翻訳|retina
眼球壁を構成する膜の一つで,最内層の部分。眼底から毛様体,虹彩の裏面までをおおう。毛様体,虹彩の裏面の部分を網膜盲部,脈絡膜部分を視部という。しかし,眼科学では単に網膜といえば,光を受けて視力を得る視部を指す。盲部と視部の境界はのこぎり状である。網膜は外側より,(1)色素上皮層,(2)視細胞層,(3)外境界膜,(4)外顆粒層,(5)外網状層,(6)内顆粒層,(7)内網状層,(8)神経節細胞層,(9)神経繊維層,(10)内境界膜,の10層で構成される。色素上皮層は脈絡膜との境界となるブルッフ膜をはさんで脈絡毛細管板に接しており,視細胞の機能・代謝に関係する。視細胞には錐状体と杆状体があり,前者は黄斑部に分布し色覚と形態(いわゆる視力)をつかさどり,後者は黄斑部以外に分布し被写体の動きや明暗の差の感覚をつかさどる。これより内層は神経細胞・神経突起および支持組織の集合であり,伝達された視覚刺激は最終的に神経繊維層から視神経となって脳へ送られる。眼球と視神経の接続点が視神経乳頭である。なお網膜内の血管はほぼ神経繊維層内を走行し,乳頭で眼外と交通している。網膜内の血管は網膜の内側2/3層を栄養するほか,ほぼ全層の代謝産物の排出経路となると考えられている。
網膜の病気には網膜色素変性をはじめ,以下に述べるいくつかの病気がある。
夜盲と進行する視野狭窄を自覚症状とし,色素沈着,血管狭細化,視神経萎縮を典型的眼底所見とする遺伝性疾患。多くが常染色体劣性遺伝形式をとり,年少時に発症し,比較的早く進行すること,白内障が高率に出現すること,黄斑萎縮などが特徴である。常染色体優性遺伝形式をとるものでは,発症年齢が遅く,視機能もかなりよく保たれる。この疾患では視細胞とくに杆状体の崩壊と色素上皮細胞の変性・増殖がみられる。したがって網膜電図および暗順応の検査では高度の障害がみられる。これらの検査はとくに病期のごく初期の検査として有用である。現時点ではとくに有効とされる治療法はない。遺伝的要素があることから近親婚を避けるというような遺伝相談に目を向けるべき疾患である。網膜色素変性のほか,難聴,知能発達障害,体格矮小などの全身合併症を伴う先天異常の症候群も多く知られている。なお,各種の感染(風疹,麻疹)あるいは薬物中毒(クロロキン),外傷などが原因となって,二次的に発症することもある。
眼底検査で,黄斑あるいは後極部に限って病変が現れるものでも,各種の検査では眼底全体にわたる病変が考えられるものもあり,網膜-脈絡膜ジストロフィーともいう。多くは原発性であり,遺伝的要因のあることが明らかになっている。網膜色素変性もこのなかに含まれる。病理組織学的ないし電気生理学的検討により原発部位を,(1)網膜とくに感覚網膜内あるいは視細胞層,(2)色素上皮層,などに分類すると理解しやすい。(1)では若年性網膜分離症,(2)ではスタルガルト病が有名。
このほかの黄斑変性で重要なものに強度近視,老人性変化によるものがある。前者では眼球のとくに後極部が伸展した結果,後者では老化によって,組織の希薄化,変性が起こるもので,ときに断裂,網膜下出血などがみられる。これらの状態では視力は著しく障害される。とくに網膜下出血のくり返されるものは基礎病変として脈絡膜新生血管の存在が確かめられており,これを近視ではフックス斑,老人性のものは円盤状黄斑変性という。
網膜の動静脈に異常があり,血管の拡張,増殖,血管瘤形成あるいは動静脈吻合(ふんごう)などを起こす先天性病変。滲出性変化(網膜浮腫,網膜剝離(はくり))により失明に至る危険が高い。幼年期から壮年期にわたり,どの年代にも発症するが,その萌芽は出生直後から存在していると考えられる。幼年期発症のものはコーツ病という。発見されたときは手遅れという例が多い。全身性母斑症にも合併する。
