生物が世代を重ねて新しい個体の数を増すことをいう。この語は生殖という語とほとんど同様に用いられるが、個体数の増加ということに重点が置かれ、また生殖に関する諸活動を含んだ、より広い意味に用いられることが多い。
[内堀雅行]
繁殖の方法は、二分裂、出芽あるいは胞子形成などによって増える無性生殖と、卵と精子が合体して(特殊な場合は卵だけで発生し、単為生殖という)新個体となる有性生殖とがある。卵と精子が合体して繁殖する場合、動物においては交尾、受精、妊娠、出産、産卵、育児など、植物においては受粉、結実、種子散布などの現象を伴う。そしてこれらの現象は多くの種類のホルモンによって非常に巧妙に統御されている。繁殖を行う時期(繁殖期)はほとんどの野生生物では1年のほぼ一定の時期に限られているが、これには日照時間、温度、降雨などの環境要因や、各種ホルモンが関与する。したがって、これらのことを応用して繁殖期を人為的に変化させることができる。なお、この時期には動物ではホルモンの作用により、卵巣や精巣の肥大のほか、しばしば特別な婚姻色、体臭、行動などの性徴が現れる。一方、飼育動物、たとえば実験室で飼育されているラットは一年中が繁殖期である。また、動物により一定の繁殖地をもつものがある。よく知られた例として、一定の場所に移動して繁殖する渡り鳥や、生まれ故郷の川に帰って産卵するサケなどがある。
[内堀雅行]
生殖そのものが人の管理下にある家畜や家禽(かきん)においては、繁殖とは、能力の高い個体を人為的に増殖することを意味し、生殖にかかわる生理学、形態学のみならず、遺伝・育種学、繁殖学に関するあらゆる畜産技術が包括される。雄の精巣で生産された精子は、交尾あるいは人工授精で雌の腟(ちつ)や子宮に入り、卵巣で生産された卵子と卵管で接合し、減数分裂の過程でおこる染色体の交差によって、親とは類似するが異なった遺伝子構成をもった受精卵という新生命体が誕生する。哺乳(ほにゅう)類家畜では、受精卵は子宮内に着床し、家畜ごとに一定した妊娠期間内に個体発生を完了する。分娩(ぶんべん)後、自活能力を獲得するまで泌乳と哺育を受けて成長する。このために、雄の生殖器官は精巣のほかに精漿(せいしょう)形成にかかわる副生殖腺(せん)と交尾器官からなるのに対して、雌ではそのほかに妊娠のための子宮と哺育のための乳腺をもっている。家禽の受精卵は、受精後約24時間で卵管を通過し、卵白、卵殻などを加え、いわゆる卵(たまご)となって総排出腔(こう)から放卵される。卵は孵卵(ふらん)器によって、ほとんどむだなく人工孵化され、初生雛(しょせいびな)となる。
家畜の生産性を向上させるための第一条件は繁殖率を高めることである。繁殖率の向上は、これまでの自然条件下で潜在的な繁殖機能を発揮させる方法では、外部環境などの制約を受けるため、あまり成果はあがらなかったが、人為的に繁殖機能を支配する方法が研究、開発されることによって、より確実に効果的に繁殖率を高めることが可能となってきた。これらの繁殖技術のうちでも、人工授精法の発達と普及は著しく、優良種畜・種禽の精液のそれぞれの動物種に適した凍結保存法が確立されている。とくに1952年に確立されたウシ精液の凍結技術はただちに日本にも導入、実用化され、わが国のウシの凍結精液による人工授精の普及率は93~99%に達している。競走馬は登録上、人工授精はできない。そのほか、新しい繁殖技術として、胚移植、体外受精、受精卵の移植と凍結保存、初期胚切断移植による一卵性双子の作出、核移植によるクローン家畜の作出、キメラ胚子の作出、雌の発情周期の同期化と季節外繁殖などが試みられている。さらに動物個体への優良遺伝子の導入技術を用いて家畜の遺伝的改良を行う研究が進められている。
[西田恂子]
生物が後継ぎを残して種族を維持すること。日本語でも英語でも〈生殖reproduction〉や〈増殖multiplication(またはproliferation,propagation)〉との区別があいまいで,しばしば混用されるが,概念上の整理が必要であろう。種族が維持されるためには,一つの世代が次の世代を,次の世代はさらに次の世代を生じなければならない。これは二つの内容を意味する。一つは,残される後継ぎは成体にまで育ったものでなければならないということである。産みおとされた卵や落ちた種子は,その状態では次の世代を生ずることはできない。生殖器官が成熟しなければ後継ぎとしての資格を備えたことにならない。生殖というのは,新しい個体を生ずることであるから繁殖の一部ではあるが,繁殖と同義ではない。もう一つは,後継ぎを残すのは個体ではなくて,世代つまり多くの個体の集合であるということである。個体が後継ぎを残すのと世代が後継ぎを残すのとは同じことではない。
