以外には起伏のまったく見られない平たんな砂原(砂床(さしよう)sand sheet。砂海ともいう)と砂丘の堆積地形からなる。一般に砂漠といえば,この砂砂漠を想像しがちであるが,その分布は少なく,北アメリカの砂漠では1%,サハラ砂漠では20%以下,最も多いアラビア砂漠で30%である。その他の大部分を占める岩石砂漠はおもに岩石が露出している砂漠で,山岳地,高原,内陸盆地などに発達し,インゼルベルク,ペディメント,ヤルダン,ブロー・アウトなど種々の乾燥地形が見られる。岩石砂漠はハマダhamada(サハラ砂漠に見られる高原砂漠のアラビア語の呼び名hammadaに由来)といわれ,砂などでこすり磨かれた岩石床が露出する場合と,岩石床の上を礫,岩屑がおおう礫砂漠の場合とがある。礫が敷きつめたように集中して堆積している地面は,デフレーションにより砂塵が吹き飛ばされて礫や岩塊などが残った結果生じたもので,デザート・ペーブメントdesert pavement,オーストラリアではギバー・プレーンgibber plainという。小礫が土壌上に堆積しているデザート・ペーブメントはサハラ西部ではレグreg,東部ではセリールserirと呼ばれている。このためレグ,ハマダの語は礫砂漠の同義語としても使用されることが多い。
乾燥した砂漠において水を得られる場所,すなわちオアシスは限られているため,それに伴い人間活動の範囲も限定されてくる。水が自然の状態であるいは人の力だけで得られる所は古くから人間の生活場所となっていた。被圧地下水が湧出したり,ワジに沿って地下水が浅い所にある泉性オアシス,ナイル川やティグリス・ユーフラテス川などの外来河川沿いのオアシス,イランのザーグロス山脈や北アフリカのアトラス山脈など地形性降水のある高い山地の山麓には,しばしば恒常河川があり,山麓オアシスが形成されている。この水源から地下水路を建設して平野まで水を誘導して利用しているのがカナートである。以上の3種類のオアシスにおける産業の中心は灌漑農業である。砂漠は気温の点では一番恵まれた地域であるために,水が得られれば収穫量は多く,集約的な農業が行われている。オアシスの規模が小さいほど自給的性格が強くなり,栽培作物はムギ,雑穀,ナツメヤシなどの主食用作物が中心となる。オアシスの規模が大きくなるとともに綿花,タバコ,果樹などの商品作物も栽培されるようになる。さらに規模が大きくなると,都市的機能をもつようになり,商業,交通・運輸業などが大きな役割を担うようになる。かつて東アジアとヨーロッパを結んだシルクロードは,天山山脈南麓,崑崙(こんろん)山脈北麓の山麓性オアシス集落を結んで発達したものである。世界最大の砂漠であるサハラも泉性オアシスの存在とラクダの導入により古くから横断が可能となり,北の地中海沿岸と〈黒いアフリカ〉スーダンとの間で交易が盛んであった。ラクダは1週間以上,水を飲まなくても歩くことができるため,オアシスを結んで大規模な隊商が移動した。しかし道筋の水場が涸れていたため2000人の隊商全員が渇きのために死亡する悲劇も起きたことがある。最近では自動車の使用が増加し,ラクダの比重は急速に低下している。
旧大陸の砂漠の生活はオアシス農業が中心であるのに対し,比較的雨の多いアメリカ西部とオーストラリアの砂漠では牧畜が盛んである。造山帯に位置するアメリカ西部の砂漠のオアシスは規模が小さく,インディアンによるオアシス農業は特に発達しなかった。1800年代中ごろ,アングロ・アメリカ人により肉牛が大規模に導入され牧畜が盛んになったが,牛の頭数が多すぎたため,過放牧となった時期があった。オーストラリア砂漠は最も乾燥した所でも平均年降水量約125mmのため,丈の短い草地となっており,水の得られる所は牧場となっている。大鑽井盆地では深さ1000mを超える深井戸が掘り抜かれて牛の飲用水として利用されている。中央部ではディンゴの被害を受けるため羊は放牧されていない。
