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デジタル大辞泉
「精神分析」の意味・読み・例文・類語
せいしん‐ぶんせき【精神分析】
フロイトによって始められた神経症診断の方法。また、さらに広く精神の無意識の深層を分析する方法をさす。フロイトによれば、精神過程は意識、前意識、深層である無意識の3層に分けられる。抑圧された願望はこの無意識層に押し込められると考え、それを対話・夢・連想などから発見、意識化することで治療しようとする。この方法は、宗教・芸術などの解釈にも広く応用される。
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精神分析
せいしんぶんせき
psychoanalysis
精神分析はオーストリアの精神科医フロイトによって初めて試みられた心理治療の方法であり、無意識を主体とした力学的心理学の理論体系であるが、今日では比類なく大きな射程をもつ人間科学の方法であり、心理学、哲学、思想、文学、芸術などさまざまな領域において大きな影響を与えている。精神分析は人間のとらえ方を根源的に問い直し、従来の人間観を根底から覆した。心理療法として、精神分析と対照的な立場にたつものは、行動主義の心理学に基づく「行動療法」である。精神分析と行動療法はあらゆる意味で対照的であるが、この違いをもっとも明確に示しているのは、刺激と反応という概念についての解釈の相違である。
[外林大作・川幡政道]
精神分析においては、刺激は緊張をおこすものであり、反応は緊張を解消するものである。刺激に対して反応がおこると、刺激によって引き起こされた心理的緊張が反応によって解除され、平静な状態を回復すると考える。もし刺激が与えられたとき適切な反応がおきなければ、心理的緊張が残ることになる。緊張が残れば、なんらかの方法で緊張を解除しようとするし、平静さを回復しようとする。これが精神分析の基本的な考え方である。これに対して行動療法では、刺激と反応の結合が問題となる。刺激があれば、なんらかの反応(行動)がおこるというのが行動主義の基本的図式であり、症状はなんらかの刺激に結合した行動にほかならないものと考えられる。そこで、この刺激と反応の結び付きを強めたり、弱めたり、あるいは刺激に対して従来の反応とは異なる反応とを結び付けたりすることが、心理的治療になると考えられる。つまり、行動療法のもとになっているのは、連合主義の色彩の強い条件づけの理論であり、一般に学習心理学とよばれているものである。刺激と反応についてのこうした考え方の違いは、必然的に治療法の違いとなって現れる。
[外林大作・川幡政道]
精神分析のオーソドックスな治療の方法は、患者を長椅子(いす)に寝かせて自由連想を試みるように求める。頭に浮かんだことはどんなことでも話すように求める。たとえ治療とは関係なく、道徳的に認められないようなことであっても、思い出したことをそのまま話すように求めるのである。この意味で精神分析治療は、話すことによる治療(談話療法という)であるといってもよい。しかし、これは、自分の腹のなかにためていたことを話して気が晴れるから治療になるという意味ではない。心の奥底にたまり、症状のもととなっているものは、日常的な意味でのおしゃべりをしたぐらいで晴れるものではない。自由連想法というのは、おしゃべりでなく、ほんとうの話ができるようにするものである。おしゃべりをすると、ほとんどそのおしゃべりは自己弁護であり、自分の正当性を相手に納得させようとしたり、同情を求めようとしたりするものになってしまう。自分のありのままの姿をことばに出すというより、見せかけの自分をつくりあげることになる。この違いを、フロイトは意識と無意識という概念で示している。分析者と患者の間では主体と主体との関係で話が進められなければならないが、こうした関係がつくれると、エス・シュプリヒトEs spricht(ドイツ語。エスが語る)、すなわち主体としてのエス(イドともいう)が語り始め、無意識の欲望が語られるようになる。ラカンは同様のことを「充実したことば」「空虚なことば」という概念で示している。
[外林大作・川幡政道]
治療法の問題として重要なことは、どうしたら自己弁護でない話をすることができるようになるかである。患者は自由連想で自己弁護し、防衛し、抵抗を試みるが、こうした抵抗が分析者によって解釈されるようになると、特殊な抵抗を試みるようになってくる。これが「転移」とよばれているものである。患者はそのことを意識しないが自分が子供であり、分析者が親であるかのような感情をもつようになり、「自由連想」のなかに親と子の関係が再現されたかのような態度がつくられてくる。転移というのは、幼児期の親子の関係が自由連想の分析状況のなかに移されたという意味にほかならない。このことは別の表現をすれば、患者は日常生活において新しい状況で新しい人と対面していても、その新しさを認識することができず、幼児期に親と子の間でつくりあげた人間関係に従って行動しているということであり、その「親子関係」がさまざまな問題点を含んでいるということである。「三つ子の魂百まで」といわれ、教育問題として、幼児期の家庭教育が重視されるのは、この時期の親子関係が、後年になっても消すことのできない刻印を残すからである。しかし、精神分析にとって重要なことは、幼児期の親子関係での経験そのものというより、分析状況のなかに転移されたもの、すなわち客観的事実というより心理的事実(心的現実)が問題であることはいうまでもない。
[外林大作・川幡政道]