網膜の病変をいう。多くの網膜疾患は,(1)出血を含む循環障害,(2)変性萎縮,(3)支持組織の増殖,という病理像の組合せで説明される。かつて網膜炎と呼ばれた大部分が,診断法の進歩により炎症とは違う病態が解明されたことにより,この名が用いられるようになった。レチノパチーRetinopathieの名で呼ばれる狭義の網膜炎は現在ぶどう膜炎の一部として理解されている。
かつては腎性網膜炎とよばれたもので,成人以降に失明に至る疾患として重要であり,急激に増加していることも事実である。糖尿病の罹病期間の長さが網膜症発生の決め手とされる。網膜症は血管の異常が基本病変である。したがって毛細血管瘤形成,出血,網膜浮腫,毛細血管閉塞などが進行時期に応じ,さまざまな程度にみられる。これらの変化に加えて網膜組織が支持組織に徐々に置換されていく病理変化が本態である。網膜症がある状態に進行すると網膜表面あるいは硝子体腔へ血管が増殖することがある。これが新生血管で増殖性網膜症という。新生血管は同時に繊維組織を伴い硝子体膜と接続される。この結果,大量の硝子体出血あるいは牽引性網膜剝離あるいは続発緑内障へと進行し,失明につながる原因となる。本症の根本的な治療法はない。現時点で最良の手段として光凝固が行われている。これにより網膜浮腫を軽減させ,増殖性変化を阻止しうるものとされている。この治療法によって多くの患者が救われているのは事実だが,真の意味での有効性および手技については慎重な検討を要する。光凝固法が不可能になった末期のものでは硝子体切除手術が行われる。
網膜内で色素上皮層と視細胞層の間で分離した状態。多くは網膜内層に変性などが原因で裂孔を生じ,硝子体液が網膜下(視細胞層の下,色素上皮層の上)へ入り剝離を起こす。剝離が起こると剝離部に一致して視野欠損が起こる。いったん発症すると放っておけば,ほとんどが進行し失明に至る。早期に手術する必要がある。一方,増殖性網膜症やある種のぶどう膜炎で剝離を起こすことがある。これらは続発性網膜剝離といい,原疾患の治療により治癒するものもある。
赤道部および周辺部網膜は変性を起こしやすく,とくに硝子体との病的癒着を伴うことが多い。これを赤道部変性という。この状態で硝子体の生理的収縮が起こると癒着部網膜が引かれ裂孔ができる。これが網膜裂孔である。収縮した硝子体あるいは裂孔形成時の微小出血により突然,飛蚊(ひぶん)症が起こる。また牽引による網膜の変形から光視症(メボタルなどということもある)を訴えることもある。裂孔はときに停止していることもあるが,多くは網膜剝離へと進行する。したがって早期に治療すれば剝離発症を防止できる意味がある。現在,裂孔ないし円孔には網膜と脈絡膜との接着を強めるために光凝固または冷凍凝固法が行われている。また赤道部変性に対しては,将来の危険性の点から予防的手術が勧められている。
→眼底 →硝子体 →葡萄(ぶどう)膜 →眼
執筆者:小林 義治
網膜の起源は下等無脊椎動物の平眼を形づくる視細胞の小集団で,系統発生につれて視細胞層,感光層への分化,色素層の発達が起こったと考えられる。しかし網膜上に結像が生じるのは穴眼以上である。そこで,ここでは脊椎動物の網膜の発生について解説する。脊椎動物の網膜は眼杯の内側層から形成される。眼杯の外側層は色素上皮となり,内側層の細胞は層の深部でDNA合成をした後視室に面した部位に移動して,細胞分裂を行い2個の娘細胞となる。こののち娘細胞は深層に戻りDNA合成を行う。このような細胞増殖に伴う細胞の移動をエレベーター運動と呼び,眼杯の内側層はしだいに厚くなる。エレベーター運動による細胞増殖様式は中枢神経系の特徴であり,網膜が中枢神経系の一部であることを示している。
