サンスクリットのプラジュニャーprajñā,パーリ語パンニャーpaññāの音写語で,〈慧(え)〉と漢訳される。〈智慧〉という意味だが,仏教では単なる智慧ではなく,〈悟りを得るための真実の智慧〉あるいは〈あらゆるものごとを見通す見識〉を意図している。原始仏教およびそれを引き継ぐパーリ上座部仏教は,戒・定(じよう)・慧の〈三学〉をたてた。自らの行動を慎み(戒),自己の心をコントロールすること(定)によって,正しい見識(慧)が生じ,安らぎ(解脱=涅槃(ねはん))にいたると説く。大乗仏教は,菩薩(ぼさつ)の実践すべき修行徳目として〈六波羅蜜(ろくはらみつ)〉を説くが,そのうち〈般若波羅蜜〉(般若波羅蜜多とも書く。真実の智慧の完成)は他の五つすべての根底をなすものとして重視された。〈般若波羅蜜〉を強調する経典として《小品般若経(しようぼんはんにやぎよう)》《大品般若経》が挙げられるが,とくに一般に流行したものとしては《般若心経》《金剛般若経》がある。それらは《大般若波羅蜜多経》600巻(玄奘訳)として集大成された。さらに密教では,〈般若〉と〈方便(ほうべん)〉(ウパーヤupāya)とがあいまってはじめて解脱が成就されると説かれた。真理たる〈般若〉を体得するためには,手段としての〈方便〉が必要だからである。また,プラジュニャーは女性名詞であり,ウパーヤは男性名詞であることから,般若を女性原理と見,方便を男性原理とみなして,両者の合一によって解脱が完成されるとも説かれた。
執筆者:阿部 慈園
女性原理としての般若の智慧を象徴化した菩薩。般若波羅蜜多菩薩ともいう。般若部経典の本尊で,胎蔵曼荼羅持明院の中尊である。形像には二臂像と六臂像とがある。二臂像は《陀羅尼集経》などに説くもので,白身色で天女形をなし,獅子座に結跏趺坐する。胎蔵曼荼羅虚空蔵院中の般若菩薩は,右手に剣をとって赤蓮華座に座す二臂像である。一方,六臂像には肉身金色で三面三眼で千葉蓮華座に座るものと,〈広大儀軌〉に説く三目で甲冑をつけるものがあり,胎蔵曼荼羅持明院中の般若菩薩は身色肉色で甲冑をつけ,六臂のうち左手の一つは胸前にて梵篋をとり,赤蓮華座に座す。しかし実際の作例はきわめてまれである。
執筆者:百橋 明穂
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サンスクリット語プラジュニャーprajñā、パーリ語パンニャーpaññāの音写。仏教において、八正道(はっしょうどう)、四諦(したい)、六波羅蜜(ろくはらみつ)などを修めることによって顕現する真実の智慧(ちえ)。分析的判断能力から出発して、これを超え、存在すべてを全体的に一瞬のうちに把握する直観知のこと。悟りの智慧。この語が脚光を浴びるのは、初期大乗経典の『般若経』においてで、そこでは、この智慧によって仏陀(ぶっだ)たることを得るので「仏母(ぶつも)」とよばれる。それは存在を実体として執着(しゅうじゃく)することを離れることから生じる根源的理性でもある。
[坂部 明]
代表的な能面の一つ。2本の角(つの)をもつ鬼女の面。女の激しい嫉妬(しっと)や怒り、内面の悲しみを巧みに表現した造形で、優れた舞台効果をあげる。室町期の面打ち般若坊の創作からの名称という。『葵上(あおいのうえ)』『道成寺(どうじょうじ)』『黒塚(くろづか)(安達原(あだちがはら))』『紅葉狩(もみじがり)』『現在七面(げんざいしちめん)』などに用いる。「白般若」とよばれる品格を主としたものは『葵上』に、強さを主眼とした般若は『黒塚』にといった使い分けもあり、さらに愛欲の獣性のたけだけしさを強調する「蛇(じゃ)」の面は『道成寺』に用いる。
[増田正造]
「仏の知恵」を意味するサンスクリット語プラジュニャーの音写。ものごとを分析的に解明する一般の知識と異なった,直感的で総合的悟りの叡智(えいち)。大乗仏教では,菩薩(ぼさつ)がめざして修行実践すべき六つの完成徳目の最後に「般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)」を掲げ,知恵の完成によって悟りが完璧となることを示す。『般若心経』(はんにゃしんぎょう)ほかの一連の般若経典では,「一切皆空(いっさいかいくう)」(すべての存在はさまざまな因縁が結びついて仮に存在しているにすぎず,それ自体の固定的実体を欠いている)と悟って,すべての執着を離れる「空(くう)」を般若の知恵の内容として提示する。この般若空の思想は中国仏教思想,特に禅宗教学の形成に大きな影響を及ぼした。
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…ほかに阿形では天神,黒髭(くろひげ),顰(しかみ),獅子口など,吽形では熊坂(くまさか)がある。能面の鬼類では女性に属する蛇や般若,橋姫,山姥(やまんば)などのあることが特筆される。(3)は年齢や霊的な表現の濃淡で区別される。…
…漢訳3種およびチベット訳が現存し,サンスクリット本は〈十地品〉と〈入法界品〉の章のみがそれぞれ独立の経典として現存する。漢訳は仏駄跋陀羅(ぶつだばだら)Buddhabhadra訳60巻(418‐420),実叉難陀(じつしやなんだ)Śikṣānanda訳80巻(695‐699),般若(はんにや)Prājñā訳40巻(795‐798)で,同名のため,巻数によって《六十華厳》《八十華厳》《四十華厳》と呼んで区別する。ただし,《四十華厳》は〈入法界品〉のみに相当する部分訳である。…
…したがって悟りは,四諦を現観する,諸法無我の理を知る,縁起・空性をみる,唯識たることに入るなど,教理に応じて種々に表現されるが,一言で言えば,真実をみる,あるいは,如実に知見するということである。この知る働きを智あるいは慧と呼び,般若と称する。これは通常の分別的認識とは異なり,無分別な直観である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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