分析状況で転移されるもっとも重要な親子関係は、エディプス的関係である。父・母・子の、いわば三角関係である。男の子の場合を例にとっていえば、エディプス的関係は、母親に愛情を抱き、父親に敵意をもつことをいう。男の子は父親を無きものにし、母親と2人だけの関係を温存しようとする。これはいうまでもなく「近親相姦(そうかん)」の願望で、抑圧される運命にある。男の子は父親に対する敵意の報復として、父親から去勢されるのではないかという不安をもつからである。この不安をなくすために、男の子は自分を父親と同一視し、エディプス的関係を克服しようとする。克服されないときに、さまざまな症状がおきてくることになる。転移的関係のなかでは、こうした意味での症状が新しくつくられ、顕在化してくる。その症状の意味を理解することが、自己洞察を導き、治癒につながってくる。こうした精神分析の治療の考え方は、症状そのものを直接になくそうとするものではない。風邪(かぜ)をひいて熱が出たので解熱剤を服用して熱を下げようとするような対症療法ではない。症状そのものが問題でなく、こうした症状をつくりだすもとになっているもの、エディプス・コンプレックスとか去勢コンプレックスが問題なのである。これらのコンプレックスを清算しない限り、対症療法的に症状をなくしても、それにかわる新しい症状が現れてくるだけであると考える。
こうした精神分析の考え方に対して、行動療法の考え方は対照的である。症状を対症療法的に条件づけの方法で消去することによって治療ができると考える。症状を取り除いても、精神分析のようにもとの症状のかわりの症状がおこるとは考えない。この違いは先に述べたような刺激―反応の考え方の違いによるが、無意識という概念を必要とするか、意味というものを考えるか否かということに依存している。行動主義においては、外に現れた症状が問題であり無意識の概念は不用で、意味を考える必要がないが、精神分析では、無意識、意味が理論的に肝要な問題となっている。精神分析が、しばしば無意識の心理学であるといわれるのもこのためである。精神病の言動は常識的に理解することがむずかしいが、神経症の場合もまたその言動を理解することがむずかしいことが多い。これはちょうど、「夢」が常識的に理解しにくいのと同様である。この意味から、神経症の症状と夢は類似の性質をもっているものであると考えられ、夢の意味を解釈することと症状の意味を明らかにすることは同じように治療的意義をもつとみなされる。
[外林大作・川幡政道]
精神分析において夢の解釈が重要な意義をもつのはこのためである。さらに一歩進めて考えるならば、夢と「白昼夢」といわれる空想も類似のものであるから、精神分析を治療としてでなく、心理学の研究の手段として考えるならば、「空想」を研究しようとするものであるといえる。夢は無意識を知るための王道であるといわれるように、夢や空想の研究によって、心の無意識過程、すなわち一次過程とよばれるものを明らかにすることができる。これを一般的な心理学の用語でいえば、動機を明らかにしようとしているといってよい。たとえば犯罪がおこるなら、その動機はなにかということがまず第一に問題になるが、無意識的一次過程を明らかにしようとすることは、こうした動機を明らかにしようとするものにほかならない。刑事は犯罪者の自白をもとにして怨恨(えんこん)が動機であるとか金取りが目的であると考えるかもしれないが、分析家は患者の病気の動機はすべて意識されていない性衝動にあるとみなしている。そのため、精神分析は汎(はん)性欲説であるといわれたりすることがある。しかし、精神分析の「性欲」の概念は常識的な意味での性欲とはかなり異なっている。人間を心理学的に理解するには、性欲を心理学的に概念化することが必要なのである。
[外林大作・川幡政道]
常識では性欲は食欲と同じように生物的な本能といってよいほどのものと考えられている。また、性欲は思春期になって初めて現れるものであると考えられている。しかし、フロイトにおいては、性欲は幼児期から現れているものであり、生物的本能とは別個の心理的な事実とみなされる。人間の心理を生物学の知識によって類推しようとするのでなく、心理学固有の概念によって人間の心理を説明しようとするからである。この意味では、他の心理学の理論のように生物学を援用するものでなく、純粋な心理学をつくろうとするものである。しかし、これは、人間が生物であることを否定するものではない。性欲は、生物学的な食欲に随伴して発現してくる衝動であると考えられるからである。すなわち、性欲の原型は、幼児が母親から授乳され満足して眠り始めるときのあの満足経験を再現しようとすることであると考えられる。これは、一度うまい食べ物を味わうと、その味を忘れることができなくて、もう一度あのようにうまい物を食べたいと願うのと同じことである。同じようにうまい食べ物を探しても、二度と同じようにうまい物に出くわすことができないように、幼児は満足経験を再現しようとするが、しかし、同じような満足を経験することができない。性欲には挫折(ざせつ)が付き物であり、代償的な満足でがまんせざるをえない。挫折しても求め続けるのが悲願なら、性欲はまさしく悲願となった願望である。
こうした幼児性欲は、口唇期、肛門(こうもん)期を通してさまざまな身体的部位を利用して満足経験を再現しようとするが、男根期(3~6歳ごろ)に至ると男根を通して満足を得ようとする。しかし、これは近親相姦の禁止によって妨げられ、満足経験の再現を放棄しなければならなくなり、潜在期(6~12歳ごろ)に至る。そして思春期(12~17歳ごろ)に至ると、抑圧されていた近親相姦の願望は大きな変容を受け、他人との間に異性愛としての性欲が現れてくる。性欲はもともと母親からの授乳を契機にして発生してきたものであるから、養育者や保護者に性欲が向けられ(男根期)、さらに成長するにつれて、養育者や保護者と類似している人、その代理となるような人に向けられる。これに対して、指しゃぶりのような自慰行為にとどまるなら、性欲は自分自身に向けられ、いわゆるナルシシズム(自己愛)とよばれる性愛の類型、たとえば同性愛がおきてくる。幼児性欲は、満足を得られるならば、どんな対象であろうと手段として利用する。だから性欲には定型というものはない。なにが正常でなにが異常であるかを決められないことは、さまざまな性生活の報告書の示すとおりである。
