翻訳|magnetism
物質の磁気的性質。磁石に近づけたとき,物質が示す性質はその例である。このとき著しい性質を示すのは強磁性と呼ばれる磁性を有する物質(強磁性体)で,自身も磁極をもち,磁石となって互いに力を及ぼす。強磁性のような著しい効果は示さないが,磁石が及ぼす力(磁場)の方向に対して逆の方向に弱い磁化を生ずる性質を反磁性,磁場の方向に平行な磁化を生ずる性質を常磁性といい,そのような磁性をもつ物質をそれぞれ反磁性体,常磁性体と呼ぶ。強磁性に対し,反磁性,常磁性を弱い磁性,または弱磁性feeble magnetismということがある。また超伝導体は完全反磁性と呼ばれる特異な磁性を示す(超伝導)。反磁性体,常磁性体では磁場によって磁化が誘起されるのに対し,強磁性体は磁場がなくても磁化をもっており,この磁化を自発磁化と呼ぶ(ただし強磁性体でも磁区の構造によっては見かけ上磁化をもたない場合がある)。このほか,強磁性と似た成立ちであるが,巨視的には自発磁化をもたず,常磁性に似た性質を示す反強磁性と呼ばれるものがあり,さらに成立ちは反強磁性に似ているが,巨視的には自発磁化をもつフェリ磁性と呼ばれるものもある(それぞれの物質を反強磁性体,フェリ磁性体という)。
磁性の起源となるのは原子を構成する電子および原子核の磁気モーメントである。とくに物質の巨視的な磁性はスピン(自転)を含む電子の運動に基づく磁気モーメントがその起源である。原子核の磁気モーメントに由来する核磁性も磁気共鳴などの実験手段により新しい磁性の分野として登場したが,原子核の磁気モーメントは電子の磁気モーメントの1/1000程度であるので巨視的な磁性には寄与しない。
原子の尺度では古典力学(ニュートン力学)は成立せず,粒子の運動は量子力学に従う。磁性の起源は電子の運動に基づく磁気モーメントであるから,磁性の理解も量子力学の展開を待たねばならなかった。それ以前の古典的な磁性研究としては,常磁性磁化率が絶対温度に反比例するというキュリーの法則,1907年のワイスPierre Weiss(1865-1940)による強磁性を説明するための分子磁場(分子場,平均場ともいう)の概念の導入が挙げられる。この分子場というのは,個々の電子の磁気モーメントに働く,その物質の磁化に比例した磁場であり,この考え方は強磁性を含めて協同現象と呼ばれる物性物理学における典型的な現象を理解する鍵となるものであった。
量子力学に基づいて物質,とくに固体の電子状態の理解が進み,描像が固まっていくにつれて磁性の研究も発展していった。固体の電子状態としては局在状態と遍歴状態とがある。局在状態とは固体を構成する個々の原子に電子が局在している状態で,電気を伝えない絶縁体において実現している。これに対し,金属中の伝導電子のように個々の原子に局在せず,固体全体を動き回り,電気を伝える状態は遍歴状態と呼ばれる。磁性にも電子のこの二つの状態は反映することになる。局在電子系のうち互いの間の相互作用が弱く独立した原子の集りとみなせるような場合,また遍歴電子系において電子間の相互作用が弱く独立に運動するとみなせる場合についての理解が進み,弱い磁性,すなわち常磁性および反磁性が説明された。物質でいえば,強磁性などを示す鉄などの遷移金属,また希土類金属およびこれらの金属原子を含む化合物・合金を除いた,ほとんどの物質の示す弱い磁性が理解されたことになる。
強磁性は日常経験からみても際だった性質であるだけに,また事実磁性研究の発展の流れからみても,つねにその中心であった。局在電子系の物質にも遍歴電子系の物質にも強磁性を示すものがあるが,強磁性の原因となる相互作用はまったく量子力学に基づくものである。この相互作用は交換相互作用と呼ばれ,電子のスピンによる磁気モーメントの間に働く力である。W.K.ハイゼンベルクは,1928年の論文で初めて局在電子系での交換相互作用(ハイゼンベルク型交換相互作用)を導いたが,これはワイスの分子場の起源を与えるとともに,その後の局在電子系の磁性の大きな展開の始まりとなった。その後局在電子系である遷移金属,または希土類金属を含む化合物で,実際に働いているハイゼンベルク型交換相互作用はハイゼンベルクが考えたものよりもっと複雑なものであることがわかり,反強磁性およびフェリ磁性などの存在も明らかになった。局在電子系の磁性の研究は50-60年代に一つの頂点をきわめ,多くの基礎的なことの解明を終えた。金属強磁性の研究を含めて,この時期および以後の磁性研究に対する中性子線回折,磁気共鳴などの新しい実験手段による豊富な微視的情報が果たした役割は計り知れぬものがある。