砂漠の開発には灌漑による農地開発と地下資源開発がある。砂漠を横切る大河川や砂漠の近くを流れる河川から用水路を引いたり,地下水の揚水で大規模な耕地開発が行われている。コロラド川の水を利用したインペリアル・バレーの開発,アスワン・ハイ・ダムの建設,カスピ海とアラル海との間の開発などがその代表的な実例である。しかし大規模灌漑はしばしば耕地に塩類の集積をもたらし,地下水の揚水は地盤沈下や地下水の枯渇を引き起こすことがあり,これらの被害をいかにしてくい止めるかが最大の問題となっている。他方,アタカマ砂漠のチリ硝石や銅,鉄,オーストラリア砂漠西部の鉄,サハラから中東にかけての石油,天然ガス等砂漠の地下にも大量の地下資源が埋蔵されており,開発がすすんでいる。地下資源の開発が始まると,それまで不毛であった土地に,ときには数百kmを超える遠方から水が引かれ,都市の建設が始まる。砂漠は地球に残された最大の開発可能地域である。砂漠はまた,観光・保養の地でもある。アメリカ合衆国の砂漠は,比較的降水量が多いため植生が多く,特色のある地形が見られるので観光地としての性格ももっている。そのため,グランド・キャニオン,サワロ・サボテン,ホワイト・サンズなど多くの国立公園がある。また,冬季の温暖な気候のため,早くから避寒客を多く集めているが,最近はフェニックスやトゥーソンなどの砂漠都市に精密工業が発達し,サン・ベルト地帯として脚光をあびている。
1968-73年のサハラ南縁での大干ばつを契機に世界各地の砂漠化が注目を集めている。砂漠化は砂漠周辺部と砂漠における砂漠的現象の拡大である。おもなものとしては植生の悪化,砂の移動,塩類化がある。植生の悪化は特に多年生の草木の枯死により決定的となる。植生が減少すると,雨水の流失のピークが大きくなるため,土壌浸食が大きくなり,大規模なガリー(雨裂)も発達してくる。植生の減少はまた,固定砂丘の再移動をもたらす。塩類化は灌漑地で多く見られる。水の供給が少ないと毛管現象により,多すぎると湛水によって塩類が集積する。
砂漠化の原因は降水の減少と人為の二つがあげられる。人為による原因としては第1に過放牧があげられる。サハラ南縁では何年かおきに干ばつを経験するが,1968-73年の被害が大きかったのは,人口増加による過放牧と燃料用に灌木を多量に伐採したことが大きな原因であったと指摘されている。また乾燥地開発もその方法をまちがえると砂漠化の原因となる。家畜の飲料水用の井戸を多く掘りすぎた場合,牧草の生産量以上の家畜が集まり植生の悪化をもたらす。また,排水設備の不十分な灌漑が行われた際に生じる塩類化などがその例である。
→乾燥地形
執筆者:赤木 祥彦
都市や農村の生活は自然を克服して成り立つのに対して,遊牧民のそれは,自然に従属したものと考えられがちである。だが定住を許そうとしない過酷な自然条件の下で,家畜を伴って分け入り,人間の可住空間をきり開き拡大したこと自体,遊牧の民が見せる人間の知恵と適応力のすばらしさ,たくましさを示す何よりの証拠と言えよう。ここでは西アジア・アラブ世界における遊牧民(ベドウィン)の生活を中心に,砂漠の生活と文化について述べることにする。
砂漠といっても地質的には多様で砂地だけでなく,岩地もあれば砂利地,溶岩台地もあり,こうした地質の差は遊牧民の気質や経済力の差を生む要因にもなっている。また高低の差も地域によって異なり,見渡す限りの平たんな地域もあれば,起伏の激しい地域もあり,水平遊牧,垂直遊牧の形態の相違にも関係している。したがって,砂漠を表すアラビア語も多様であり,最もよく知られているのはサフラーṣaḥrā’で,サハラ砂漠の呼称はこれに由来する。またベドウィンの語源であるバドウbadwはハダルḥaḍar(定住,都市)と対をなす概念である。
