〈経済法Wirtschaftsrecht〉という用語は,第1次大戦ごろからドイツで使用されるようになったものであるが,当時は,〈経済統制法〉ないし〈統制経済法〉を意味していた。第1次大戦中,物価統制,配給統制など,私企業の活動に対して政府が統制を加える目的から,多くの統制法規が制定され,これらにより国民経済の重要部分が国の統制に服することとなったが,これらの経済統制法規を総称して〈経済法〉と呼んだのである。ところが,これらの経済統制法規のあるものは,大戦終了後もなお存続した。これは,資本主義の高度化に伴い,いわゆる〈見えざる手〉(経済の自動調整力)が衰退し,国民経済の均衡維持のためには,国家の関与が必要となったことを示すものであった。したがって,この経済への国家の関与の法としての経済法は,ある程度恒常的な形で存続することになり,また,名称は異なっても,先進資本主義各国において出現することとなった(たとえば,アメリカのニューディール立法)。
日本でも第2次大戦前より経済法なる語が用いられるようになったが,これは昭和初期の恐慌を経て戦時経済へ移行していく過程に伴って出現した一群の経済統制法規(たとえば,重要産業統制法,国家総動員法など)を指すものであった。このようにして,経済法なる語はしだいに日本でも定着するようになったが,戦前および戦中においては,それは主として経済統制法規を意味するものであった。第2次大戦後,日本は占領下におかれ,この期間にアメリカの強い影響下に,経済民主化政策が行われ,日本経済を自由主義に基づいて再建することとなった。その基本法として独占禁止法が制定されたが,それ以来,日本の経済法の中心は独占禁止法にあるとされるようになった。
このように,経済法の概念は,第1次大戦ごろに形成されて以来,その内容は時代によって若干移り変わってきているが,その中心となる核としては,国家の経済ないし企業活動への経済政策的関与ないし介入をあげることができる。法律的な表現をもってするならば,それは,従来の私的自治を基本とする市民法に対して,国家の経済政策上の関与を実現するための一群の経済政策法が出現し,これらの一群の経済政策法を総合して,経済法と呼ぶということができよう。
経済法の本質論については,戦前のドイツにおいて多くの論義がなされたが,これらはいずれも抽象的観念的な議論であり,あまり深く論及する必要がないと思われる。むしろ,重要なのは,現在先進資本主義国においては,経済政策ないし産業政策が存在し,これを実現するための各種の法的手段が用意されているということである。この意味からいえば,経済法という概念は,憲法,刑法,民法のように〈法典〉を中心とした概念ではなく,むしろ〈政策〉を中心とした概念である。
以上から当然に,経済法のあり方は,国によって異なっている。それは,国の歴史,国土,伝統,なかんずく経済体制のあり方により影響されるところが大であり,土着性が強いものといえる。そこで,経済法について検討する場合には,以上の点を考慮して,その国に即した検討が行われなければならない。
現在の日本の経済体制は,自由主義経済であり,かつ市場経済であるといわれている。しかし,現実には国家による経済活動,企業活動への介入もかなり行われており,むしろ混合経済体制といったほうが実態に近いであろう。この場合の混合経済というのは,市場原理と国家の政策的介入の混合ということであり,換言すれば企業活動に関しては競争原理と統制原理が並存ないし混在しているといってもよい。さらに別の表現をもってするならば,日本の経済体制は,できるだけ自由主義と市場原理に忠実でありつつも,市場の失敗,国際的緊張への対処,中小企業保護,不況産業の救済,そのほかさまざまな理由から,市場原理だけでは律しきれない事態もかなりあり,その結果,そこには,(1)市場原理(競争原理,自由主義)および(2)統制原理(国の経済ないし企業規制)という二つの原理が並存し,さらに,この両者の中間型態に属すると思われるいろいろな亜種が存在しているということである。