フロイトは後期になると、性欲をもっと包括的立場から考えるようになり、死の衝動(タナトスThanatos)に対立する生の衝動(エロスEros)として考えるようになる。ここでは満足経験の再現というより、衝動の一つの特質とみなされる強迫的に反復しようとする側面が強調され、満足経験の究極は静謐(せいひつ)、涅槃(ねはん)にあるという考えが示される。いずれにしても、性欲の実際問題は抑圧の運命を担うものと考えられる。性欲は抑圧と切り離して考えることのできないものである。
[外林大作・川幡政道]
フロイトの基本的な考え方の立場は、(1)力学的考え方、(2)場所論的考え方、(3)経済的考え方であり、この三つの立場から心的現象を記述したときに全体的に説明したことになる。これはフロイトの科学的な思考様式を示すものであるが、実際には場所論的記述はできても経済的な説明ができないというような場合も多く、三つの立場から完全に記述できることのほうがまれであるといったほうがよい。
(1)力学的考え方は、たとえば抑圧という概念によく示されている。抑圧は意識に現れようとするものを食い止めようとすることであるが、この二つの力の均衡、葛藤(かっとう)として症状を理解しようとする。
(2)場所論的立場は、前期の意識系・前意識系・無意識系、後期のエス・自我・超自我という概念によく示されているように、心という装置を空間的な位置関係によって理解しようとするものである。
(3)経済的考え方は、エネルギー充当(備給)の概念を具体的に記述しようとするもので、エネルギーをあたかも金銭のように考え、その流通・貯蓄として心的現象を記述するものである。平たくいえば、人間というものはうまくできているものだというときに意味されることのようなもので、快感原則によって示されているものである。たとえば、抑圧のときに意識に現れるものを食い止めるためにはエネルギーが必要であるが、そのエネルギーはなにも新しく調達する必要はなく、反対エネルギー充当によって可能になるといったようなものである。
[外林大作・川幡政道]
こうしたフロイトの精神分析が精神医学や心理学に大きな影響を与えたことはいうまでもないが、思想、芸術にも大きな影響を及ぼした。心理学に限っていうならば、前述の行動主義の心理学のようにまったく対照的で立場を異にするものもあるが、フロイトの影響をもっとも強く受けているのはゲシュタルト心理学者のレビンであり、その流れをくむものである。彼の心理学はトポロジー心理学とよばれるが、これは場所論的考え方をより論理的なトポロジーによって表現しようとしたものである。力学的考え方は、ゲシュタルト心理学の全体にみられるもので、とくにレビンに特有なものではないが、研究領域はフロイトと共通した面を多分にもっている。経済的考え方は、一見したところレビンに欠けているようにみえるが、ゲシュタルトという概念そのものが快感原則あるいは恒常原則と軌を一にしたところをもっていることを考慮するならば、レビンにおいては改めて取り上げる必要のないものでもある。
第二次世界大戦後脚光を浴びてきた臨床心理学が精神分析の影響を強く受けていることは当然のことであり、その後の心理療法、人格論は精神分析の影響下にあるといわなければならない。精神分析とまったく異なる知能の研究をしたピアジェの発達理論が、フロイトの精神分析と対比されることも興味のあることである。しかし、これで心理学と精神分析の間隙(かんげき)が埋められたというのは早計である。両者の間にはまだかなりの隔たりがある。これは、実験的方法をとろうとする心理学と、臨床的方法をとる精神分析との違いということもできる。
[外林大作・川幡政道]
フロイト以後の精神分析を一瞥(いちべつ)してみると、さらに別の問題が残されていることも明らかである。精神分析の歴史は、フロイト批判と離反に終始しているといっても過言でないところがある。1911年にアドラーは、フロイトの性欲論に反対し「個人心理学」の一派をつくった。その内容は、個人心理学という名称とは裏腹に、衝動の基本は社会的関心にあるという。この考えは、後年の新フロイト派に影響を与えた。1914年になるとユングが、フロイトの性欲論に反対し、「分析心理学」を提唱するようになり、無意識を個人的無意識と集合的無意識に分け、無意識を系統発生的に考えるようになる。第二次世界大戦後になると、フロイトの生物学的考え方に対して、社会的・文化的影響を重視する新フロイト派とよばれる一群の分析家が現れた。そのうちで日本でもっとも有名なのはフロムである。新フロイト派がアメリカ文化に支えられているのに対し、一方、イギリスでは対象関係理論とよばれる一派が形成されている。この場合には親子の関係が重視されるが、生物学的な考えを捨てようとする点では、新フロイト派と同じ傾向をもっている。正統派の精神分析は、自我心理学ともよばれ、こうした異端とは異なり、より心理学に接近しようとしているが、かならずしもその成果は期待されるほどのものではない。生物学的な外傷理論を捨て純粋心理学的な空想理論を構想したフロイトの本旨にもとるという批判もある。その批判の代表者がラカンである。フランスのラカン一派は正統派とはまったく異なるが、「フロイトに帰れ」というスローガンのもとに、フロイトを再評価し、精神分析内部だけではなく、思想界にも大きな影響を与えている。精神分析は新しい思想の形成につながっているが、家族の崩壊、生理学の巻き返し、コンピュータ化の時代のなかで21世紀の精神分析はどのような展開をみせるだろうか。
