出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
官位にある者が礼服(らいふく)または束帯を着用する際,威儀をととのえるにあたって右手に持つ細長い板をいう。中国ではコツと呼び,すでに周代から使われていた。日本ではコツの音が骨に通ずるところからこれを嫌い,またその長さが1尺であったことから〈しゃく〉と称するようになったことが《倭名類聚抄》に記されている。元来は手板(しゆばん)とも呼ばれて,君命や奏上事項を板の上に書いて忽忘(こつぼう)に備えた備忘用の板であり,威儀の料となっても笏紙(しやくし)といって儀式の覚書を記した紙を笏の内側にはることが行われた。養老令の制度では,唐制と同じに五位以上は牙(げ)の笏と規定しているが,牙は容易に得がたいので,《延喜式》の弾正台式に白木をもって牙にかえることが許されており,礼服のほかはすべて木製となって近世にいたった。明治以後,神官の間では神拝の用具として装束の様式にかかわらずに用いている。天皇の笏は上下の縁をほぼ方形としており,臣下の料は丸みを帯びてすそすぼまりとなっている。その質はイチイの木を最良とし,桜や杉などでもつくられ,板目(いため)を至当としている。
→把笏(はしゃく)
執筆者:鈴木 敬三+杉本 正年
笏は西洋においても権威の象徴で,世界樹または世界軸(いずれも聖なるものが顕現する〈中心〉の象徴)としての意味を担っており,混沌(こんとん)に秩序を与える神的な存在の持物とされた。笏を意味する英語sceptreの語源はギリシア語のskēptron。多くは木製で,頂部に彫刻や王冠型の飾りがつく例が多く,ほかに象牙製や,宝石をはめこんだ豪華なものもある。また笏は男根の隠喩でもあり,英雄の持つ槍や剣に類似した象徴的役割を果たすことがある。偽りの王を演ずる道化(愚者)は〈道化棒bauble〉を持つのが常だが,これは秩序を示す王のそれに対して無秩序を表す。さらに笏は生産力のある植物との関連から豊饒(ほうじよう)の標章ともなり,オシリス,ミトラス,ゼウスなどの持物に用いられた。ヘルメスが持つカドゥケウスにも笏の象徴的意味がこめられている。古代ローマのコンスル(執政官)はワシの飾りをいただく笏を,イギリスの王は球や十字架やハトを,またフランスの王は紋章にも使われるフルール・ド・リスを頭部に飾った笏を持った。しかし,王権を意味する笏は王冠や金貨とともに,一面で世俗的権威の空しさをも表現しており,17世紀オランダの静物画では死や空しさを示す寓意として使われた。
執筆者:荒俣 宏
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貴族階級の服装に用いられる威儀具。笏は「こつ」と読むのが正しいが、骨と同音のため、嫌って「しゃく」といわれるようになった。もと、儀式の際に備忘のため式次第を書いた紙を笏の裏に貼(は)り、右手に持ったもので、手板とも称した。養老(ようろう)の衣服令(りょう)で礼服および朝服に五位以上の者に牙笏(げしゃく)、六位以下は木笏(もくしゃく)と定められた。しかし象牙(ぞうげ)の入手が困難なため、平安時代になると牙笏は礼服のみに用いられ、朝服にはみな木笏が用いられることとなった。天皇の用いる笏は上下ともほぼ方形とし、臣下は上円下方として上が丸みを帯び、下部がしだいに幅狭くなり端が方形である。木笏の材料は櫟(いちい)(一位)を最上とし、柊(ひいらぎ)、桜、榊(さかき)、杉などの板目がよいとされている。
[高田倭男]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…日本ではコツの音が骨に通ずるところからこれを嫌い,またその長さが1尺であったことから〈しゃく〉と称するようになったことが《倭名類聚抄》に記されている。元来は手板(しゆばん)とも呼ばれて,君命や奏上事項を板の上に書いて忽忘(こつぼう)に備えた備忘用の板であり,威儀の料となっても笏紙(しやくし)といって儀式の覚書を記した紙を笏の内側にはることが行われた。養老令の制度では,唐制と同じに五位以上は牙(げ)の笏と規定しているが,牙は容易に得がたいので,《延喜式》の弾正台式に白木をもって牙にかえることが許されており,礼服のほかはすべて木製となって近世にいたった。…
…武家も将軍以下五位以上の者は大儀に際して着装した。束帯の構成は冠,袍(ほう),半臂(はんぴ),下襲(したがさね),衵(あこめ),単(ひとえ),表袴(うえのはかま),大口,石帯(せきたい),魚袋(ぎよたい),履(くつ),笏(しやく),檜扇,帖紙(たとう)から成る。束帯や十二単のように一揃いのものを皆具,あるいは物具(もののぐ)といった。…
…ペルーのアンデス山地のケチュア族では,高位の村役につく者がバラという杖をもつ。古代エジプトにも王笏(おうしやく)があった。ミクロネシアでは〈夜ばい棒〉といわれる棒を男がもつが,これも本来は男の素性や地位を示す杖である。…
…威儀を備えるために笏(しやく)をもつ服制のひとつ。中国では古くから把笏の制度があり,もともとは覚書などを記して備忘用としての意味をもっていた。…
※「笏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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