発生の進行に伴って細胞増殖が不可逆的に停止し網膜細胞の分化が起こる。すべての脊椎動物で最初に分化する網膜細胞は神経節細胞である。神経節細胞は網膜の内側部に位置し,この細胞の軸索は網膜の最内側面を通過したのち視神経乳頭部で眼球から離れ視神経となって中枢に伸び出していく。動物の種類により網膜細胞の分化の順序は多少差があるが,神経節細胞よりやや遅れて無軸索細胞,水平細胞,視細胞が分化し,つづいて双極細胞が分化してくる。網膜細胞の分化は眼球の後極部から始まり,時とともに辺縁に波及していく。すべての細胞が増殖をやめて網膜細胞に分化すると網膜の成長は停止する。キンギョの網膜の辺縁部には増殖能をもつ未分化細胞がつねに存在し,その内側につぎつぎと網膜細胞を付け加えるため生涯網膜の成長が続く。ヒトでは発生26日ころに眼胞が,28日ころに眼杯が出現し,発生7週で神経節細胞の分化が開始する。視細胞は発生12週ころに形成され,発生15週では錐状体細胞と杆状体細胞の区別が明確になる。この時期の視細胞は色素上皮側に向けて内節と呼ばれる細胞質突起を形成し,その先端には繊毛が認められる。発生の進行とともに,繊毛の形質膜が陥入して折りたたまれ,層板状に何層にも重なった外節が形成される。外節の形質膜中に光受容物質が組み込まれている。ヒトの網膜では発生36週ころに外節が形成される。ニワトリでは孵卵(ふらん)18日ころに外節の分化が完了しており,羽化時(孵卵21日)には視機能が十分に発達している。マウスやラットでは出生後11日ころに外節の分化が完了する。視細胞の分布と形態は脊椎動物の種により異なっている。ヒトでは網膜の後方部に比較的多くの錐状体細胞が分布し,とくに,黄斑の中心窩(か)では錐状体細胞のみが分布する。網膜の辺縁部には杆状体細胞が多い。ラットなど夜行性の動物の網膜は杆状体細胞のみからなるが,両生類,爬虫類,鳥類の錐状体細胞の内節には油滴をもっているものがある。油滴は無色のものから,赤色,橙色,緑色に着色されたものもあり,着色している油滴は色フィルターの役割をしている。異なった色の油滴をもつ視細胞は,それぞれ特定の波長の光に対して感受性が高い。
執筆者:藤沢 肇
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
眼球壁のもっとも内側の膜で、人間の目をカメラに例えたとき、フィルム(感光膜)に相当するものが網膜である。すなわち、角膜を通り瞳孔(どうこう)(ひとみ)を通過して水晶体と硝子体(しょうしたい)を通った光線は、網膜へ像を結ぶことによって見る対象の知覚が始まる。しかし、網膜はフィルムとは比較にならないほど精巧な構造と働きをもった感光膜であり、視細胞のほか、双極細胞、神経節細胞などの神経細胞が複雑に絡み合ってできている。
網膜は場所によって厚さが違うが、平均すると約0.2ミリメートルの厚さをもった透明な膜である。実際に感光膜としての働きの中心になる感覚細胞、すなわち光を感ずる視細胞は、光の進行からみると膜のいちばん奥に位置している。網膜の感光度は周囲の明るさに応じて変化し、暗いところでは感度が上がり、明るいところでは感度が下がる。この点ではフィルムよりもテレビカメラの撮像管に似ている。しかし、撮像管は明暗に応じて感度を切り替える必要があるが、網膜の感度は無段階に自動的に変化するので、撮像管よりさらに精巧である。また、網膜のこの感光度の変化の幅をフィルムの感度と比較してみると、明るいところでISO(イソ)50ぐらいのフィルムとして働いているが、夕方の薄暗いところではISO400ぐらい、真っ暗なところで感度がもっとも上がるとISO5000のフィルムに相当するようになる。さらに網膜がフィルムと違う点は、網膜が部位によって解像力を異にするということである。すなわち、網膜の中心の黄斑(おうはん)では解像力が非常に鋭く、中心を離れると解像力が急速に落ちていく。1.2とか1.5という視力は、この中心部の解像力である。
