罷る(読み)マカル

デジタル大辞泉 「罷る」の意味・読み・例文・類語

まか・る【罷る】

[動ラ四]《「ま(任)く」に対し、支配者の命によって行動するのが原義
命じられて、都から地方へ行く。
「我が背子しけだし―・らば白たへの袖を振らさね見つつしのはむ」〈・三七二五〉
お許しをいただいて、貴人のもとから、退去する。
「さて我は最早もはや―・るべきが、いずくよりか出ずべき」〈鴎外訳・即興詩人
「憶良らは今は―・らむ」〈・三三七〉
《去ってあの世へ行く意から》「死ぬ」の謙譲語。みまかる。
「―・るにおよんでいき絶ゆる際」〈神代紀・上〉
(平安時代以降、勅撰集などの詞書や改まった気持ちの会話・消息に用いる)主として話し手側の「行く」の意を、聞き手に対してかしこまり丁重に言う。まいります。⇔もう
「人のもとに―・れりける夜」〈古今・秋上・詞書〉
「久しく(女ノモトヘ)―・らざりしころ」〈帚木
他の動詞の上に付いて複合語をつくる。
㋐《お許しを得て行動する気持ちから》謙譲・丁重の意を表す。「―・り越す」「―・り出る」
㋑《御免をこうむって勝手にやらせてもらう気持ちから》その動詞の表す動作・作用を強める意を表す。「―・り通る」「―・り間違う」
[類語](3死ぬ亡くなる死する没する果てる眠るめいするたおれる事切れる身罷みまか先立つ旅立つ死去する死亡する死没する物故する絶命する絶息する永眠する瞑目めいもくする逝去せいきょする長逝ちょうせいする永逝えいせいする他界する昇天する往生おうじょうする落命する急逝きゅうせいする急死する頓死とんしする横死する憤死する夭折ようせつする夭逝ようせいする息を引き取る冷たくなるえなくなる世を去る帰らぬ人となる不帰の客となる死出の旅に出る亡き数に入る鬼籍に入る幽明さかいことにする黄泉こうせんの客となる命を落とす人死に物化くたばる絶え入る消え入るはかなくなる絶え果てる空しくなる仏になる朽ち果てる失命夭死臨終ぽっくりころり突然死即死

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「罷る」の意味・読み・例文・類語

まか・る【罷】

  1. 〘 自動詞 ラ行四段活用 〙 ( 動詞「まく(任)」に対する自動詞で、上位者の命によって行く、あるいは、支配者の許しを得て行動するというのが原義か )
  2. [ 一 ]
    1. 上位者の命によって、また、その許しを得て行動する。その動作を命じ許す主体や、その存在する場所を敬って用いる謙譲語。
      1. (イ) 官に任ぜられたりなどして地方へ赴く。また、都から、地方へ下る、もどる。
        1. [初出の実例]「勅旨(おほみこと) 戴き持ちて 唐の 遠き境に 遣はされ 麻加利(マカリ)いませ」(出典万葉集(8C後)五・八九四)
      2. (ロ) 貴人のそば・貴所から退出・退去する。
        1. [初出の実例]「憶良らは今は罷(まから)む子泣くらむそれその母も我を待つらむそ」(出典:万葉集(8C後)三・三三七)
      3. (ハ) 特に、おそばを去って、あの世へ行く。死ぬ。
        1. [初出の実例]「唯(ただ)し妾死(マカル)と雖(いふとも)、敢て天皇の恩(みうつくしび)を勿忘(わすれじ)」(出典:日本書紀(720)垂仁五年一〇月(北野本訓))
    2. ( 命令者に対する敬意が聞き手に移り、「あなたさまのお許しのもとに行動します」というような気持から、自己側の動作を聞き手に対しへりくだるように変化したもの。中古以降の用法 ) 主として、かしこまった気持での対話や消息(勅撰集などの詞書を含む)に用い、自己側の「行く」動作を、へりくだる気持をこめて丁重にいう。まいります。
      1. (イ) 都から地方へ下る、また、貴人の前から、お許しを得て他所へ行く。⇔もうでく
        1. [初出の実例]「此月の十五日に、かのもとの国より迎へに人々まうで来んず。さらずまかりぬべければ」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
      2. (ロ) 一般的に「行く」の意を、へりくだりかしこまる気持をこめて丁重にいう。
        1. [初出の実例]「ねむごろに相語らひける友だちのもとに、かうかう今はとてまかるを、何事もいささかなることもえせで遣はすことと書きて」(出典:伊勢物語(10C前)一六)
      3. (ハ) ( 特に「みまかる」の形で ) 「死ぬ」をへりくだり丁重にいう。→みまかる
    3. を地の文に用いて、「行く」の改まった表現、また、「退去する」の堅苦しい表現とする。
      1. [初出の実例]「浄妙房はふはふかへって〈略〉平足駄はき、阿彌陀仏申して、奈良の方へぞまかりける」(出典:平家物語(13C前)四)
    4. ( 「御免をこうむっておろす」の意からか ) 食膳などをさげる、取りかたづける。→罷り[ 一 ]。〔観智院本名義抄(1241)〕
  3. [ 二 ] 他の動詞の上に付いて、複合動詞の一部として用いる。
    1. 「行く」をへりくだり丁重にいう意のあるもの。「まかりいたる(罷至)」「まかりかよう(罷通)」「まかりむかう(罷向)」など。
    2. 接頭語的に用いるもの。
      1. (イ) その複合した動詞に、へりくだり丁重にいう気持や、時に、許しを得てその行動をするの意を添えるもの。「まかりいず(罷出)」「まかりいる(罷入)」「まかりかえる(罷帰)」「まかりこうむる(罷被)」「まかりこす(罷越)」など。
      2. (ロ) その複合した動詞に、改まった口調で荘重にいう気持や、御免をこうむって勝手に行なうなどの気持を添えて、その意を強めるもの。「まかりいる(罷要)」「まかりとおる(罷通)」「まかりまちがう(罷間違)」など。

罷るの語誌

( 1 )上代においては客体尊敬の語であり、「まかる」と対をなすのはワ行上一段活用の「まゐる(参)」(ワ行上二段活用の「まう(参)」とも)であった(「まゐ」はその連用形)。
( 2 )中古になると、この種の客体尊敬の語としては「まかづ(罷)」が用いられ、「まかる」は自己卑下の語に転じた。
( 3 )中世末期になると、「まかる」の単独用法は口頭語の世界から退いたが、「まかり━」は、その後も活発に用いられた。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

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