能の曲目。四番目物。宝生(ほうしょう)、金剛(こんごう)流現行曲。喜多(きた)流は土岐善麿(ときぜんまろ)の改作で、1952年(昭和27)に復曲。世阿弥(ぜあみ)の伝書にいう古作『綾の太鼓』が原作。老いらくの、しかもまったく身分違いの恋という大胆な設定である。同じテーマを世阿弥が書いた『恋重荷(こいのおもに)』に比べると、『綾鼓』は古代的な情念の荒々しさに貫かれている。臣下の者(ワキ)が出て、庭掃きの老人(前シテ)が女御(にょご)(ツレ)に恋していることを述べ、老人を呼び出して試練を与える。鼓の音が皇居に聞こえたら思いをかなえようという女御の伝言である。鳴るはずのない綾で張った鼓とは知らず、一縷(いちる)の望みに老人は挑戦し、絶望し、池に身を投げて死ぬ。女御に呪(のろ)いがかかる。白髪を振り乱した老人の悪霊(後シテ)は、女御を責めさいなみ、恨みのまま、また池に沈んでいく。土岐善麿の改作には近代的な解釈と処理がみられる。三島由紀夫はその『近代能楽集』にこの能を現代劇に翻案し、1956年(昭和31)武智(たけち)鉄二演出により、能と狂言の役者、新劇俳優の共演でみごとな成果を収めた。
[増田正造]
能の曲名。四番目物。原拠と思われる《綾太鼓(あやのたいこ)》は世阿弥以前の作。シテは庭掃きの老人。女御(にようご)(ツレ)の姿を見て恋におちいった老人(前ジテ)に,廷臣(ワキ)が女御の言葉を伝える。池辺の木に掛けた鼓を打ってその音が御殿に聞こえたら会ってやろうというのである。老人は懸命に打つが鼓は鳴らない(〈クセ〉)。綾を張った鼓だから当然なのだが,なぶられた老人は池に身を投げて恨み死する。たたりを恐れる廷臣の勧めで池辺に来た女御の前に,老人の怨霊(後ジテ)が髪振り乱したすさまじい形相で現れ,女御を責めさいなみ,恨みの声を残してまた池の中へ消えて行く(〈中ノリ地〉)。クセ,中ノリ地が中心。類曲《恋重荷(こいのおもに)》も《綾太鼓》の改作。
執筆者:横道 万里雄
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