刑事訴訟法上は、自己の犯罪事実の全部またはその主要部分を認める旨の被疑者・被告人の供述をいう。民事訴訟法上は、訴訟の当事者が、相手方の主張する自己に不利益な事実を認める陳述をいう。
[内田一郎 2018年4月18日]
1873年(明治6)6月の改定律例第318条は、「凡(およそ)罪ヲ断スルハ、口供結案ニ依(よ)ル」として自白必要主義をとっていたが、1876年6月の太政官(だじょうかん)布告第86号は、これを撤廃して、「凡ソ罪ヲ断スルハ証ニ依ル」とし、証拠裁判主義を採用した。
(1)自白の証拠能力 憲法第38条第2項は、強制、拷問もしくは脅迫による自白または不当に長く抑留もしくは拘禁されたのちの自白は、これを証拠とすることができないとし、刑事訴訟法第319条第1項は、強制、拷問または脅迫による自白、不当に長く抑留または拘禁されたのちの自白、その他任意にされたものでない疑いのある自白は、これを証拠とすることができないとしている。起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合もこれに含まれる(同法319条3項)。判例は、自白をすれば起訴猶予にする旨の検察官のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力がないとしている(最高裁判所昭和41年7月1日第二小法廷判決)。また、捜査官の偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑事訴訟法第319条第1項の規定に違反し、ひいては憲法第38条第2項にも違反するとしている(最高裁判所昭和45年11月25日大法廷判決)。
(2)自白の任意性の立証 検察官は、被告人の自白についてその任意性を立証しようとするときは、できる限り、取調べ状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるなどして、迅速かつ的確な立証に努めなければならない(刑事訴訟規則198条の4)。ただし、2016年(平成28)の刑事訴訟法改正により、取調べの録音・録画制度が導入され、裁判員裁判の対象事件および検察官の独自捜査事件(検察官が直接告訴・告発等を受け、または自ら認知して捜査を行う事件)について、原則として取調べの全過程の録音・録画が義務づけられた(刑事訴訟法301条の2第4項)。そして、検察官は、被告人または弁護人が被告人の供述の任意性に疑いがあるとして異議を述べたときは、その任意性を立証するため録音・録画の記録媒体の取調べを請求しなければならないものとされた(同法301条の2第1項)。
(3)自白の証拠価値(証明力) 憲法第38条第3項は、何人(なんぴと)も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされず、また刑罰を科せられないとしている。ここにいう本人の自白の意義につき判例は、公判廷の自白については自由な状態でなされ、弁護人も立ち会っており、裁判所も十分に吟味できるなどの点から、憲法第38条第3項の自白には公判廷における自白は含まないとした(最高裁判所昭和23年7月29日大法廷判決)。ただし、刑事訴訟法第319条第2項は、被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされないとしているので、法律上は公判廷の自白にも補強証拠が要求される。学説上、いわゆる共犯者の自白に補強証拠を必要とするか否かが争われている。判例は、共同審理を受けていない単なる共犯者はもちろん、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であっても、被告人本人との関係においては、被告人以外の被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではない。したがって、共犯者または共同被告人の犯罪事実に関する供述は、憲法第38条第2項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、自由心証に任さるべき独立、完全な証明力を有し、憲法第38条第3項の本人の自白と同一視しまたはこれに準ずるものではないとしている(最高裁判所昭和33年5月28日大法廷判決)ので、共犯者の自白には補強証拠は必要ではないとしている。
(4)自白事件の簡易迅速な処理 争いのない軽微な自白事件の簡易かつ迅速な裁判手続として2004年の刑事訴訟法改正により即決裁判手続が導入されたが(同法350条の16~350条の29)、即決裁判手続の決定があっても後に被告人が否認に転じた場合に備えておく必要があるとすれば、結局必要となる証拠の量には変わりはないこととなるとの問題点があった。そこで、2016年の刑事訴訟法改正により、被告人が否認に転じた場合に再捜査ができる措置が講じられ、検察官がいったん公訴の取消しを行い、改めて再捜査を遂げた後に再起訴することを可能とするために、公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、同一事件についての再起訴の制限を定めた刑事訴訟法第340条の例外として、犯罪事実につき新たに重要な証拠を発見した場合でなくても再起訴ができることとされた(同法350条の26)。これにより、即決裁判手続が予定される事件については、捜査機関はあらかじめすべての捜査を尽くしておく必要はなくなり、自白事件の捜査の簡略化が可能となった。
