翻訳|magnet
磁極をもつ物体のこと。広くはこれと同様な磁場を作り出す装置も含める。前者には,天然のもの(磁鉄鉱など),人工的にフェライトなどに磁化を与えてつくったものがある。磁石のもつ性質としては,おおまかには,鉄に対する牽引性,磁石どうしの間の相互的牽引性と反発性(極性),北を指す性質(指極性)などをあげることができる。古代社会でも磁石の存在は広く人々の注意をひいていたことは確かで(中国に関しては後述),ギリシアでも,さまざまな呼名があったらしい。例えば怪力無双の英雄ヘラクレスの名をとったと思われる〈ヘラクレスの石Heracleus〉とか,〈鉄の石lithos sideritis〉などの呼名があったといわれる。英語のmagnetの語源もギリシア人たちの呼名の一つマグネスmagnēsに由来すると思われるが,それに近い名まえの人が発見したという説と,天然磁石の産地の一つであるマグネシアMagnēsiaという地名(ギリシア本土と小アジアに同名2ヵ所がある)に帰する説とあって,今となっては定かではない。エジプトでは,太陽の神ホルスの力にちなんで,〈ホルスの骨〉と呼んでいたらしい。その後magnēsがもっとも普遍的な呼名として普及する。
磁石についての言及は,プラトンの《イオン》,アリストテレスの《霊魂論》などにあり,さらに,真空を認めたデモクリトスからルクレティウスへの古代原子論の系譜の中でも,力の作用が真空中でも伝えられる(つまり今日のことばでの遠隔作用)場合の例として注目されている。医学的な治癒力があるという見解はガレノスにあり,またローマ時代の建築家の中には,円天井を磁石でつくって,鉄像を,空中に浮かせることを試みたものがあると伝えられている。ルクレティウスが《事物の本性について》の中で行っている解説は,独特のものである。彼はものが見えるのは,そのものから微細な原子が間断なく流れ出て,視覚を刺激するからであるといい,そのアナロジーで,しかしきわめて機械的な説明を加える。つまり磁石から出た原子が空気をはね飛ばし,そこに空隙(くうげき)をつくる。そこへ鉄の原子が入り込むことによって,鉄の塊は結局磁石のほうに動いていくという。この説明では,なぜ鉄だけが牽引されるのかは明らかにならないが,ルクレティウスは金のように重すぎて動けないもの,また木のように素成が粗すぎて,磁石の原子の流れが有効に機能しないものがあると考えている。
その後もイスラム世界,西方ラテン世界での磁石に対する関心は続き,とくに12世紀に中国から指南魚がイスラム経由で伝えられ,指極性に注目が集まった。いうまでもなくそれが大航海時代のヨーロッパに結び付くことになる。ただ,〈サガ〉に現れるように10世紀に北アメリカに渡っていたノルウェー系の人々は,指北磁針を使っていたと考えられており,ヨーロッパでの最初の羅針盤の問題は,やや微妙である。こうした状況の中から,電気的な現象と並んで多くの知見が積み重ねられた。例えばルネサンス期,新プラトン主義普及に最大の力のあったM.フィチーノには,コハクを摩擦して得られるような力と,磁力とが,指北力という点で異なることを指摘した言及がある。この点はG.カルダーノによってより明確化された。こうした伝統のうえに立って,磁石に関して重要な貢献をしたのがW.ギルバートである。ギルバートの《磁石論》は,一方に,きわめて多様な実験を行うと同時に,もう一方で,ルネサンス期特有の新プラトン主義流のアニミズムや神秘主義を強く意識した著作である。ギルバートは,磁気と電気とは異なることを明白に述べている。電気力(摩擦による)は,コハクの摩擦によって生じた〈発散気effluvia〉が放出され,それを通じて近接作用的に牽引力が伝わる。ところが磁力は,一種の遠隔作用であって,それは,物体に内在するアニマどうしの合体という形で理解すべきものということになる。そこから,ギルバートの主張として著名な,地球も一つの磁石であるという論点も得られる。アリストテレスのように,地球を不完全な世界と考えず,地球もまたアニマをもつ一つの天体として理解するコペルニクス説と同根の新プラトン主義の根本原理が,ここに見られる。このようにギルバートの磁石論は,一般に喧伝されているほど近代的でも科学的でもない。その点ではコペルニクス説に似ている。しかしながら,ほとんど同時代のデカルトの磁石論も,あるいはまたその後の磁石論も同工異曲といえる。デカルトは,磁気エフルウィア説をとったし,この磁気流体仮説(ルクレティウスの議論に近い)は18世紀まで一般的であった。さらに磁気のもつ神秘性は,F.A.メスマーのような磁気治療法(動物磁気説)などにもつながっている。結局,19世紀電磁気学の成立まで,磁石についての明確な説明は与えられなかったといってよい。
執筆者:村上 陽一郎
中国では前3世紀後半の秦始皇帝の時代に宰相呂不韋(りよふい)が編集した《呂氏春秋》季秋紀精通篇に〈慈石は鉄を呼び引きよせる〉とみえる。慈は磁と音が同じで,鉄を子とするのに対し,磁石を慈母にたとえている。その後にも前2世紀末の《淮南子(えなんじ)》や1世紀末の《論衡(ろんこう)》などに記載がある。ことに後漢の王充が著した《論衡》には,磁石の指極性を知りそれを利用した器具である〈司南之杓〉のことにふれている。磁石の指極性は世界にさきがけて中国人が初めて発見した。その後に磁針をつくるようになり,これを木製の魚の腹に入れて水に浮かべ,方位を知る指南魚が考案された。最初はもっぱら地相や家相をみる占師の間で使用されたが,1100年ころには船に備えられ,後世の羅針盤の先駆となった。これが中国貿易に従事したアラビア人によってヨーロッパに伝えられた。