[外林大作・川幡政道]
フロイトはしばしば精神分析の研究を志す人たちに対して文学作品を精読することを勧めているが、彼自身もギリシア古典をはじめとし、ゲーテ、シェークスピア、ドストエフスキーなどの作品のみならず、当時のあまり有名でない作家の作品まで愛読していた。彼の文学に対するこの強い関心の理由は『夢の解釈』(1900)に示されている。詩や作品を読むことは夢を解釈することと同じだからである。解釈とは一次的無意識過程が二次的意識過程にどのようにして変換されるかを明らかにしようとすることであるが、文学作品はその素材を提供するものにほかならない。これは文学作品に適用されるだけでなく、絵画にも通用する。シュルレアリスムは、フロイトの影響を受けて絵画的作品の解釈を試みたといえる。ラカンやデリダらの解釈あるいは文学批評は、基本的にはフロイトの構想に負うものである。
[外林大作・川幡政道]
『土居健郎著『精神分析と精神病理』第2版(1970・医学書院)』▽『西園昌久著『精神分析の理論と実際 神経症編・精神病編』(1975、1976・金剛出版)』▽『ホーナイ著、川口茂雄・西上裕司・我妻洋訳『精神分析とは何か』(『ホーナイ全集7』1976・誠信書房)』▽『外林大作著『フロイトの読み方』1、2(1983、1988・誠信書房)』▽『ジュアン・ダヴィド・ナシオ著、榎本譲訳『精神分析 7つのキーワード――フロイトからラカンへ』(1990・新曜社)』▽『ロラン・ドロン著、外林大作監修、高橋協子訳『知の精神分析――フランスにおけるフロイト理論の展開』(1998・誠信書房)』▽『S・フロイト著、高橋義孝・下坂幸三訳『精神分析入門』上下(新潮文庫)』▽『宮城音弥著『精神分析入門』(岩波新書)』▽『小此木啓吾著『現代の精神分析――フロイトからフロイト以後へ』(講談社学術文庫)』▽『新宮一成著『ラカンの精神分析』(講談社現代新書)』▽『ジークムント・フロイト著、高橋義孝訳『夢判断』上下(新潮文庫)』
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せいしんぶんせき
精神分析
psychoanalysis
19世紀末にフロイトFreud,S.によって創始された,心とくに無意識の理論であり,その病理の観察・解明方法であり,治療方法である。その実践は国際精神分析協会を中心にした精神分析家psychoanalystの資格認定や専門的訓練と並行し,20世紀になると,その影響を受けて精神分析の知見を広く生かそうとする精神分析的精神療法・心理療法や力動的精神医学も発展し,文化論・芸術論や人間学的理解もまた深化した。
【精神分析成立まで】 フロイトより前のその起源をたどるなら,無意識の治療的操作としては,世界各地に古くより専門的な役割を果たしていたヒーリング能力者(ヒーラー)たちの仕事が挙げられよう。たとえば,古代ギリシアの医療と治療のためのアスクレピオス神殿には,心理的な医療行為を行なう神官たちがいたという。そして1800年代になるとメスメルMesmer,F.A.は,天体に充満し生気と活力の源泉となる動物磁気animal magnetismの効能を提唱して患者を治療し催眠術の発展に寄与して,メスメルの名前は英語の「mesmerize(催眠をかける)」の由来となった。フロイトが1881年,医師資格を取って留学したパリでは,神経学者のシャルコーCharcot,J.M.がヒステリー患者に催眠をかけて症状を消したり出現させたりしていたが,催眠と暗示による治療の背後にある深層心理の存在に彼らは気づきつつあった。
【フロイト精神分析の発展 初期】 一方,後にフロイトの共同研究者となった内科医ブロイアーBreuer,J.は,催眠下で自由にしゃべることが許されればヒステリー患者の症状が良くなることを発見していた。そしてフロイトは,心の意識と無意識との乖離の過程は神経症に特有のものではなく広く発生するものであることを確信するようになり,神経症症状とは,他の方法では表現を見いだせない無意識的な力が突出したものだと考えた。そして,外傷的な出来事が症状の背後にあると考え,精神病理学的理解である外傷trauma(トラウマ)に基づいた治療として,それを意識化させてカタルシスcatharsisという感情の発散をもたらす試みが精神分析の誕生につながったのである。そのさまざまな試みの中で,催眠術のような誘導法ではなく,寝椅子に横になり心に浮かぶさまざまな考えを選択することなく言語化するという自由連想法free associationへと変化していく。当時の患者は,週に6回,1時間のセッションを繰り返していたが,現在では週に4回以上が国際精神分析協会の定める治療構造であり,そういう頻度の高い分析的設定でさまざまな超心理学的(メタサイコロジカル)な概念が誕生し体験と理解は発展していった。
【フロイト精神分析の発展 中期】 精神分析は無意識の心理学であり,意識心理学とは別のメタサイコロジーとよばれる。無意識とは日常的に,そして記述的に「無意識に食べ尽くす」というように日常的な意味でも使われ,普通は意識することが禁止されているのが抑圧repressionの指標である。しかし問題が現実にあった出来事の記憶ではなく,むしろ空想上の話であると考えたフロイトは,外傷説を放棄し外的出来事から内的願望や衝動,および欲動(独語でTrieb,英語ではinstinctと訳され混乱したが,現在は英語のdriveが定訳とされる)が表に現われてくるメカニズムを強調した。1900年に刊行された『夢判断』においては,無意識的願望が表出され夢が形成される過程が自らのものを含む実例とともに提示され,本能的な願望は直接的な表現を求めながら,現実や理想との間で葛藤conflictが生み出されて,抑圧や防衛の力による検閲や妥協によって偽装された顕在夢manifest dreamが誕生すると説いた。一般に局所論的topographicalとして知られるモデルでは,心的装置mental apparatusとして,意識conscious,前意識preconscious,無意識unconsciousとに区別する心の地図が描き出された。前意識とは意識と無意識との間にあるとされる(この描き方はほとんど二分法に近く,日本語で表に対して裏とされる心の位置づけにも対応して,心の内,心の奥,心の隅,心の闇という言い方にも通じる)。