[内田一郎・田口守一 2018年4月18日]
訴訟の当事者が、相手方の主張する自己に不利益な事実を認める陳述をいう。ここでいう不利益とは、その事実が確定すると訴訟の全部または一部が敗訴になる可能性の生ずる場合のことである。自白は、まず相手方が事実を主張し、のちにその事実を認めるのが通常であるが、これとは逆に、自分から不利益な事実を述べて、あとから相手方がそれを援用する場合もある。これを「先行自白」という。裁判外で相手方や第三者に対してなされるものを「裁判外の自白」といい、訴訟上裁判官の面前でなされるものを「裁判上の自白」といって両者は区別されている。裁判外の自白は、訴訟において相手方が援用しても単なる徴憑(ちょうひょう)(事実を証明すべき材料である間接の事実)としての意味しかもたないのに対し、裁判上の自白は、弁論主義のもとでは証明を不要とし(民事訴訟法179条)、その事実について裁判所の認定権は排除される。また自白した当事者も、これに拘束されて爾後(じご)原則としてこれに反する主張ができなくなる。なぜならば、裁判上の自白はそれをした当事者が自分の責任で陳述したものであるし、またその事実はそのまま判決の基礎とされるから、自白の取消しは簡単には認められない。しかし取消しを絶対に許さないとすると、間違って自白した当事者には酷になる。そこで判例・通説は、相手方が取消しに同意した場合や、自白の内容が真実に反し、かつ錯誤に基づいたことについて証明があった場合には、自白の取消しが認められる、としている。自白の効力は、上訴があれば、上級審にも及ぶ。
なお、口頭弁論または準備手続において、当事者が相手方の主張の事実を明らかに争わないときは、自白したとみなされ(擬制自白)、証拠調べは不要とされる。
[内田武吉・加藤哲夫]
民事訴訟では,自己に不利な事実が真実であるとの陳述を自白と呼ぶ。訴訟前または訴訟外で相手方または第三者に対してする裁判外の自白と,口頭弁論または準備手続でなす裁判上の自白(以下,単に自白と呼ぶ)とがある。前者は自白された事実が真実であることの徴憑(ちようひよう)である。民事訴訟においてとくに重要なのは後者である。通常の民事訴訟では弁論主義が行われ,当事者間で争いのない事実は証拠調べを行わず,裁判の基礎としなければならない(民事訴訟法179条)。他の事実に関する証拠調べの結果裁判所が反対の心証を得た場合にも,このことに変りはない(裁判所に対する拘束力)。自白はまた自白当事者を拘束する。一定の要件を具備する場合でなければ,自白の撤回は許されない。このような自白の効力は職権探知主義の手続や職権調査事項では認められない。
自白は事実につき成立する。法律上の意見や経験則の陳述は自白の対象とならない。相手方の請求を認める旨の被告の陳述は請求の認諾(267条)であって,自白ではない。問題なのは,いわゆる先決的権利・法律関係(例えば,所有物返還請求における所有権)の存否の自白である。これは権利自白と呼ばれ,その効力には争いがある。多数説は,売買,賃貸借,消費貸借のような日常用語となっている法概念を用いてする自白は包括的に事実を陳述するものとして自白の成立を認めるが,それ以外は裁判上の自白でなく,ただ相手方は争いのない限りその権利または法律関係を具体的事実主張によって基礎づける必要がないにとどまるのであって,裁判所は権利自白に拘束されないとする。また間接事実や補助事実の自白も裁判所を拘束しないとされる。
当事者が口頭弁論または準備手続において相手方の事実主張を明らかに争わないときは,これを自白したものとみなされる(擬制自白)。当事者が口頭弁論期日に欠席したときも同様である。擬制自白は当事者に対する拘束力を欠く点で裁判上の自白と決定的に異なる。
執筆者:松本 博之
刑事訴訟法上,自己の犯罪事実を認める旨の供述をいう。供述の時期や供述の相手には限定がなく,被告人として公判廷で述べたもの以外に,捜査機関に対する被疑者としての供述,捜査開始前の供述等も,自己の犯罪事実を認めるものは,自白である。口頭による供述でも書面記載のものでも変りはない。自白は,〈不利益な事実の承認〉の一種であり,被告人の供述をその被告人に対する証拠として用いる場合をいう。また,自白は,犯罪事実の主要部分を認める旨の供述をいい,単にその一部を認めるにすぎないものは,自白に至らない〈不利益な事実の承認〉である(ただし,刑事訴訟法322条は,両者を同様に扱っているので,この区別はあまり重要ではない)。自白は,その供述を証拠として用いる場合をいうのであるから,自己の刑事責任を認める旨の主張である有罪の自認とは区別される。有罪である旨の陳述があった場合には,簡易公判手続によることができ(刑事訴訟法291条の2),証拠法則が緩和されるが(307条の2),さらに進んで証拠調べに入らず有罪とする手続(英米法のアレインメント)をとることは刑事訴訟法上認められていない(319条2項)。
自白は,歴史的に,刑事裁判で重要な役割を果たしてきており,〈自白は証拠の王〉ともいわれた。日本でも,律令法制を継受した明治初期には,〈凡罪ヲ断スルハ口供結案ニ依ル〉(改定律例--1873年の太政官布告)とされ,有罪認定は自白に基づくものとされた。この規定は,後に〈凡罪ヲ断スルハ証ニ依ル〉(断罪依証律--1876年の太政官布告)と改められ,自白も他の証拠と同等になり,また,自白を得るために認められていた拷問も法制上は廃止された(1879年の太政官布告)。しかし,戦前の刑事手続では依然として自白偏重の風潮が強く,起訴前段階の捜査活動や公判での事実認定に弊害が生ずる例は少なくなかった。
