穂積陳重(読み)ホヅミノブシゲ

デジタル大辞泉 「穂積陳重」の意味・読み・例文・類語

ほづみ‐のぶしげ【穂積陳重】

[1856~1926]法学者。愛媛の生まれ。八束やつかの兄。重遠しげとおの父。東大教授。イギリス法移入法典調査会委員として民法を起草した。のち枢密院議長。著「法律進化論」など。

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精選版 日本国語大辞典 「穂積陳重」の意味・読み・例文・類語

ほづみ‐のぶしげ【穂積陳重】

  1. 法学者。愛媛県出身。八束の兄、重遠の父。フランス法に対してイギリス法の経験主義的、実証主義的学風を導入民法典論争には旧民法の実施延期論を主張、新民法の起草に加わった。東大総長。著書「法律進化論」など。安政三~大正一五年(一八五六‐一九二六

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「穂積陳重」の意味・わかりやすい解説

穂積陳重
ほづみのぶしげ
(1856―1926)

法学者。八束(やつか)の兄、重遠(しげとお)の父。宇和島(愛媛県)藩士重樹の次男に生まれ、藩校を経て大学南校に学ぶ。1876年(明治9)イギリスおよびドイツに留学。帰国後、1881年東京大学法学部講師、1882年から1912年(大正1)まで東京大学ならびにそれが改組あるいは改称された帝国大学(1886~)および東京帝国大学(1897~)の教授。フランス法が盛んであった当時において、イギリス法・ドイツ法を移入し、創世期にあった日本の法学界に大きな影響を与えた。また、法理学講座の開設者としても有名。旧民法典を施行すべきか否かの法典論争においては、延期論を主張、同法典の延期後は、富井政章(まさあきら)、梅謙次郎とともに法典調査会の主査委員を務め、新たな民法典(現行民法典)の起草にあたった。晩年には枢密院議長をも務めた。著書に『法律進化論』(1924~1927)、『隠居論』(1891)、『五人組制度論』『五人組法規集』(ともに1921)などがある。

淡路剛久

『『隠居論』(1978・日本経済評論社)』『『法窓夜話』(岩波文庫)』


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朝日日本歴史人物事典 「穂積陳重」の解説

穂積陳重

没年:大正15.4.7(1926)
生年:安政3.7.11(1856.8.11)
明治大正期の法学者。四国宇和島藩(愛媛県)藩士穂積重樹の次男。大学南校,開成校に学び,明治9(1876)年より英独に留学,ロンドンのミドル・テンプルでバリスター(法廷弁護士)の称号を得,ベルリン大にも学び,14年帰国。東大法学部教授,法学部長として,加藤弘之東大綜理のドイツ法振興政策を推進,法理学,英法などを担当した。民法典論争には延期論の立場に立ち,26年設置された法典調査会委員として,梅謙次郎,富井政章と共に民法典を起草,その後も多くの立法に関与した。法学の諸領域にわたって開拓者の役割を果たし,民法はもとより,刑法,国際法,国際私法,法哲学,法史学,比較法,法人類学,監獄学などさまざまな領域で,初期の研究者たちの師である。法を進化的にとらえ,激変に反対したが,未来が自由主義的方向に進むことを不可避とみていた。天皇制のタブーを人類学的に解明し,乃木夫妻の殉死には批判的態度をとる。東大法学部の開明的な伝統は彼に負うところが多いと吉野作造はいう。23年第1回貴族院勅選議員となったが,25年辞任。大正5(1916)年枢密顧問官,14年3月副議長,同10月議長。また長く学士院長を務めた。憲法学者穂積八束の兄,家族法学者穂積重遠の父である。<著作>『法律進化論』全3巻<参考文献>穂積重行『明治一法学者の出発』

(長尾龍一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

20世紀日本人名事典 「穂積陳重」の解説

穂積 陳重
ホヅミ ノブシゲ

明治・大正期の法学者,男爵 枢密院議長;帝国学士院院長;東京帝大教授。



生年
安政3年7月11日(1856年)

没年
大正15(1926)年4月7日

出生地
伊予国宇和島(愛媛県宇和島市)

学歴〔年〕
開成学校,ベルリン大学

学位〔年〕
法学博士〔明治21年〕

経歴
祖父重麿以来の国学者の家に生まれる。藩校明倫館に学び貢進生として明治7年開成学校で法学を専攻する。9年英・独に留学、法学を修める。13年に治外法権撤廃の件でベルリン万国国際法会議に出席。翌14年帰国。以後、15年より東京帝大法学部教授兼法学部長を務め、ドイツ法振興政策を推進。23年貴院議員に勅選。26年法典調査会主査委員となり、民法典を起草、民事訴訟法、戸籍法、国際法等を編纂。大正元年に帝国学士院会員、14年同院長。また大正4年に男爵に叙せられ、5〜14年枢密顧問官、14年3月枢密院副議長、同年10月議長となった。

