訴訟を適切に運営するために認められた権能を訴訟指揮権という。その権能の行使が訴訟指揮である。訴訟を迅速かつ公平に運営するために,この権能は裁判所に与えられている。これを職権進行主義(職権主義の一局面)といい,当事者進行主義に対立する概念である。しかし職権主義を強調すると,当事者の訴訟活動が萎縮し,こわい裁判所というイメージにつながりやすい。そこで民事訴訟法は,訴訟指揮権を原則として裁判所に属するとしながら(148~158条),裁判長に対する発問の申立てまたは異議に関する規定をもうけ(149条3項,150条,90条),適切な訴訟指揮を求めたり,違法な訴訟指揮の是正を求めたりする権能を当事者に与えている。
現在民事訴訟法学では,当事者権,手続保障,役割分担等の議論がなされているが,これは当事者の訴訟手続過程における権能と責任の本質を見直そうとするもので,訴訟指揮権ひいては裁判の本質にかかわる問題とも連なってくる。訴訟指揮権は,一方では〈迅速な裁判〉と審理の充実という要請にこたえなければならないが,他方では公平な手続保障という面も重視しなければならないので,当事者が公平な裁判を受けたという充実感を持ち,不利な判決が出ても納得してこれに服するという,近代裁判がもつべき説得性の本質にかかわってくるのである。ところが,公平という概念も実際問題になるとまことにむずかしい。たとえば,原告が家賃増額を請求したケースで,増額が相当かどうか立証が不十分な場合,その点の立証を促すべきかどうかの問題が生ずる。被告からみれば,立証が不十分だからただちに請求は棄却されるべきであり,裁判所が原告に立証を促すなど,行き過ぎであると考えるかもしれない。しかし原告とすれば,あと少しで立証が可能だというのに,それを見過ごすのは公平でないと思うだろう。これは釈明権の義務的側面に関する問題として議論されているが,現在では積極的に釈明すべきであると考えられている(149条1項)。
その他,訴訟指揮権には,それを行使する主体が裁判所か裁判長か陪席裁判官か(149条1,2項)の区別があり,その内容として,手続の進行を図る行為(たとえば,期日指定--93条),弁論や証拠調べの整理(1996年の改正では審理促進の要請から,新たに164~178条の規定が設けられた),弁論の制限分離併合(152条),釈明権・釈明処分(149,151条)等の規定がある。
刑事訴訟法でも類似の規定がある。たとえば,期日指定(273条),公判指揮(294条),弁論の分離併合再開(313条),釈明権(刑事訴訟規則208条),異議申立て(刑事訴訟法309条,刑事訴訟規則205条以下)等である。
訴訟指揮権と似ているが別の観念として法廷警察権がある。これは特定の事件と関係なく,開廷中の法廷の秩序維持の目的で裁判長に認められた権能であるが(刑事訴訟法288条2項後段,裁判所法71条以下,〈法廷等の秩序維持に関する法律〉),荒れる法廷で行使されることがある。
→法廷秩序
執筆者:竜㟢 喜助
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
民事訴訟法上、訴訟の審理が適法かつ能率的に、完全に行われるようにするために裁判所または裁判官に認められた権能を訴訟指揮権といい、これを行使する行為を訴訟指揮という。その内容は多岐にわたるが、おもなものとして以下をあげることができる。
(1)訴訟の進行に関するもの(期日の指定、期間の伸縮、手続の中止など)
(2)弁論等の整理に関するもの(口頭弁論の指揮)
(3)審理方法の整理に関するもの(弁論の制限・分離・併合、弁論の再開)
(4)事案の解明に関するもの(釈明、時機に後れた攻撃防御方法の却下)
訴訟指揮を行う主体は原則として裁判所であるが、具体的には、直接、裁判所として行動する場合(民事訴訟法151条~155条)、合議体のとき裁判長が独立して行う場合(同法93条1項・137条など)、裁判長が合議体を代表して行う場合(同法148条~150条)、さらに、受命・受託裁判官が行う場合(民事訴訟規則35条)がある。訴訟指揮の形式からすると、事実上の行為、裁判(決定・命令)がある。この裁判は、いつでも取消し・変更できる(民事訴訟法60条2項・120条など)。また、訴訟指揮は、裁判所の合目的性の考慮によりなされるが、当事者の利害にとくに関係深いものについては、当事者の申立権が認められており(同法17条・18条・149条3項など)、これらの場合には、申立てがあれば、裁判所はなんらかの応答をしなければならない。
刑事訴訟法上は、ほぼ民事訴訟法におけるのと同様である。
[本間義信]
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