こうした事情を考慮し,また,英米法の影響も受けて,日本国憲法および現行刑事訴訟法は,自白に関する証拠法上の制約を設けた。すなわち〈強制,拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白〉(憲法38条2項)は証拠とすることができず,さらに,〈その他任意にされたものでない疑のある自白〉(刑事訴訟法319条1項)も排除される。虚偽の自白の誘発および不当な人権侵害が発生することのないよう法的規制を加えるべく,任意性を自白の証拠能力の要件としたのである。さらに,これらの規定は,違法な手続で収集された自白の証拠能力を否定する趣旨を明らかにしたものであるとする考え方もある。判例は,これまで両手錠をはめたままの取調べによる自白,起訴猶予の約束による自白,共犯者が自白したという偽計による自白などを排除した。次に,憲法は,自白の証明力をも制限し〈何人も,自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない〉(38条3項)と規定した。自白の証明力が過大に評価されやすいことから,自白偏重の防止と自白の信用性の慎重な吟味を図るため,補強証拠を必要としたのである。被告人の公判廷における自白には,憲法上は補強証拠を必要としていないとするのが判例の立場であるが,刑事訴訟法319条2項は,憲法の趣旨をさらに拡充して〈公判廷における自白であると否とを問わず,その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には〉有罪にしてはならないと規定した。補強証拠によって証明すべき事実の範囲については,犯罪の客観的側面(罪体)に関して補強が必要であるとする罪体説(形式説)が有力であるが,判例は,補強証拠としては自白にかかる事実の真実性を担保するものであれば足りるとしている。これを実質説という。
執筆者:長沼 範良
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…従来,おもに刑事訴訟との関係で,その証拠能力が問題とされてきた。狭義には,とくに違法な捜索・押収等の結果得られた証拠物を指すが,広義には,このほか違法な被疑者の身柄拘束や取調べの結果獲得された自白,違法な盗聴により録取された人の会話などをも含む一般的概念として用いられる。 証拠物の場合,その収集手続に違法があっても,証拠それ自体の内容や性質に変化をきたすわけではないから,刑事訴訟における真実の究明,すなわち犯人の確実な処罰という観点からは,そのような証拠も有用であることは間違いない。…
…町奉行所では吟味方与力が白洲とは別の場所で取り調べた。審理は被疑者の自白(白状)を得ることを目的とし,その犯罪事実は役人が書式に従って口書(くちがき)に録取した。口書ができると奉行は法廷に出座し,事件(一件)の関係者一同を集め,役人が口書を読み聞かせて(口書読聞(くちがきよみきけ))押印させ,あるいはすでに押印させた口書を確認させた(口書口合(くちがきくちあわせ))。…
…このような手段は古来,多くの権力や,非権力的主体によって行われてきた。現代民主主義国家においては統治手段としてのテロルの行使は禁じられており,日本国憲法も公務員による拷問を禁じ,またその結果得られた自白には証拠能力がないと定めている。しかし政治暴力の一形態としての拷問は,統治手段としてテロルの行使が一般化している国々,とりわけ全体主義国家や権威主義体制のもとにおいては今日でも広くみられる。…
…専門的な事項について鑑定がなされることもある。証拠はすべて許容されるわけではなく,強制等による不任意の自白は証拠能力がないし,伝聞証拠も原則として許容されない。また,自白だけで被告人を有罪とすることはできず,他の証拠により自白を補強しなければならない。…
…これら法曹吏員の最高の地位が1名の評定所留役勘定組頭であるが職制上その地位は比較的低かった。奉行代官は裁判の責任者として,その始終を承認するだけで,法廷には原則として冒頭手続,自白調書の確定,判決申渡に出席した。裁判は判例法主義で法曹吏員はこれに固執し,将軍,老中,奉行等が政務の立場からこれを動かすことはほとんどなかったから,ある程度の司法の安定が見られた。…
…しかし社会の近代化に伴い,複雑化した社会生活の現実を形式的な判断法則によりとらえることは,かえって真実の発見を妨げることが意識されるようになった。またとくに刑事手続において,法定証拠主義は被告人の自白を有罪認定の条件とするものであったため,必然的に自白を得るための拷問の制度と結びつき,その弊害には著しいものがあった。こうしてフランス革命において法定証拠主義は排斥され,フランス訴訟法に自由心証主義が採用されて以来,これが近代的な訴訟法の基本原則の一つとして諸国の立法に導入され,日本でも民事訴訟法,刑事訴訟法の双方に自由心証主義を宣言する明文の規定がおかれている(民事訴訟法247条,刑事訴訟法318条)。…
※「自白」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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