問題視される衝動や欲動,そして無意識などは,身体や生物学的要素に基盤をもつ。そして経済論的といわれる心の観点から,それを動かす性的エネルギーがリビドーlibidoとして表現された。機知や冗談の分析で示されたように,笑いをよぶ効果的な表現の目的はエネルギーの節約であり,その節約を通して楽になることが目的である。後に性的エネルギーに対し攻撃性aggressionにも重きをおき,この観点はその後のクライン学派に大きな影響を与えた。フロイトの考えの特徴である二分法は随所に見られて,非論理的な無意識的思考の1次過程primary processであることに対し,意識的思考は現実的で論理的な2次過程secondary processに従って機能している。また,無意識的な衝動や願望は快楽原則pleasure principleに従うのに対して,意識的なシステムは現実原則reality principleに従って機能する。主観的な内的現実あるいは心的現実に対して客観的な外的現実があり,心はその両方を生きている。そのために,両立しない二つの原理が割り切れない状況を作り出し,心は必然的にその解決が求められることになる。こういう葛藤を作り出すものの代表がアンビバレンスambivalenceであり,愛と憎しみのように同じ対象に両立しがたい感情や態度を向ける心的現象である。
次いで重要なのは発達論的な,あるいは発生論的な観点であり,すべての心的現象は過去に起源をもち,早期の原型が後期の在り方を決定するという考えである。そして,後期のものに覆われていても,早期の在り方がなおも活動的となる可能性がある。それは,早期の心的な在り方にとどまる固着fixationという概念や,発達していたものが過去に戻る退行regressionという臨床的概念で説明され,精神分析療法の中で再構成された被分析者の個々の過去が抽象化されて,平均的な時間的発達図式が作成され臨床の分析的理解にとって重要となっている。フロイトが提示した発達モデルは,口唇期,肛門期,男根期,エディプス期,あるいは前性器期と性器期などといった段階論で描く精神性的発達論psychosexual developmental theoryで,これが最初期の発達を重視するクライン学派や,児童分析や客観的観察を行なう乳幼児研究が新たな乳幼児理解を提示するまで広く共有された。
さらに,物語や登場人物を劇のように展開させて心を描き出す視点が劇的観点dramatic point of viewである。この視点から,文化として共有される神話や昔話の物語を,人びとの人生や幼児期,そして家族の物語の典型としてみなして活用する解釈法があり,フロイトはエディプス・コンプレックスの理解においてこれを生かした。エディプス王はギリシア神話では父親を殺して母親と結婚した男であり,これにより母を愛して父を憎む少年の心理の普遍であることが主張されている。少女の場合は母をライバル視して父を独占したいという家族的な三角関係が基本だが,男女ともに本来の両性愛傾向があるので,それに基づいて,それぞれ異性愛的な三角関係と同性愛的な三角関係の両方がありうることになる。フロイトの発見した転移transferenceの分析とは,このような関係性や無意識的空想を分析者とともに反復するという理解に基づくものであって,文化的に共有される物語は個々の人生の台本の解釈においても生かされる。劇的観点の例として,行動化acting-outという概念があり,フロイトはこれをヒステリー患者の治療報告で使っている。この行動化概念を訳語として再検討するなら,独語“agieren”,およびその英語訳“acting-out”には「行動する」と「演じる」という両義がありながら,日本語では後者の意味が訳出されなかったことに注意すべきだろう。さらに英語の訳では治療室の外での表現を意味しやすい「アウト(外へ)」が強調され,望ましくない行動や短絡行動を意味するようになった。それで,分析者に向けられた行動や演技のメッセージ性と治療的意義を改めて強調するためにアクティング・インacting-inということばまで登場した。また,ギリシア神話から名を取ったナルシシズムnarcissism(自己愛self-loveと同等に扱われることがある)は,その病理ゆえに転移が生じないことから統合失調症は分析の対象とならないとしたフロイトの考えは後継者によって訂正された。
