礼は,字義としては祭神に酒醴(しゆれい)を捧げて農事を祈報する意で,その祭祀の饗宴をも指した。起源として,禁忌・神聖諸観念に覆われた政教未分の宗教儀礼があり,その支配下で全人間生活が営まれた。日常を規制したこの礼俗(習俗としての儀礼)は,中国の西周~春秋期の宗法制血族集団や郷村聚居の共同体社会にあって,宗主・族長を頂点とする家父長制尊卑秩序の実践規定へと進んだ。実際には,祭祀儀礼を伴う〈冠・婚・葬(喪)・祭〉の通過儀礼に際し,儀式の進行上で指定される構成員の格法(儀則)や奏楽をとおして顕現される。〈礼楽〉とはその成員の進退揖譲(ゆうじよう)の作法や音楽の演奏を意味した。
この礼楽規定は,《論語》で重視され,孔子学団ではその実践を孝悌・仁愛の道徳に包摂しようとした。戦国期には適応範囲が拡大され,領土国家の君臣関係や国際上の外交関係に示されるところの,統治者層相互の内部秩序の維持規範にまで及んだ。上下尊卑の体制を保守する周代貴族の伝統的礼楽理念は,やがて,人倫秩序の一般原理へと観念化されていった。
〈礼楽〉の実修を教課として仁孝道徳の具現をはかった儒家は,戦国末期の道家理論などに刺激され,おもに荀子(じゆんし)系の努力で,支配者層を一定の身分存在(王,侯,卿,大夫,士)に分属させる階層的礼法理論をもとに,社会・文化の新体制構想を唱道した。秦漢帝国の出現後は,礼楽制度が現実の法治支配を支配者内部の秩序規定を行うことで支持し,統治権力を補完する一方,礼楽体制を聖人(周公と孔子)の制作した〈天地の節序(きまり)〉であり,社会・文化を貫く普遍の道徳世界とする礼義(礼楽理論)を完成するにいたった。
婚姻・郷飲(きよういん)・喪祭・朝覲(ちようきん)の四礼(《漢書》礼楽志)や,吉・凶・賓・軍・嘉の五礼を総合する理論として,〈楽は,天地の和。礼は,天地の序。和ゆえに百物みな化し,序ゆえに群物みな別つ〉(《礼記》楽記)のように,社会・文化の本質は人の性情にもとづく〈和化(同和統合)〉と〈序別(差等秩序)〉のあり方に帰した。この政治哲学は,のち朱熹(子)が〈天理の節文,人事の儀則〉として〈礼楽〉を定義づけた,その源流をなす。
→礼
執筆者:戸川 芳郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…朱熹(子)は〈天理の節文,人事の儀則(ぎそく)〉(《論語集注(しつちゆう)》学而(がくじ)篇など)と定義し,礼を人間の先天的な道徳性(天理)の表現としてとらえて,内と外の乖離(かいり)を止揚しようとした。 〈礼楽〉と並称される〈楽(がく)〉は,広く礼のなかに包摂されるが,分けて言った場合,〈楽は同をなし礼は異をなす〉〈楽は天地の和,礼は天地の序〉(《礼記》楽記篇)などとあるように,世界を分節して秩序づける礼に対し,楽はその厳格なコスモスの一時的な解体――カオス化をめざしている。 礼は〈礼治〉という語があるように,それ自体ひとつの政治思想でもあった。…
※「礼楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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