総じて定住に不向きな広大な土地を利用すべく家畜を追って生を送っているからには,日常生活が厳しいのは必然である。水場,牧地の確保は,死活問題であった。男たちは遊牧に従事すると同時に,部族として結束し,生命を張って領地の拡大や財産である家畜の数を増やすのに努めた。敵部族の襲撃,盗賊の略奪,狼など野獣からの家畜の保護などにも怠りなく警戒し,常に気を張っていなければならなかった。
また女性にとっては,定住民と同じようなこまごまとした日課のほかに,機織,水汲み,乳飲家畜の世話,夕方の家畜への給水,搾乳等々そのほとんどの労力を原始そのままの自らの力でなさねばならない。遊牧民のテントを訪れ,握手を交わすとき,男の柔らかい手の感触に比べ,女性のそれは荒くごつごつとして意外感に打たれる。それだけ砂漠の女性の過酷な労働とたくましさが実感される。厳しい生活に順応させるためもあろう,男女の違いに関係なく,子どもにとっくみ合いをさせたり,力くらべをさせて周囲の大人が注視している光景もよくある。
だが厳しい生活の中にも,ときおりの楽しみはある。火を囲んで茶やコーヒーをすすりながらの夜の語らい(夜会,サマルsamar)がまずあげられる。語らいに興が乗れば詩が吟じられ,歌が口ずさまれ,踊りまで飛び出す。遊牧民の多くは雄弁家で詩人である。来訪者があれば最大限にもてなす。まったく見ず知らずの者に対しても,たいせつな家畜の1頭をほふってもてなすのもまれではない。かまどの大きさや灰の多さなど,もてなしのよさは,その人物の徳の高さ,寛大さの指標となるからである。代償に何も求めるわけではないが,未知の世界,たどってきた道すがらのことや牧草,水場などの情況を聞かせてもらっては,今後の移動の参考にする。また通過儀礼の際の祝祭,とくに男児の誕生(女児の誕生は伝統的に好まれなかった),割礼,結婚などの際には,部族によっては競馬を催すこともあった。
砂漠の四季のうつろいもまた楽しみとなる。乾燥地帯は春秋が短く,夏か冬かのいずれかが長いのが普通である。中東では夏が長く,この意味でも9月から雲が出て,つかの間の秋の後にやってくる雨季は,テント生活には難渋であっても,飲料水や牧草の確保にはまたとない恵みの季節となる。そして,ひと雨ごとに草が芽吹き,花が咲き乱れる砂漠の景観は驚異であり,砂漠に生を受けた者にとっては至福の時となる。地域によって異なった群れを作って咲く野生のアネモネ,チューリップ,ヒナゲシを求め,花見に出かけ,また地表のキノコだけでなく,地中にジャガイモにも似たカマエ(松露の一種)を採りに一家総出する楽しみも待っている。砂漠の生活は決して過酷だけのものでないことが理解されよう。
執筆者:堀内 勝
植物生態学的な区分としては砂漠は荒原と呼ばれる。これはさらに乾燥,寒冷,移動,海岸,岩上,岩隙の各荒原に細分されるが,日常語の砂漠にあたるのはこのうちの乾燥荒原である。砂漠では,厳しい環境状況のため,動・植物の種類も数も限られる。砂漠の生物が克服しなければならない最大の課題は,乾燥と高温および昼夜の温度差である。しかし砂漠といえどもまったく雨が降らないわけではなく,雨季にはかなりの降水が見られる。また高温にしても日中の間だけのことで,夜間はむしろ,他の地域よりもはるかに低温になる。
砂漠で生きるために生物がとる第1の方法は,このような環境変化の時間的変動に生活史を合わせることである。一年草は短い雨季の間に大急ぎで一斉に花を開いて種子をつくる。堅い殻に守られた種子は高温や乾燥に耐えて雨季の到来をじっと息をひそめて待つ。多年草でも,乾季に地上部を枯れはてさせ,地下茎や球根で休眠するものが多い。小さな虫たちも食物の豊富な雨季に一挙に繁殖し,厳しい乾季を卵やさなぎの形で生きぬくのである。これら植物の種子や地下茎,昆虫の卵などは,乾季における砂漠の動物の重要な栄養源となっている。