さらに,精神分析における力動的dynamicな観点とは,背景や深層に抑圧された無意識的な動機,欲動,葛藤,そして不安,罪悪感によって言動を理解する視点である。とくにフロイトの自己分析による無意識的罪悪感の理解は精神分析の中核にあるものだが,その罪悪感のために汽車旅行に対する彼自身の恐怖症が始まり,彼はそれが解消するまで約12年間苦しんだ。ジョーンズJones,E.による伝記『フロイトの生涯The life and works of Sigmund Freud』(1961)では,自己分析self-analysisにより,それは究極的には母の乳房を失うことに対する恐怖に結びついていて幼児期的な飢餓のパニックなのだと理解したという。そして具体的には1歳7ヵ月のときに死んだ弟ユリウスへの嫉妬が与えた影響にさかのぼることができ,その痕跡は後の生活では汽車の時間に間に合うかどうかについての不安というかたちで残ったのである。しかしどれほど自己理解を深めても,この同胞葛藤の反復はなかなか解決しなかった。フロイトの弟子の一人フェレンツィFerenczi,S.の記憶によれば,1909年のブレーメンで,宿命のライバル,ユングJung,C.G.を含む3人がアメリカへの旅行に出発する直前,フロイトはユングに対してちょっとした勝利を収めたとき失神して倒れた。1912年ミュンヘンでも,フロイトはユングを批判した時に失神している。やがてはフロイトと決別したユングは約20歳下であり,失神発作はすべて死んだ弟ユリウスへの嫉妬が起源であるという見解を表明した。フロイトの失神は彼がユングという敵を負かした成功と不安によるものであり,自ら「成功によって破滅する人びと」と記述した,勝利に伴う罪悪感のために発症する人物の軽症例だったのである。そして,フロイトにおいてはその成功あるいは勝利の最初の出来事が,彼の小さな弟に対して死の願望を抱いてそれが成就したことにあり,それが無意識的罪悪感となって彼を悩ませていたことを自覚していたことになる。異論を唱えるライバルと競争しこれを排除しようとして,勝利しながら精神分析という大事なものを擁護したフロイトの,「長男」としての同胞葛藤がなんとか克服できたのは晩年のことであったようである。この自己分析の例のように,精神分析は,言語的な解釈によって「無意識を意識化する」という言語化を技法的特徴とし,そこで得られるものを洞察insightとしている。また,「心の台本」が決定される時期として過去(幼児期)を重視し,自由な連想による想起を基に分析者が過去を再構成するのである。
【フロイト精神分析の発展 後期】 1923年の『自我とエス』で,精神分析のものとして広く知られる構造論的structuralなモデルを導入した。それは,心をエスEsまたはイドid,自我ego,超自我super-egoという3分割で示したことである。Esということばは独語で曖昧な日常語「それ」を表わすが,英語ではラテン語のid(itの意)を用い,日本語では片仮名のままである。エスは快感原則に支配され1次過程に従って機能しており,自我は自己保存のためとエスと現実の要請にも同時に応じなければならず,抑圧や昇華などの各種の防衛機制を獲得してそれを可能にする。超自我とは,幼児の同一化や両親などの権威者像と結びついて発達するものであり,日常語でいう「良心」の役割を含んでいる。自我は,エス,超自我,現実などの間を調停,仲裁し,「折り合い」をつけねばならないわけだが,症状や問題行動とは不愉快で不適切だが,避けられない妥協形成であり失敗の結果なのである。そのような神経症的葛藤解決や妥協的調停は,症状や性格形成だけではなく文化的な事象,芸術作品の誕生,愛する人の選択などにも及んでいる。
【フロイト以降の発展】 現代の精神分析学は,自我心理学,クライン学派,対象関係論あるいはイギリスの独立学派・中間学派,自己心理学の四つに分かれているといわれる。フロイトの娘であるアンナ・フロイトFreud,A.の著書『自我と防衛機制Ego and the mechanisms of defense』(1936)によって,正常な心における防衛機能が注目され,内的危機や外界から生じる危機に対する防衛が明らかにされた。ハルトマンHartmann,H.は『自我心理学と適応の問題Ego psychology and the problems of adaptation』(1939)を出版し,生得的に発達して正常に機能する多くの領域があると主張し,その中に自我の葛藤外の領域conflict-free sphere of the egoとよんだものがある。このように自律的に発達する正常な機能にも注目して,自我機能の病理を強調する精神分析的心理学を自我心理学ego psychologyとよぶ。
クライン学派を対象関係論の中心に据えるかどうかは論者によって微妙に違うが,対象関係論の発展に大きな影響を与えたことには間違いはない。狭義の対象関係論を超える深遠な精神分析学を構築したクラインKlein,M.は,幼児期由来の神経症が幼児の内的な衝動や幻想から生まれるところを観察したフロイト的な路線を徹底したものである。彼女の考えによれば,対象は欲動から生まれ,乳児にとっての早期の現実は空想phantasyに満たされていて妄想的なのである。対象は,フロイト理論の幻覚的願望充足と同じで,欲動から作り出され,現実の人びとはこの内的な対象イメージの投影の受け皿となり,空想を生きる乳幼児の欲動は何かを標的にするという意味で対象についての知識をすでにもっていることになる。内的対象を相手にして展開する無意識的空想とは,本能的欲求が心的な表現となったもので,外的なものは投影の受け皿としてこれに外への表現の機会を与えるのだ。クラインの貴重な貢献の一つは,対象のない状態,つまり対象ではなく自己を愛するナルシシズムというフロイトの考えに挑戦したことである。精神病や重症の患者は,対象のない状態に退行しているとする考えに対し,外界に関心をもたないように見える患者に関しても,内的対象との強烈な関係のただ中にある可能性や,外界を内的な恐ろしいものの受け皿にしているという理解を提示し,内と外の関係性成立と言語的な分析の徹底を唱えたのである。フロイト理論とのさらなる違いは,フロイトの対象が本能欲動の比較的単純な標的であるのに対し,クラインの場合はそれとの関係が空想や情緒,不安,防衛によってさまざまに,そして複雑に,ときに奇怪に彩られることである。この文脈で,攻撃性が重視されるクライン理論では,フロイトにとってはやや思弁的だった「死の本能」が,乳児によって「生の本能」とともに早期から空想の中で生きられるものとなる。