精選版 日本国語大辞典 「私」の意味・読み・例文・類語
わたくし【私】
[1] 〘名〙
① 公(おおやけ)に対して、その人個人に関すること。自己一身にかかわること。うちうちのこと。
※大鏡(12C前)一「むかしより帝王の御領にてのみさぶらふところの、いまさらにわたくしの領になり侍らんは」
※守護国界主陀羅尼経平安中期点(1000頃)「諸の人王私(ワタクシ)無く、平等にして能く国の政を治む」
※仮名草子・清水物語(1638)上「その主君のめしつかひやうのわたくしなるよりおこり候」
④ 公然ではないこと。公の手続きを経ないこと。ひそか。内々に。秘密。隠密。
※義経記(室町中か)三「され共介の八郎はいまだ見えず、わたくしに広常申けるは」
⑤ 自分勝手。ほしいまま。
⑥ 「わたくしあきない(私商)」の略。
※春のみやまぢ(1280)八月二日「わたくしの硯一番に立てられて」
※玉塵抄(1563)九「わたくしは天子王位のいやしい私な者ぞ。家臣称レ私、ここらにも吾を卑下して私と云ぞ」
し【私】
〘名〙
① (「公」に対して) 自分自身や自分の家に関すること。わたくし。
② 自分自身や自分の家に関する利益だけを考えること。〔老子‐一九〕
③ 表だってあきらかにしないこと。秘密。〔礼記‐曲礼上〕
④ 女性が、その姉妹の夫を呼ぶ称。〔十巻本和名抄(934頃)〕 〔詩経‐衛風・碩人〕
わっち【私】
〘代名〙 (「わたし」の変化した語) 自称。身分の低い階層の男女が用いる。わっし。
※俳諧・やつこはいかい(1667)「所の名どもがつづきて、わっちめらはいやで御ざある」
※文明田舎問答(1878)〈松田敏足〉学校「僕(ワッチ)がトット気にくわぬは、彼今の学校だ」
[補注]近世初期、足軽などが用いたが、宝暦(一七五一‐六四)ごろからは、町家の婦女や遊女も用いるようになった。
わし【私】
〘代名〙 (「わたし」の変化したもの) 自称。近世、主として女性が用いた。現在では、尊大感を伴って目下の者に対して、男性が用いる。
※浄瑠璃・当麻中将姫(1714頃)三「わしはかやうに落ぶれて路頭に迷よひありく事」
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)二「わしがせずことを見さしゃいまし」
[補注]近世前期では、女性は「こな様」「こなた」、男性は「こなた」と呼ぶような目上の相手に対する自称として用いた。
わたくし‐・する【私】
[1] 〘自サ変〙 わたくし・す 〘自サ変〙 自分勝手をする。身勝手にふるまう。〔文明本節用集(室町中)〕
※浮世草子・世間胸算用(1692)三「親かたのたしかにしらぬ売がけは死帳に付捨、さまざまにわたくしする事」
[2] 〘他サ変〙 わたくし・す 〘他サ変〙 公的なものを自分のもののように扱う。
※童子問(1707)中「世之学者、各私二其師門一、互相詆譏」
わたし【私】
〘代名〙 (「わたくし」の変化した語) 自称。「わたくし」よりくだけた言い方。現在では自分をさす、もっとも普通のことば。〔男重宝記(元祿六年)(1693)〕
※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初「私(ワタシ)はモウ、母人(おっかさん)ででもあるよふに思はれてかなしいヨ」
[補注]近世においては、女性が多く用い、ことに武家階級の男性は用いなかった。
わっし【私】
〘代名〙 (「わたし」の変化した語) =わっち(私)
※歌舞伎・傾情吾嬬鑑(1788)五立「私(ワッ)しどもはとんだ目に遭ひませうでござります」
わたい【私】
〘代名〙 (「わたし」の変化した語) 自称。江戸後期では芸娼妓の類が用いた。明治以後も多くは女性が用いる。あたい。
※洒落本・仕懸文庫(1791)四「ソレヨわたいがてへこに出てしかもそのばん雪よしで一座アしたアな」
わちき【私】
〘代名〙 (「わたくし」の変化) 自称。江戸の芸娼妓の用いた語。町家の娘が用いることもある。
※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初「わちきゃア最(もふ)、知れめへかと思って」
あたし【私】
〘代名〙 (「わたし(私)」の変化した語) 自称。主として女性が用い、ややくだけた語感を持つ。
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一「私(アタシ)に食って懸った者がある」
あたくし【私】
〘代名〙 (「わたくし(私)」の変化した語) 自称。主として女性が用いる。
※多情仏心(1922‐23)〈里見弴〉病気見舞「あたくしから、一度お願ひしたことがある」
わしゃ【私】
〘連語〙 (代名詞「わし」に助詞「は」の付いた「わしは」の変化した語) わたしは。
※浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節(1707頃)中「わしゃあぶなふてきやきやする」
あし【私】
〘代名〙 自称。わたし。
※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉七「あしは約束のあるものを横取りする積はない」
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