数年以上の寿命をもつ生物の多くは,また違った方法によって乾燥と高温に耐えるためのくふうをこらしている。砂漠の植物は一般に乾生植物と呼ぶことができるが,その特徴としては次のような点があげられる。(1)蒸散の抑制のために,葉の表面積の縮小,気孔の陥没,表皮のクチクラ化やコルク化,断熱的な白毛や蠟による被覆などが見られること。(2)蒸散の抑制もさることながら,受精を媒介する昆虫が夜間にしか活動しないため,夜に開花するものが多いこと。(3)乏しい水分を効率よく利用するため,雨季に大量の水を一時に吸収できるよう根を浅く広範囲にめぐらしたり(たとえばアリゾナ砂漠のサグアロCarnegiea giganteaは,丈の2倍の直径範囲に根をはっている),乾季に地下水を得るため地中深く根を下ろしたり(たとえばメスキートProsopis glandulosaは地中数十mまで根を伸ばしている)すること。(4)乾季に備えての貯水組織がよく発達している(サボテンなど多肉植物)こと,などである。
砂漠の動物相は一般に貧弱であるが,その主力はアリや甲虫類,バッタ類などの小昆虫,クモ,ダニ,サソリなどの無脊椎動物である。これら小動物の多くも,乾燥期には活動を停止して休眠するものが多い。脊椎動物の中で最もよく砂漠に適応した動物群はトカゲ,ヘビ,リクガメなどの爬虫類で,とりわけガラガラヘビ類は,砂地を泳ぐように移動できる特殊な構造を発達させている。哺乳類はラクダを除けば小型の齧歯類がほとんどである。これらの動物は高温や高濃度の尿に対する耐性,皮膚呼吸の減少といった生理的適応をもってはいるが,主として行動的な適応によって厳しい環境に対処している。ほとんど例外なく,昼間は岩陰や地中の巣穴に潜んで暑さを耐え,涼しくなった夕方からようやく活動を開始する。鳥類でもこの原則は変わらないが,〈渡り〉という手段を使って,乾季を避けるものもいる。哺乳類,鳥類とも乾季に手に入る食物の性質上,種子食,昆虫食のものが圧倒的である。
執筆者:浦本 昌紀
風土的・地理的表象としての砂漠の中に,まったく独自の宗教的意味を見いだし,砂漠の文学を展開したのは古代イスラエル人である。旧約聖書によると,ヘブライ語における砂漠の表示語ミドバールは,耕地の反対表示語である以上に呪われた土地であり,悪霊の生息地であった。砂漠は〈雨と豊饒の優しい風〉の届かない乾いた荒野であり,〈熱風が吹き荒れ〉,〈火の蛇や蠍(さそり)がいる〉,〈石と塩穴だらけ〉の荒地には違いないが,それ以上に,悪霊の生息する陰府,死者たちの国,呪詛の地だというのである。このことは,砂漠が本来砂漠だったのではなく,神の呪いの結果として砂漠となった,あるいはなりつつあるという観念と結合している。このことに関連して,砂漠を意味するイスラエル人のもう一つの表示語シェマーマーの独特な用法に触れておく必要がある。シェマーマーは,名詞としては荒野を意味し,ミドバールと同義語であるが,動詞としては〈麻痺する〉を意味し,人間の霊魂がなえて活動不能に陥った状態を表しているからである。それは,イスラエル人にとって霊魂が悪霊に取り憑(つ)かれた状態にほかならなかった。こうした人間内部の荒廃を〈罪〉という言葉に置き換えると,砂漠=シェマーマーの表示する現実は,人間における罪の現実ということになる。罪人とは,さながら砂漠のように荒廃した人間をいう。イスラエル人が,なぜに癩病人や精神病者や身体上の障害者を戦慄をもって見たかは,ここにその理由がある。事実,こうした病気に取り憑かれた人間が町を追放されてすみつくところは,無人の廃墟か砂漠の墓場以外にはなかったのである。しかしそうであればこそ,ヤハウェの救済行為は,砂漠を一瞬にして,サフランが花咲き,水の湧き出る緑の沃野に変えることだというモティーフが,旧約文学に美しいイメージとなって結晶したのである。〈荒野と,乾いた地とは楽しみ,砂漠は喜びて花咲き,サフランのように,さかんに花咲き,かつ喜び楽しみ,かつ歌う……〉(《イザヤ書》35:1以下)。
執筆者:山形 孝夫
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