乳児は対象に向かってアンビバレントであり,自我は「良い乳房と悪い乳房」という好悪に二分された対象と関係をもち,この愛に満ちた関係と憎しみに満ちた関係が分割されている状態が妄想的・分裂的ポジションparanoid-schizoid position(PS)とよばれる。この極端な二つの部分的関係性が統合に向かうときの状態が抑うつポジションdepressive position(D)とよばれ,これに伴う心的摩擦の局面で罪悪感が体験される。良い乳房と悪い乳房という部分として対象が分裂する〈PS〉と,その二つの乳房が母親という全体対象のものであったことを認識して「愛するものを害していた」という罪意識を経験する〈D〉といった,〈良い乳房―自我〉と〈悪い乳房―自我〉という二つの対象関係の在り方がたどる運命は,ほとんどの現代の対象関係論に影響を与えたのである。
狭義の対象関係論は,人間の心の在り方が快感追求ではなく,対象希求object-seekingであることを強調したフェアバーンFairbairn,W.R.D.によって創始された。彼が導いた主要な結論の一つは,対象と合体し対象を取り込み対象と同一化する原初的同一化の段階から発達して独立へと向かう自我は,最初から全体的自己としての可能性をはらむが,その全体性を最初から確固たる形で維持できないために,さまざまな悪い対象や関係の在り方に応じて分裂あるいは分割することになる。こうしてフェアバーンの記述では,自我は,意識的には「ほど良い」外的対象と関係しながら,無意識的には悪い内的対象とも関係するという,内と外,良いと悪いに二重化された対象関係を生きる,スキゾイド(分裂)的構造体として描き出された。また彼は,自我が分裂してこの基本的・精神内的状況basic endopsychic situationを作ると考え,自我の分裂があらゆる精神病理の基盤となると考えていた。さらに,同じ中間学派あるいは独立学派に所属するウィニコットWinnicott,D.W.の読み方では,クラインが内側ととらえるところを,内外が未分化な状態にある主観的対象を介したかかわりとして見る。そして,外的環境に依存した内的体験としての位置づけについて独自の術語が必要になるが,それが「移行」と「中間領域」である。
コフートKhut,H.の自己心理学で注目される治療関係は,自己愛転移narcissistic transferenceとよばれて,分析者の受容と共感が求められ,自己愛的な患者であるからこそ理想化される分析者は十分共感できないものである。それゆえに壊れやすい幻滅が問題になるのは,ウィニコットにおいても同様である。また,間主体性intersubjectivityを強調する論客も,この流れから生まれている。
以上のごとく精神分析内部においても数々の学派が存在する。親しい弟的存在がフロイトと葛藤を起こして離脱することはたびたび起こった。アドラーAdler,A.は個人心理学を主張して離脱し,たいへん親しい仲であったユングは決別して分析的心理学を確立する。さらにはアメリカを中心に,古典的なリビドー説を批判し,文化や社会的側面を重視するホーナイHorney,K.,フロムFromm,E.,サリバンSullivan,H.S.らは新フロイト派neo-Freudianとして独立する。この後者の流れは,近年関係性理論relational theoryとして対象関係論との接近を通して精神分析との統合を図っている。また1960年代のアメリカの時代精神を反映してアイデンティティ概念によって精神分析的発達理論を書き直したエリクソンErikson,E.H.も,一般心理学に影響を与える発達理論を発表している。また,最近の治療論では,人間の反復が過去からのものだという起源の問題よりも,むしろ「今ここhere and now」での関係と防衛の反復に注目が集まり,さらに治療関係を織りなし,展開させて,理解し,そして防衛を吟味して「新たな間柄」へと導く方向性が重視されている。
【精神分析の影響】 臨床心理学の中で,100年以上の歴史をもつ学派は精神分析だけであるといってよい。精神分析の影響は発達心理学,人格心理学においても計り知れぬ影響をもたらしたが,人生を物語として語って,それを考えていこうとする分析的・臨床的態度は,日本においても臨床心理学の基本となっているだろう。また,映像機器の発達に伴い,乳幼児の客観的データが大量に得られて,ボウルビィBolby,J.の愛着理論やマーラーMahler,M.の分離個体化の理論は,実証研究という意味でも心理学領域で広く知られている。しかし,精神分析のいう無意識の存在を認めない学派もあるわけで,無意識の闇は調査研究の対象になりにくく,実証主義の思考からは疎んじられることがある。ゆえに観察可能な行動だけを対象とする行動主義的な臨床心理学も,またクライエント中心でヒューマニスティックな心理学を確立したロジャーズRogers,C.R.も,精神分析を批判して出発している。
そのほか,フロイト自身がさまざまな事象に精神分析的関心を示し,専門家と一般読者に向け無意識の心理学の観点から分析的論評を続けたために,それに応じて,20世紀の精神分析は集団,社会,政治,宗教,文化,芸術,そして人間そのものの理解に貢献した。言語化を方法とする精神分析に対し,日本人は心の奥にあるものは曖昧に語ることを好むという批判があるが,「めったなことは言わないほうがいい」と人前で無口を好むとしても,日本人も安心できる面接室で信頼できる関係が生まれるなら多弁になることが多い。だからこそ,わが国では主に週1回の精神分析的精神療法を行なっており,古澤平作,土居健郎,小此木啓吾,前田重治ら,日本語,日本文化を重視する日本語臨床という視点も大きな成果を上げていると言える。 →アタッチメント理論 →意識 →葛藤 →コンプレックス →自我心理学 →精神分析療法 →対象関係論 →分析心理学 →防衛機制 →無意識 →欲動
