肝腫大

内科学 第10版 「肝腫大」の解説

肝腫大(症候学)

概念
 肝腫大とは肝臓が部分的,あるいは全体的に腫大している状態をいう.通常は腹部触診の際に,右肋弓下または心窩部に腫大した肝を触れることにより診断するが,腹部単純X線,腹部超音波検査,CT,MRIなどで診断されることもある. 正常肝はやわらかいため触れにくい.しかし健常人でも細長型体型の人や肺気腫のある人では肝臓が下方に位置しており,右肋弓下に触れることがある.したがって肝が触知しても,肝腫大とはいえない.肝左葉下縁は剣状突起下数cmに位置しているが,扁平で薄く,軟らかいため触知されない.また前方にある腹直筋や腹壁脂肪のため,さらに触知困難となっている.腫大した病的肝では硬度が増していることが多く,容易に触れることができることが多い.肝臓の大きさは肺肝境界(lung-liver border)と肝下縁の距離(肝濁音界)から推測する.鎖骨中線上の肺肝境界は普通の体型の人では第5肋間に位置する.肺肝境界は深呼吸により1〜3 cm程度変動する.肝濁音界は正常では11 cm程度であり,この値を大きくこえれば肝腫大があると思われる.
 肝腫大は各種肝疾患以外に,うっ血性心不全によるうっ血肝アミロイドーシスのような代謝性疾患,白血病悪性リンパ腫のような血液疾患でもみられる(表2-15-1).
病態生理
 肝臓は体内で最も大きな臓器であり,成人の肝重量は体重の約1/50であり,男性1300〜1500 g,女性1100〜1300 gである.肝腫大をきたす機序は,炎症(肝細胞の変性や壊死,腫大,炎症性細胞浸潤),線維化,種々の物質の沈着,腫瘍,血流障害,胆汁うっ滞などである.
 急性肝炎や薬剤性肝障害では炎症性細胞浸潤や細胞の膨化により肝腫大が起こる.表面は平滑,硬さは軟,辺縁鋭の肝が触知され,しばしば圧痛がある.慢性肝炎肝硬変では線維の沈着と細胞の膨化(風船様腫大),炎症性細胞浸潤により肝腫大をきたし,線維の沈着により肝硬度が増している.肝硬変では肝は辺縁鈍で,表面に結節があり,弾性硬〜硬で,圧痛はない. 
 白血病や悪性リンパ腫では白血病細胞の肝内浸潤により肝腫大をきたす.
 脂肪肝では肝細胞内に中性脂肪が蓄積し,肝腫大をきたす.辺縁鈍で表面平滑な肝が触知され,圧痛はない.アルコール性肝障害では脂肪肝,細胞の膨化,炎症性細胞浸潤,線維の蓄積が肝腫大の原因となっている.アルコール性肝硬変では,脂肪沈着などにより臍にまで及ぶ著しい肝腫大を認めることがある. 原発性肝細胞癌や転移性肝癌では,肝内の腫瘍により肝腫大が起こる.不整な凹凸があり,硬い肝として触知される.肝膿瘍では,肝内の膿瘍により肝腫大が起こる.巨大肝囊胞や多発性肝囊胞では囊胞により肝が腫大し,硬い肝として触知され,表面は平滑であり,圧痛はない.
 心不全やBudd-Chiari症候群ではうっ血により肝が腫大する.表面平滑で弾性硬の肝が触知され,しばしば圧痛を伴う. アミロイドが肝に沈着するアミロイドーシスでは著明な肝腫大がみられ,肝はきわめて硬くなる.グリコーゲン,リン脂質,ムコ多糖の先天性代謝異常では,これらの物質が肝に蓄積し肝腫大をきたす.
 肝外閉塞性黄疸では肝内胆管が拡張し肝腫大をきたす.
診断
肝腫大は身体診察と画像診断により診断される.
1)身体診察:
肝を触診する際は,仰臥位にて,腹壁を弛緩させるため両下肢を屈曲させる.右手指を肋骨弓に平行に腹壁に当て,肋骨弓下に指を差し込むように軽く押し当てながら,被検者に腹式呼吸をさせ,肝下縁を触知する.肝下縁が肋骨弓から何 cmに触れるか,また肝濁音界は何cmか,記録する.圧痛の有無,凹凸の有無,硬さ(軟,弾性硬,硬),辺縁の形状(鋭または鈍),血管雑音の有無についても記録する. 
肝腫大の鑑別においては,聴診も有用である.摩擦音は最近施行された肝生検や腫瘍,肝周囲炎によることが多い.門脈圧亢進症では静脈雑音が剣状突起と臍の間で聴かれる.肝の動脈雑音は肝癌によることが多い.
2)画像診断:
腹部単純X線では,肝臓は右横隔膜下に楔形の均質な軟部組織陰影を呈する.肝の大きさは右横隔膜の最高点と肝右葉下極の上下差で計測し,22 cm以上あれば肝腫大が疑われる. 腹部超音波検査は肝腫大の診断に有用である.肝右葉縦走査で上下径が15.5 cm以上,右季肋下走査で前後径が13 cm以上であれば右葉腫大と診断する.肝左葉縦走査で前後径が8 cm以上では左葉腫大と診断する. CTデータより肝容積を計算できる.また標準肝容積(mL)は706.2×体表面積(m2)+2.4で計算できる.
鑑別診断
 肝腫大の原因を考えるうえで,腫大肝の性状やその他の身体所見,症状が参考になる.
 特に巨大な肝は,肝腫瘍,多発性肝囊胞,アルコール性肝硬変,うっ血肝,悪性リンパ腫,アミロイドーシスでみられる. 肝腫大とともに脾腫が存在するときは(hepatosp­lenomegaly),肝疾患や血液疾患が疑われる.
 肝腫大に圧痛を伴う場合は,急性肝炎,肝膿瘍,肝癌,うっ血肝などが考えられる.
 弛張熱は肝膿瘍でみられる.腹水や腹壁静脈怒張がある場合は肝硬変やBudd-Chiari症候群が疑われる.
 腫大していた肝が急に小さくなる場合,急性肝炎の劇症化やアルコール性肝炎の重症化が考えられる.逆に腫瘍性病変では,肝腫大の程度が急速に悪化する.[吉岡健太郎]