一方,生殖によって新個体が生ずる際には,親世代よりも個体数が増えるということがある。だがそのことは,成体になった次世代個体数が増えるというのと同じことではない。オタマジャクシの個体数は親世代のカエルよりもいつでも多い。しかし,次世代のカエルの個体数が親世代より多くなるかどうかは,それとは違ったことである。また,繁殖は種族の維持なのだから,次世代の成体の個体数は,ゼロにならない限りは増えても減ってもかまわない。種族の維持は個体数の維持ではない(ただし個体数を維持するようにすれば,絶滅の危険性は小さくなる)。したがって,繁殖した結果増殖してしまうことはあるとしても,〈繁殖〉には次世代の成体の個体数が増えるという意味は含まれないはずで,その点で〈繁殖〉と〈増殖〉を区別することができる。
上記からわかるように,繁殖には生殖(新個体の形成)にかかわる側面と,新個体が成熟して後継ぎになるという側面とがある。そこには,生理的,行動的,生態的な多くの問題があるが,ここでは主として生態的な観点から見てみよう。
生殖には無性生殖と有性生殖の二つの様式があるが,生態的にさまざまな問題をかかえているのは有性生殖である。そこでは配偶子細胞の合体(受精)によって新個体が形成されるから,二つの配偶子をどうやって接触させるかが大きな問題である。自家受精と単為生殖の場合を別にすれば,雌雄の成熟個体が場所的に近くにいなければならないし,両者が配偶子をほぼ同時刻に放出しなければならない。それをどのような方策によって可能にするかは,生物によってさまざまである。その方策は固着性生物と自由生活性生物とでは異ならざるをえない。これは,水中では植物でも動物でも本質的な違いはないが,運動性動物では独自の方策,すなわち体外受精という方策をとるものが多い。しかし,体外受精をするためには,同種の異性成熟個体の発見と確認,交尾に際して闘争行動や摂食行動の発現をおさえねばならないことといった問題があり,それをどのような方策によって解決するかは動物によってさまざまである。
陸上では,植物は固着性であり動物は運動性であるから,この問題の解決法ははっきり二つに分かれる。植物では隠花植物を別にすれば,小配偶子(花粉)を大配偶子(卵細胞)のところにどうやって到達させるかが問題であって,さまざまな方策がとられることになっている。動物では体内受精が必須であり,それにかかわる行動がひじょうに多様である。
新個体(有性生殖の場合には受精卵)が成熟して後継ぎになるまでの生態的な問題は,植物と動物とでは(とくに陸上では)かなり異なった表れ方をしているのだが,基本的には同一と見ることができる(ただし,個体とは何かというやっかいな問題がある)。ここでの基本は絶滅してはならないということである。成熟するまでにどれだけ死んでしまうかはわからないから,受精卵の数は多いほどよい。しかし,数を多くすると一つ一つの卵はどうしても小さくなり,幼期死亡率は高くなる。そのために成熟前に全部死んでしまうようなことになっては元も子もない。だが,卵(種子植物では種子)に多くの養分を与えて死亡率を下げようとすれば,その数はどうしても少なくなる。この矛盾を妥協によって解決している生物は多いが,どのあたりで妥協するかは生息環境や生活様式によってさまざまである。動物の場合にはまた別の解決法があって,親が卵や幼体を保護したり,それに給餌したりする。これにもひじょうにさまざまな方法があり,食物上に産卵したり,親が卵をもち歩いたりするものから,社会性昆虫や鳥のように巣をつくって産卵し子に給餌するもの,哺乳類のように胎生,哺乳,保護給餌と複雑な方法をとるものまである。そして最も長い場合には,成熟するまで親の保護下におく。さらに別の解決法は,親世代がなん回かに分けて後継ぎを残すもので,個体から見れば一生になん回も繁殖する方法である。そうすれば1回ごとの死亡率を下げて総卵数は減らさないということも可能になる。これらの方法はさまざまに組み合わせて行うことができるが,一方では生息環境や生活様式と,一方では体制や寿命と関連があって,生物の多様な繁殖様式を生みだすことにつながっている。
→生殖
執筆者:浦本 昌紀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…生物が自分と同じもしくは共通する遺伝子組成をもつ個体を新たにつくること。繁殖という語は家畜学などの分野で,また増殖という語は水産学の分野で,ほぼ同じ意味に使われている。
[植物の生殖]
植物の生殖は,体の一部または無性の生殖細胞である胞子から新しい個体ができる無性生殖と,性的に異なる2種の配偶子が合体する有性生殖の二つに大別される。…
※「繁殖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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