これらの錯綜した諸原理を体現する経済法規もまた多種多様なものとなるのは自然の勢いであるが,これらを便宜上三つのカテゴリーに分類して,検討しよう。その第1は,競争法(独占禁止法)であり,第2は,カルテル法であり,第3は,経済統制法である。このほかにも,第2と第3の中間型態と思われるものもあり,単純に一つのカテゴリーのなかに組み入れることが適切ではないものもある。
これは独占禁止法(独禁法)体系である。同法は1947年に制定されたが,市場原理,競争原理を支える基本法として,重要な役割を果たしている。同法は,企業間の公正で自由な競争を維持することにより,国民経済の民主的で健全な発展に資することを目的とするものである。独禁法においては,私的独占,〈不当な取引制限〉,および〈不公正な取引方法〉を禁止している。このほか,独占的状態の規制,株式保有・合併の規制も行われており(持株会社全面禁止規制は1997年改正で大幅緩和),さらに,同調的値上げの報告命令などもある。これらの各々についての詳述はさけるが,いずれも企業間競争の維持をその目的としており,それをつうじて,できるだけ市場原理を生かし,資源の最適配分に資することがその目的となっている。
独禁法と並んで,カルテルを許容する法律がいくつもある。これらは,競争制限を許容するのみならず,さらにそれを目的とするものであるので,独禁法のよって立つ市場原理,競争原理とは矛盾するものである。しかし,種々の政策的必要に基づいてこれらの法律は制定されており,独禁法との衝突を避けるため,適用除外規定がおかれているのが特色である。
これらの法律はかなりの数にのぼるが,大分類をすると,(1)不況カルテル(独禁法24条の3に基づく不況カルテル),(2)合理化カルテル(独禁法24条の4),(3)輸出カルテル及び輸入カルテル(輸出入取引法),(4)中小企業関係カルテル(中小企業団体法,中小企業等協同組合法,環境衛生法,独禁法24条など),(5)運輸カルテル(海上運送法,道路運送法,航空法など),(6)保険カルテル(損害保険料率算出団体法,保険業法)などをあげることができる。以上によりカルテルを許容する法律のすべてがつくされたわけではないが,重要なものを列挙すると上のようになる。
これらの法律の特色は,それらがたんにカルテル(競争制限)を許容するにとどまらず,時としてはこれを政策的手段として活用することが企図されているということである。たとえば,輸出入取引法に基づく輸出カルテル,中小企業団体法による中小企業カルテルの場合には,員外者(アウトサイダー)に対して政府が規制命令を発動できることになっているが,これは,これらの法律においてカルテルが政府の通商政策ないし中小企業政策実現の手段と考えられていることを示すものにほかならない。さらに,これらのカルテルに関連して,政府の行政指導が行われることも多く,行政指導によってこれらのカルテルを結成させて,それにより一定の政策的目的を実現しようとするのである。
ここにいう経済統制法とは,政府が企業活動に直接的な規制を及ぼすことにより,競争を制限し,それによりある政策的目的を実現しようとするものである。ここには,事業免許制,各種の認可制,許可制などを定めた法律が含まれるが,そのなかから国民生活の安全や衛生管理の確保を目的とする警察許可はこれを除き,主として経済的目的を実現するための法手段をいわゆる経済統制法と考えるべきであろう。これらは非常に多いので全部を網羅することはできないが,若干例示的にあげるならば,大規模小売店舗法(略称。スーパーマーケットの進出規制),分野調整法(略称。大企業の中小企業分野への進出規制),外国為替及び外国貿易法(外国為替,直接投資,外国貿易の規制)などをあげることができる。これらの特色は,政府の直接的介入を定め,カルテル法のように,私企業の共同行為を政策的目的に活用するという立法政策をとっていないことである。
日本の経済法の特色は,規制手段が多様であることである。すでにみたように,政府の直接的介入,私企業のカルテルの活用などがあるが,これらのほかに,行政指導が盛んに行われている。また,法律によっては,勧告権という形で行政指導を成文化しているものもある(石油業法,海上運送法など)。しかし,これらの法律に盛り込まれた規定は実際には活用されていないことが多い。