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世界大百科事典 第2版 「肝腫大」の意味・わかりやすい解説

かんしゅだい【肝腫大 hepatomegaly】

肝臓が病的に大きくなること。肝臓は人体内で最も大きな実質臓器で,大部分は右上腹部(右季肋部)に位置している。正常者の肝臓の重量は,年齢によって異なるが,成人男子で1000~1300g,成人女子で900~1100gである。肝鎌状靱帯(じんたい)によって右葉と左葉に分けられ,右葉は左葉の約6倍である。正常肝右葉の上界は右乳線上で第5~6肋骨の高さ,下界は右肋骨弓下にあって肋骨弓下にわずかに触れるか触れない程度であるが,腫張した肝臓では下縁が下がってくる。

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栄養・生化学辞典 「肝腫大」の解説

肝腫大

 原因にかかわらず,肝臓が大きくなること.原因としては,うっ血,炎症,新生物,代謝物質の蓄積など.

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世界大百科事典内の肝腫大の言及

【肝硬変】より

…すなわち,肝細胞が変性,壊死と再生を繰り返す一方,間葉系反応の亢進(隔壁性繊維形成)する結果,肝小葉の改築(偽小葉の形成)が起こり,肝細胞の機能が著しく障害されるのである。
[症状]
 全身倦怠感,疲れやすい感じ,食欲不振などの自覚症状と,肝腫大,くも状血管腫,手掌紅斑,食道静脈瘤などが高率にみられる(このような症状を示すものを代償性肝硬変という)。程度の差こそあれ,脾腫もみられる。…

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