前述の視細胞には錐体(すいたい)と桿体(かんたい)との2種類があり、鋭い視力や色の感覚と関係があるのは錐体で、暗いところで感度が上がることと関係のあるのが桿体である。したがって、部位によって視力が違うのは、この錐体の分布密度と関係している。すなわち、視力のもっとも鋭い黄斑の中心部には錐体だけが存在し、ここから離れるにしたがって錐体の密度は低くなっていく。また、網膜にある錐体の数は約700万個、桿体の数は1億個以上である。これに対し、網膜で受け取られた情報を大脳へ伝える視神経の神経線維の数は約100万本である。したがって、網膜の中心部の錐体は一つの細胞と1本の神経線維が連絡しているが、中心から離れるにつれて数多くの視細胞が一つの働きのうえの単位をつくって1本の神経線維と連絡している。このことも、網膜の中心の解像力が優れていることと関係がある。
網膜に外界の像が写り視細胞が刺激されると、細胞から電気信号(パルス)が視神経へ送られる。網膜の像が写って視神経を通って大脳へ刺激が伝わる過程を、テレビカメラで像を撮ってビデオテープに記録する過程と比較すると、目からの情報の伝わり方がよくわかる。すなわち、視神経から先では情報が電気信号に変換されて運ばれるわけで、これはテレビカメラの撮像管に写った像が電気信号に変換されてビデオテープに記録される過程によく似ている。また、網膜の中でも神経細胞どうしの連絡があるので、これも視神経へ信号が送られる前に網膜の中で画像情報処理が行われているということができる。
網膜を検眼鏡で観察すると、網膜は透明なので、その奥にある網膜色素上皮層と脈絡膜との色調によって橙赤(とうせき)色に見える。さらに、透明な網膜の中を走る血管、網膜の中心部である黄斑、視神経の出口である視神経乳頭が認められる。
[松井瑞夫]
網膜にも種々な疾患が発生する。網膜血管病、網膜の炎症、網膜剥離(はくり)など網膜自体の疾患も多いが、高血圧や糖尿病などの全身疾患のときに網膜の血管を中心にいろいろな変化が現れる。
なお、かつて網膜の炎症性疾患を網膜炎と総称していたが、眼病理学の進歩とともに網膜炎を網膜症または網膜変性症、あるいは病因を示す疾患名に改められつつある。たとえば、糖尿病性網膜炎を糖尿病性網膜症(糖尿病網膜症)、色素性網膜炎を網膜色素変性症と改称したのも一例である。また、従来の網膜炎はぶどう膜炎の一部とみられるようになっている。
[松井瑞夫]
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出典 あなたの健康をサポート QUPiO(クピオ)生活習慣病用語辞典について 情報
…瞳孔を通して眼球内を見たときに見える部分。すなわち網膜および網膜血管,視神経乳頭,脈絡膜(ぶどう膜を構成する膜)を総合していう。これらの各組織は,機能的,解剖学的に密接な関係にあり,病的状態においても互いに影響しあうことが多いために,〈眼底〉として一括して扱うと理解しやすい。…
…光がくる方向に,またはその逆方向に定位して動物が動くことを光走性というが,光走性は原始的な光覚器をもつ動物から,発達した目をもつ動物までみられる一般的な視覚行動である。例えば,ミミズでは光走性は,皮膚光覚器により明暗を手がかりに行われるが,昆虫では,複眼により光源を網膜にとらえたり,左右の目に入る光の明るさが等しくなるように動いて光源に定位する。 発達した視覚器としては節足動物の複眼や脊椎動物と軟体動物頭足類のカメラ眼があげられる。…
…複眼は個眼が集まってできたもので,個眼の数は少ないもので100~300個,多いものでは3万個弱にもなる。 脊椎動物の目の網膜では,光の進行方向に対して,目のいちばん奥にある視細胞が最初に興奮し,興奮は網膜の表面に向かって,光の進行方向と逆向きに網膜内を伝わる。このような網膜を倒立網膜という。…
※「網膜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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