金属の骨に布を張った傘。開いた形がコウモリの飛ぶ姿に似ているので,明治初年にこの名がついた。竹の骨に紙を張った従来のものと区別するため,西洋傘,洋傘とも呼ばれた。日本にはじめて伝えられたのは1859年(安政6)で,イギリスの商人が持ちこんだといわれ,慶応(1865-68)のころには外国商人が売り出すようになり,武士の間に使う者があらわれた。しかし,攘夷論者には目のかたきにされ,生命を落とした人もあるという話が《福翁自伝》に出ている。やがて文明開化の波にのって洋傘が上流階級にひろまり,72年(明治5)ころには材料を輸入して国内生産が始まると価格も下がって,数年後には一般の人も使用するようになった。87年ころ,溝骨と呼ばれる傘骨の輸入が始まり,90年に溝骨の国産化に成功した。溝骨はそれまでの丸骨にくらべて軽くて丈夫で,安価だったので普及した。洋傘の生産量は1936-37年にピークを迎え,年産1000万本に達したが,第2次大戦中は激減した。戦後は洋装が盛んになるにつれて需要も増え,現在の国内生産量は年間4000万本にもなっている。
→傘
執筆者:菊田 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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