鉄などの遷移金属の強磁性の研究の歴史は,磁性を担う電子(磁気的電子,原子中の電子の状態でd電子と呼ばれるものがこの場合磁気的電子である)が局在電子であるか,遍歴電子であるかという論争史の一面をもつ。現在では鉄のような強磁性を示す遷移金属の磁気的電子は遍歴電子であることが確立されている。交換相互作用が働いている遍歴電子系の磁性の解明は多くの進展があり,解決に近づいた感はあるもののまだ不完全であり,現在でも金属強磁性は磁性研究の中心課題である。なお,遍歴電子系での磁性研究の中で,希薄磁性合金の研究の発展は,近藤淳による近藤効果の発見を契機として集中的な研究がなされ,問題が解決したという意味で特色がある。
以下では反磁性,常磁性,強磁性,反強磁性,フェリ磁性について概略の説明をする。
電子は電荷をもち運動している。磁場中では力(ローレンツ力)を受け,運動のようすを変える。電荷の運動は電流であるから,電子の運動の磁場による変化は電流の変化として,まわりに磁場の変化を生ずる。これは結局電子の運動の変化により磁気モーメントが生じたものとみなすことができる。この磁気モーメントは加えられた磁場と逆向きに生じ,大きさは磁場に比例する。物質全体にわたって生じた磁気モーメントの和,すなわち磁化も磁場に比例し,磁化の方向は外部から加えた磁場と逆向きになる。反磁性と呼ばれるゆえんである。反磁性は電流の閉回路に磁場を加えると,加えた磁場と逆向きの磁場を生ずるように電流が変化するという,レンツの法則の例であるということができる。反磁性は局在電子も遍歴電子も示す普遍的性質であり,磁気的にもっとも不活性な閉殻電子と呼ばれる状態の電子も反磁性を示す。
原子に束縛された電子の場合(局在電子),磁場による電子の運動の変化は,磁場が小さい間は磁場の方向を軸とする角速度eH/2mc(eは電子の電荷,Hは磁場の大きさ,mは電子の質量,cは光の速度)の原子核のまわりの回転運動を,磁場が0のときの運動につけ加えればよいというラーモアの定理で記述され,反磁性磁化率は容易に求めることができる。
物質中の原子が磁場がないときでも磁気モーメントをもっている場合がある。電子はそれ自身のスピンに基づく磁気モーメントおよび原子に局在した電子の場合には原子核のまわりの軌道運動に基づく磁気モーメントをもつ。閉殻電子と呼ばれる状態にある場合には,これらの磁気モーメントは完全に打ち消し合っているが,鉄,コバルト,ニッケルで代表されるような遷移金属原子は,化合物にイオンの形で含まれる場合,不完全殻と呼ばれる電子状態にあり,電子の磁気モーメントが打ち消し合うことなく,原子(イオン)の磁気モーメントとして現れる。磁気モーメントをもつこれらの磁気的原子の間のハイゼンベルク型交換相互作用が弱ければ,個々の磁気モーメントは磁場がないときはかってな方向を向いて打ち消し合い,全体の磁気モーメントの和である磁化は0である。磁場が加わった場合,個々の原子の磁気モーメントが磁場の方向を向けば系全体のエネルギーが低くなる。このため磁場が加わると磁気モーメントの向きがそろう傾向を生ずるが,通常これによるエネルギーの低下は熱エネルギーに比べて小さいので,この作用はそれほど強いものではない。したがって全部の磁気モーメントが磁場の方向に向くことはなく,磁場の方向に磁場に比例する弱い磁化を生ずる。この場合の磁化率の温度変化はキュリーの法則で与えられる。このような磁性が局在電子系の常磁性である。
遍歴電子の場合も電子のスピンによる磁気モーメントに由来する常磁性を示す。これはパウリ常磁性と呼ばれ多くの金属で見られる。この場合も,電子間の相互作用が弱く,磁場がないときにはスピンによる磁気モーメントは打ち消し合っている。磁場が加わると,磁場の方向を向いたスピン磁気モーメントをもつ電子の数が増え,それだけ逆向きのモーメントをもつ電子が減少して磁場の方向の磁化を生ずる。この場合は磁化の変化を生ずるには電子の運動のエネルギーを変化させることが必要で,このエネルギーに比較して,通常の磁場では磁場の方向のモーメントが増えたためのエネルギーの得は小さいため,やはり全部の電子の磁気モーメントが磁場の方向を向くことはなく,磁場の方向に磁場に比例する弱い磁化を生ずる。この場合の磁化率は温度変化をしない。