さらに,日本では,経済法と密接な関連をもって産業政策が実施されている。産業政策は,幼稚産業保護,衰退産業転換,中小企業保護,その他広範囲にわたるものであり,そのあるものは法的手段により実施され,他のものは行政指導によって実施され,さらに,助成金,減免税措置などにより,実施されることもある。
→アンチ・トラスト法 →寡占規制 →カルテル法 →独占禁止法
執筆者:松下 満雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
国民経済の安定と発展を図るため、国家が国民経済に干渉することを目的とした法律の総称であり、日本において経済法という名称の法律が存在するのではない。経済法は講学上の呼称であり、実質的に経済法を代表する独占禁止法をいいかえて用いられることも多く、とくに書名や大学等の講義名の場合にはその傾向が強いので注意が必要である。
本来、資本主義社会においては、アダム・スミスの思想である「見えざる手」に象徴されるような市場の自動調節作用が機能し、商品価格や生産量は市場における需要と供給のバランスにより決定されると考えられていた。このような資本主義の機能が有効に作用すれば、国家は民法、商法などの私人間における紛争解決ルールの整備と刑法などを通じた治安維持を行えばよいことになる。すなわち、国家の役割は最小限の治安と国防にとどめ、国民の経済活動には介入しないことをよしとする、「夜警国家」である。
ところが、アメリカにおいては、資本主義の急速な発展に伴い市場を独占する企業が誕生し、自動調節作用は万能でないことが証明された(市場の失敗)。そのため、企業による市場の独占、カルテルを禁止し公正な競争を確保する政策の必要性が認識され、1890年シャーマン法(反トラスト法)の制定に至った。一方で、ドイツや日本では第二次世界大戦期において軍事産業に国民経済を集中させる目的から、戦時経済統制政策としてさまざまな法律が制定された(重要産業統制法、国家総動員法など)。各国の政策の背景と目的は異なるが、いずれにせよ国家が国民経済に直接干渉するには法律的根拠が必要であり、このような法律を経済法と総称していた。
日本においては、第二次世界大戦後にGHQ(連合国最高司令官総司令部)の指導の下、戦時経済を統制する目的の法律は廃止され、反トラスト法を手本として、市場の独占、カルテル、不公正な取引方法を禁じ、企業間の公正な競争を確保することを目的とした独占禁止法(1947)が制定された。しかし、競争秩序を維持する法律だけでは戦後の疲弊した経済の復興や、構造不況からの脱却は困難と考えられ、産業界を保護、育成するための経済政策の根拠となる経済法(輸出入取引法、産業構造転換円滑化臨時措置法、中小企業金融円滑化法など)も多く制定されている。また、ガット(GATT=関税および貿易に関する一般協定)やそれを引き継いだWTO(世界貿易機関)などの国際ルールを反映して制定された各種の国内通商法(関税法、関税定率法など)や、消費者保護を目的とした諸法も経済法に属する法律と考えられ、経済法の範囲は非常に広くとらえられるようになる。
近時では、日米構造協議(1989)を発端として、日本の企業間における流通・取引慣行に対する批判が高まり、独占禁止法の役割が再認識され規定・運用が強化されている。また、従来は公益事業として独占が認められていた電気、電気通信分野などにも規制緩和政策により競争原理が導入され、発電、売電の自由化に伴う既存電力会社のネットワークの解放や、電気通信分野の競争促進を目的として、日本電信電話株式会社(NTT)などの既存会社が保有している回線への接続を確保する各事業法(電気事業法、電気通信事業法など)が整備されるなど、新たな政策も推進されており、競争秩序の維持、促進の役割を担う経済法への期待が高まっているといえよう。
[金津 謙]
『松下満雄著『経済法概説』第2版(1995・東京大学出版会)』▽『正田彬著『経済法講義』(1999・日本評論社)』▽『日本経済法学会編『経済法講座1 経済法の理論と展開』(2002・三省堂)』▽『谷原修身著『新版 独占禁止法要論』第2版(2010・中央経済社)』▽『根岸哲・杉浦市郎編『経済法』第5版(2010・法律文化社)』
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