演劇、映画、放送(テレビ・ラジオ)の台本。演劇台本、上演台本のことで、略して本ともいう。歌舞伎(かぶき)では古くは台帳または正本(しょうほん)、根本(ねほん)ともよばれた。英語のプレーplayに相当し、映画ではシナリオと同義に用いられる。戯曲ということばとも併用されるが、一般に歌舞伎(かぶき)、新派などでは台本を脚本とよび、人形浄瑠璃(じょうるり)、新劇などでは脚本を戯曲ということが多い。しいていえば、戯曲が読み物としての文学性を重視するのに対して、脚本は上演効果としての演劇性に力点を置いたことばといえよう。たとえばシェークスピアの作品は優れた古典戯曲であると同時に、特上の演劇台本(脚本)である。
脚本の内容、書式は時代や分野、また作者によってまちまちであるが、一般に台詞(せりふ)を主体として、場面(シーン)の情景や登場人物の動きなどを指定したト書(とがき)が記入される。したがって筋書き程度の簡略なものから、各人物の容姿、性格から心理描写に及んだ詳細なものまである。映画、テレビの脚本では場面割り(シーン)や撮影手順を記入することが多い。
脚本は内容上、二つに大別される。一つは創作劇とかオリジナル脚本(映画ではオリジナルシナリオ)とよばれるもので、作者が新しく書き下ろしたもの、一つは脚色(物)とよばれるもので、小説などの原作を劇化したものである。前者は劇作家やシナリオ・テレビ作家の主領域を占めるが、両者をともに手がけることが多い。
脚本は、日本、ヨーロッパともに台詞(せりふ)を中心とする粗筋だけのものから始まった。たとえば初期歌舞伎では役者たちの口頭による打合せである口立(くちだて)によった。近世初頭におけるイタリアのコメディア・デラルテ(仮面即興喜劇)では、麻布に書かれた簡単な筋書き(セナリオscenario)だけで舞台をつとめた。いずれも文字に頼らず俳優の技芸を見せることを本位とするものである。やがて筋の複雑化や俳優の技芸の向上とともに作者が分化し、脚本として整備されて、劇文学(戯曲)に密接する一ジャンルを占めるようになった。19世紀後半から20世紀前半にかけての写実主義(リアリズム)演劇の発達はその頂点を示している。日本の近代劇(新劇)もこれに歩調を合わせて進展した。
1960年代後半、アメリカの前衛劇(アンダーグラウンド演劇)の影響のもとに始まった日本の小劇場運動には、これまでの文学性優位の上演方法に対する反省から、むしろ俳優の肉体性の復権を目ざす新しい演劇表現のための脚本づくりの胎動がみられた。さらにこれに続く演劇世代にも、文学の呪縛(じゅばく)から解放され俳優と一体化した脚本への方法が模索されている。
[大島 勉]
『高岡宣之著『歌舞伎の脚本――歴史と鑑賞』(1943・芳文堂)』▽『『日本古典文学大系(歌舞伎脚本集 上下 浦山政雄)53~54』(1960~61・岩波書店)』▽『西沢実著『脚本とは――その歴史と実際』(1980・教育史料出版会)』▽『浮橋康彦・真下三郎著『表現学大系 各論編 第7巻――小説と脚本の表現』(1986・教育出版センター)』▽『新藤兼人著『日本シナリオ史』上下(1989・岩波書店)』▽『シナリオ作家協会編『年鑑代表シナリオ集』各年版(映人社)』
劇を上演するために必要な登場人物たちの言葉や行動,人物たちの生きる世界や状況を具体的に文字化した書きもの。略して〈本〉ともいう。いわば音楽演奏のスコアに相当する。したがって劇上演前の準備台本といえるが,上演後の記録台本の場合もある。書き方としては,まず人物たちの行動する場所や時などを記し,その行動をせりふとト書きに分けて書く方法が一般的である。近代以前には,せりふが中心で,ト書きの占める役割は少なかった。しかし近代以降は,写実劇の展開とともに舞台装置や人物の動き,心理描写のためのト書きの役割が重視されるようになった。日本でも近代以前の能,狂言,歌舞伎などの脚本は,役者の技芸を生かすことに主眼がおかれ,読物としての性格は薄かった。しかし明治以降は,作者個人による文学的自立性,完結性を強調する西欧近代演劇の影響もあり,〈戯曲〉概念が導入された。そして上演を直接的に意図しない文学的な,読むための戯曲も書かれるようになった。
また映画芸術の発展につれ,映画用脚本をシナリオと直訳的に呼ぶ習慣も生まれた。放送やテレビ界でも,脚本,シナリオ,台本が併用されている。現在では演劇界においても,〈脚本〉の語が使用され,脚本,台本,戯曲の語の厳密な区別はなくなりつつある。なお,小説などの劇化を脚色という。
→戯曲 →シナリオ
執筆者:石沢 秀二
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