執筆者:藪内 清
磁極をもつ物体,またそれが周囲につくるのと同様な磁場をつくり出す装置が磁石である。強磁性体(フェリ磁性体を含む)を用い磁化を保つようにしたものを永久磁石,導線でコイルをつくり,電流を流して磁場をつくり出すものを電磁石と呼ぶ。電磁石にはコイルの中に,強磁性体の心(磁心という)をもつものともたないものとがあり,磁心をもたないものを空心コイルとして電磁石と区別する場合もある。非常に強い磁場をつくる場合には空心コイルに大電流を流すが,これには超伝導体を導線に用いる超伝導磁石が非常に有用である。永久磁石の形としては棒状のもの,馬蹄形のもの,あるいは円板状のものなどがあるが,いずれもS極およびN極の2種類の磁極をもち,同種の磁極間には斥力,異種の磁極間には引力が働く。針状の磁石を磁針といい,磁針の重心を支えて自由に動けるようにすると,地球上で一定の方向を向く。地球自身が一つの磁石で,北極に近いところにS極,南極に近いところにN極があるためである。磁気を電気に対応させると,磁極は電荷に対応するものであり,N極,S極はそれぞれ正,負の電荷に対応するが,電気の場合と異なって,単独の磁極の存在は現在までのところ見つかっておらず,つねにS,Nの対で現れる。例えば一つの棒磁石を二つの棒磁石に分けても,新しくつくられた断面には,それぞれの磁石がSとNの極を対でもつように磁極が現れる。このとき断面に現れる磁極はもとの磁極と同じ強さをもつ。永久磁石は磁極をもつので,磁石内部にその磁極による磁場,すなわち反磁場をつくる。この反磁場は磁化を減少させる方向に働く。空心コイルの場合には磁極はないから反磁場は存在しない。反磁場に抗して磁化を保つために,永久磁石には保磁力の大きい材料が望ましく,一方,交流で用いる電磁石の磁心には保磁力が小さいものが望ましい。
永久磁石の代表的なものとしてアルニコ系鋳造磁石およびバリウム系フェライト磁石がある。前者の材料は磁石鋼に属し,後者は酸化物磁石である。これらの永久磁石材料は単磁区微粒子の集合体として説明される。単磁区の微粒子の磁化は磁気異方性エネルギーの低い方向(容易軸方向)の正負どちらかに,全体として大きい磁化をもつように分布している。この微粒子の磁化を逆転するためには異方性エネルギーの高いところ,いわば峠を越えねばならず,これが保磁力を定めることになる。アルニコ系鋳造磁石の場合にはこの異方性は形状磁気異方性に,バリウム系フェライト磁石では結晶磁気異方性に由来し,ともに大きい保磁力をもつ。
→磁気 →磁区 →磁性
執筆者:吉森 昭夫
狂言の曲名。雑狂言,すっぱ物。大蔵,和泉両流にある。遠江(とおとうみ)国の見付(みつけ)から上京するいなか者が,大津松本の市を見物していると,人売りを稼業とするすっぱがことば巧みに近づき,いなか者を定宿へつれ込む。宿の亭主は実は人買いで,すっぱからいなか者を買う契約を交わす。この相談を盗み聞きしたいなか者は,先回りして金を受け取り逃げ去る。あとを追ったすっぱが,太刀を抜いて振り上げると,いなか者はとっさの機転で,自分は磁石の精だと名のり,太刀をひと口に呑んでしまうとおどかす。すっぱが太刀を鞘に納めると倒れて死んだふりをする。驚いたすっぱが太刀を枕もとに供えて蘇生を祈っていると,いなか者は急に起き上がり,太刀を取ってすっぱを追い込む。登場人物はすっぱ,いなか者,亭主の3人で,すっぱがシテ。磁石という題材に,人身売買,市立ちの風俗,蘇生の呪術など,中世の時代相を感じさせる狂言。
執筆者:羽田 昶
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
磁石は常識的には鉄粉を引きつけるぐらいの強さの磁気をもつ物質である.強磁性体やフェリ磁性体では,残留磁化があるので磁石になるが,保磁力の小さいものは,容易に磁化が失われるので一時磁石といわれる.残留磁化と保磁力の大きい磁石は永久磁石として役立つ.一時磁石にコイルを巻いたものは電磁石である.最近は電磁石に超伝導体を用いた超伝導磁石も用いられる.[別用語参照]希土類磁石
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…このような海運の発展の蔭には,輸送技術の発達が存在した。鎌倉時代までは,船の大きさも前代とあまり変りなかったが,室町時代になると船も大型化して,千石船もかなり一般化し,準構造船より構造船へと移行しつつあり,磁石の使用も知られるようになった。これらを背景に船の賃貸その他海上運行を取りきめる海法が自然発生的に生まれたが,室町末成立のいわゆる《廻船式目》は当時のヨーロッパの海法をしのぐ高度の内容をもつものとされる。…
…前者には,天然のもの(磁鉄鉱など),人工的にフェライトなどに磁化を与えてつくったものがある。磁石のもつ性質としては,おおまかには,鉄に対する牽引性,磁石どうしの間の相互的牽引性と反発性(極性),北を指す性質(指極性)などをあげることができる。古代社会でも磁石の存在は広く人々の注意をひいていたことは確かで(中国に関しては後述),ギリシアでも,さまざまな呼名があったらしい。…
※「磁石」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...
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