〔北山 修〕
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精神分析【せいしんぶんせき】
フロイトが神経症の治療法として創始した精神療法(精神分析療法)と,その理論から発展した彼の深層心理学の体系,およびその系統を引く学説と学派の称。英語でpsychoanalysisなど。フロイトは心的過程を,意識,意志的に意識化し得る前意識,精神分析による以外は意識化し得ない無意識に分かち,神経症研究に際して,抑圧され無意識に押し込められてコンプレクスの基になった幼児の性的体験を重視,心的装置としてイド(エス),自我,超自我を措定して,人間の異常行動は,無意識に属しているイドと,それが放出されるのをおさえようとする自我および超自我の葛藤(かっとう)の表れだと指摘した。そして自我の防衛を目的とする心的機制として昇華,投射,転移,退行などをあげた。無意識化されたものの意識化を目的としたものが精神分析療法で,その技術・理論はフロイト以後も新フロイト派などとして各国で発展している。精神分析は,精神身体医学やL.ビンスワンガーらの現存在分析などに影響を及ぼしたほか,近代的理性中心主義の幻想性を暴露する理論として文学・芸術,社会学,教育学,文化人類学などにも強力な批評の装置として浸透している。現代思想総体にかかわる精神分析の知的展開のなかではJ.ラカンのそれが最も重要。
→関連項目アミタール面接|異常心理学|エディプス・コンプレクス|エレクトラ・コンプレクス|観念連合|象徴|深層心理学|心理学|精神分析療法|ダリ|土居健郎|ニール|フラストレーション
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せいしんぶんせき【精神分析 psychoanalysis】
精神分析とは,創始者であるS.フロイト自身の定義に従うと,(1)これまでの他の方法ではほとんど接近不可能な心的過程を探究するための一つの方法,(2)この方法に基づいた神経症の治療方法,(3)このような方法によって得られ,しだいに積み重ねられて一つの新しい学問的方向にまで成長してゆく一連の心理学的知見,である。ここでフロイトの述べている方法とは,主として自由連想法である。この自由連想法は,定義の(1)(2)にみられるように治療法であると同時に人間心理の一探究法でもある。
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精神分析
せいしんぶんせき
psychoanalysis
創始者のオーストリアの精神科医,S.フロイト (1856~1939) は「抑圧された心的なものを意識化する仕事」と定義した。言葉,行動,空想,夢,精神的あるいは身体的症状などの無意識的意味を理解して,これを意識化するように働きかける精神療法と,その療法によって得た経験に基づく精神病理学的理論を合せて精神分析と呼ぶ。その発展は,フロイトが中心であった 1940年代以前と,多くの精神分析家が世界各国に散らばってそれぞれ独自に活躍するようになった 40年代以後とに分けられる。
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精神分析
言語,行動,空想,夢などの無意識的意味を理解する方法と,それを基盤に精神病者の治療を行う精神科学療法をまとめていう.
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世界大百科事典内の精神分析の言及
【エミー・フォン・N】より
…その後彼女は,何人もの医師に催眠療法を受けたが,いつも軽快の後に医師に反感を抱いて再発するパターンを反復した。この経験を通してフロイトは,催眠療法の効果が医師との感情関係により左右される事実についての認識を深め,これが精神分析の新たな方法を樹立するための重要な基礎となった。【馬場 謙一】。…
【エリーザベト・フォン・R】より
…さらにまた,〈頭に浮かんだままに話させる〉自由連想法を発見する契機となった症例としても忘れえない。この自由連想法こそ,無意識の世界の探求を可能にしたものであり,患者が自分の理性によって無意識を洞察するこの方法によって,はじめて精神分析が誕生したといえる。【馬場 謙一】。…
【心理学】より
… 以上述べてきたさまざまな心理学のほかに了解心理学の流れがある。了解心理学はW.ディルタイにはじまるが,了解を直接経験の直観的把握にとどめず,精神構造の理論に裏打ちさせたのがS.フロイトの精神分析である。彼の理論は,神経症者の心を扱わなければならない開業医としての必要性からつくられた理論で,アカデミックな心理学とは無関係であるが,一つの心理学理論として見れば,はじめは自我本能と性本能,のちには〈生の本能〉と〈死の本能〉の二つの基本的本能の表れとして精神現象を説明する本能論心理学である。…
【精神療法】より
…一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。不安および不適応行動の成立についての科学的理論とそれに基づく技法がないと精神療法とはいえないが,宗教による〈癒し〉のみならず,日常生活の中の人間関係の支援にも共通するメカニズムを見いだすことはできる。…
※「精神分析」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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