局在電子による原子の磁気モーメントの間に,前述のハイゼンベルク型交換相互作用が働く場合には,これらの磁気モーメントはかってな方向を向くのではなく,交換相互作用のエネルギーを低くするように配列する。磁気モーメントが全部同じ向きを向く場合が強磁性状態である。この場合は全部の磁気モーメントが打ち消し合うことなく磁化に寄与し,大きい磁化(自発磁化)を生ずることになり,磁石になるというわけである。局在電子系の強磁性はそれほど多くはなく,酸化クロムCrO2はその例である。希土類金属の磁気的電子(f電子)は局在しており,ガドリニウムなどの強磁性もこの例に属する。温度が高くなって熱エネルギーが交換相互作用のエネルギーよりも大きくなると常磁性状態になる。この転移はある定まった温度で起こり,この温度はキュリー温度と呼ばれる。
鉄などの遍歴電子の強磁性もやはり電子間の交換相互作用に基づく。すなわち,交換相互作用のエネルギーを低くするように,ある方向のスピンによる磁気モーメントをもつ電子の数が増加し,逆向きの磁気モーメントをもつ電子の数が減少して生ずる。この交換相互作用のエネルギーは鉄などの場合大きく,したがって大きな磁化を生ずることになる。温度が上昇して熱エネルギーがこの交換相互作用のエネルギーの得よりも大きくなった場合やはり強磁性から常磁性への転移をする。
局在電子系において,原子の磁気モーメントの間に働くハイゼンベルク型交換相互作用の効果は,一般には単純ではない。交換相互作用のエネルギーを低くするような磁気モーメントの配列は,先に述べた強磁性を与えるものだけではなく,もっと複雑であることが知られている。この中で簡単なものとしては,図1に示すように磁気モーメントの向きが2種類で,それが互いに反平行になっており,かつ結晶中に同数あるようなものがある。これはもし半数の磁気モーメントの向きを変えて他のものと同じにすれば強磁性状態になる。一般にこの例のように全体の磁化は打ち消し合って0であるが,個々の磁気モーメントの整然とした配列は存在する場合を反強磁性と呼ぶ。一般には数種類の磁気モーメントの向きがあるものもある。さらには図2に示したように,結晶中のある方向にそって磁気モーメントの向きが少しずつ回転しているような配列も見いだされており,らせん型反強磁性と呼ばれる。このようならせん型の磁気モーメントの配列は特別な場合として強磁性および先に述べたような反強磁性を含み,その意味でもっとも一般的な磁気モーメントの配列であるといえる。
反強磁性で,互いに反対向きの2種類の磁気モーメントが,それぞれ違った種類の原子より形成されるとすると,一般に原子の種類によって磁気モーメントの大きさは異なるから,全体の磁化は打ち消し合わなくなり,自発磁化を生ずることになる。このような磁性をフェリ磁性と呼ぶ。フェライトと呼ばれる鉄族原子を含む一群の化合物の磁性はその例で,フェリ磁性の名のゆえんである。
なお,遍歴電子系でも磁気モーメントの分布が空間的に変化をして反強磁性を示す場合がある。金属クロムはその例である。
執筆者:吉森 昭夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
磁気的性質のことをいう.物体の磁性に注目するとき,物体を磁性体という.すべての物質は磁場によって磁化されるが,このとき磁化の方向が磁場と同じ方向になる物質を常磁性体,反対方向になる物質を反磁性体という.磁場を加えないでも自発磁化をもつ物質を強磁性体という.二つの部分格子の自発磁化の大きさは同じで,互いに反対方向のために打ち消されている物質は反強磁性体,二つの部分格子の自発磁化は反対方向ではあるが,大きさが違うために,差し引き自発磁化が残る物質はフェリ磁性体という.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…物質の磁気的性質は主として電子の磁気モーメントに由来しているが,電子がもつ非常に小さい微視的な磁気モーメントが多数集まって,その総和として巨視的に物質が示す磁気モーメントを磁化と呼ぶのである。磁化は物質の磁性を特徴づける基本的な量の一つである。強磁性の場合を除いて,一般に熱平衡状態では物質の磁化Mは磁場Hを加えなければ0で,磁場を加えると磁場に比例して磁化が生ずる(M=χH)ことが知られている。…
※「磁性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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