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改訂新版 世界大百科事典 「穂積陳重」の意味・わかりやすい解説

穂積陳重 (ほづみのぶしげ)
生没年:1856-1926(安政3-大正15)

法学者。伊予(愛媛県)宇和島の人,八束の兄,重遠の父。1876年留学(おもにイギリス,ドイツ),81年帰国,東京帝国大学法科大学講師を経て,82年同教授となった。ドイツを中心とするヨーロッパ大陸の法制度・法学について造詣が深く,明治中期以降の日本におけるヨーロッパ法の継受に当たっても大きな役割を果たした。しかし,学者としての彼の本領はイギリス流の経験主義的学風にあった。とくにH.S.メーンの〈古代法論〉に傾倒し,その影響は未完の大作《法律進化論》などに表れている。93年法典調査会主査委員になり,民法その他の法典の起草に参画した。東京大学における法理学(現行名称は法哲学)講座の創設者としても著名。晩年は枢密院議長の職にあった。遺著として,文化人類学的なテーマを扱った《実名敬避俗研究》(1926)があり,《法窓夜話》(1918)などの随筆もよく知られている。
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「穂積陳重」の意味・わかりやすい解説

穂積陳重
ほづみのぶしげ

[生]安政3(1856).7.11. 宇和島
[没]1926.4.7. 東京
法学者。宇和島藩校から大学南校,開成校に学び,1876年イギリス,ドイツで法律学を学ぶ。 81年帰国,東京大学法科大学講師を経て,82年同大学教授,88年法学博士,90年貴族院議員。 1912年東京大学名誉教授,15年男爵を授与。帝国学士院会員 (のち院長) ,枢密顧問官 (のち枢密院議長) などの要職を歴任。日本法学にイギリス法学,ドイツ法学を継受し,その後の日本法学に大きな影響を与えるとともに,東京大学に法理学の講座を初めて開いた。 1893年法典調査会主査委員になり,富井政章梅謙次郎とともに現行民法の起草にあたった。主著『法典論』 (1890) ,『法律進化論』 (1924~27) 。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「穂積陳重」の解説

穂積陳重 ほづみ-のぶしげ

1856-1926 明治-大正時代の法学者。
安政3年7月11日生まれ。穂積八束(やつか)の兄。穂積重遠(しげとお)の父。イギリス,ドイツに留学後,明治15年東京大学教授となり法理学講座を開設。23年貴族院議員。26年法典調査会委員として,民法などの起草に参加。英・独法の移入につとめた。大正14年枢密院議長。大正15年4月7日死去。71歳。伊予(いよ)(愛媛県)出身。著作に「法律進化論」など。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「穂積陳重」の解説

穂積陳重
ほづみのぶしげ

1856.7.11~1926.4.7

明治・大正期の法学者。八束(やつか)の兄。伊予国生れ。大学南校をへて英・独に留学。帰国後,1882年(明治15)東京大学教授となり,法理学を担当。93年梅謙次郎・富井政章(まさあきら)と民法典起草委員となるなど,多くの法典編纂に功績を残し,比較法学・法史学・法哲学の分野も開拓した。90年貴族院勅選議員,1925年(大正14)枢密院議長。

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百科事典マイペディア 「穂積陳重」の意味・わかりやすい解説

穂積陳重【ほづみのぶしげ】

法学者。伊予宇和島藩の人。英国,ドイツに留学し,英国で弁護士の称号を受け,帰国後東大教授,枢密院議長。旧民法の施行に際して延期を主張し,その後梅謙次郎,富井政章とともに民法を起草。商法の起草にも参画した。英・独法を移入し,法進化論的立場から古今東西の法制史を幅広く研究。著書《法律進化論》《慣習と法律》《復讐と法律》。

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旺文社日本史事典 三訂版 「穂積陳重」の解説

穂積陳重
ほづみのぶしげ

1856〜1926
明治・大正時代の法学者。最初の法学博士
八束 (やつか) の兄。伊予宇和島藩出身。東大教授となり,貴族院議員・枢密院議長などを歴任。1893年法典調査会主査委員として民法などの編纂にあたり,立法事業に大きな功績を残した。代表的著作として『法律進化論』など。

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367日誕生日大事典 「穂積陳重」の解説

穂積 陳重 (ほづみ のぶしげ)

生年月日:1856年7月11日
明治時代;大正時代の法学者。東京帝国大学教授;枢密院議長;法学博士;男爵
1926年没

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