同一の祖先から分かれ出たと考えられる言語のグループをいう。たとえば、日本語と琉球(りゅうきゅう)語(奄美(あまみ)大島や沖縄で話されている言語)や、ヨーロッパとインドで話されている多くの言語などが、それぞれ語族(日本語族、インド・ヨーロッパ語族)をなすと考えられている。ただ、同一の祖先から分かれ出たということの意味と、それを証明するための方法が、生物学の場合のように、厳密に確立していないので、あるいは将来、同一の祖先から分かれ出たことが証明されるかもしれないグループにも、たとえばアルタイ語族(トルコ語、モンゴル語、満洲(まんしゅう)語、もしかしたら朝鮮語も日本語も)、シナ・チベット語族(中国語、チベット語、ビルマ語、もしかしたらタイ語も)のように、便宜的に使うことがあるが、厳密には便宜のためであって、あまり正確ではない。また、すでに確立している語族についても、その証明というのは、数学でいう証明ということとは違っていて、それぞれの言語の根幹をなす基礎的な語彙(ごい)の間に、たとえばone(英語)、eins(ドイツ語)、uno(イタリア語)、un(フランス語)、(od)in(ロシア語。ただしod-は接頭代名詞で、-inの部分が対応する)のように、とても偶然とは考えられない音韻の対応がみられるので、これは共通の祖先を想定することなしには、どうしても説明できないというだけのことである。しかし、人間のことばの形、たとえば数詞の「一」を日本語で「ひとつ」といい、英語で「ワン」というのは、まったく任意に決まったもの(「一」を「ひとつ」といわなければならない生理学的、心理学的必然性がないという意味で、任意であるということ)であるから、先述のようなヨーロッパにみられることばのうえの音の対応は、偶然によることはほとんどありえない。もう一つ困るのは、人間の言語は、ことばをよく借用するので、それを除外しないと判断を誤る点である。日本語の「一」を表す「イチ」は、中国語の北京(ペキン)方言がyi(イ)、客家(ハッカ)方言がyit(イット)であるのをみたら、すぐ借用語であることがわかるであろう。このようにして、借用による類似を除いていくと、人間の言語は、20から30ぐらいの大まかなグループに分けられる。これらを「語族」とよべるようになるためには、まだかなりの研究を必要とするばかりでなく、それが成功するかどうかも不明である。
[橋本萬太郎]
『A・メイエ著、泉井久之助訳『史的言語学に於ける比較の方法』(1944・政経書院)』▽『高津春繁著『比較言語学』(1950・岩波書店)』▽『服部四郎著『日本語の系統』(1959・岩波書店)』▽『北村甫編『世界の言語』(『講座言語6』1981・大修館書店)』▽『亀井孝他編著『日本列島の言語』(1997・三省堂)』▽『亀井孝他編著『ヨーロッパの言語』(1997・三省堂)』▽『下宮忠雄編著『世界の言語と国のハンドブック』(2000・大学書林)』
言語学的にみて,一つの源となる言語から分化したと想定される言語群。そしてそれらの言語は互いに親縁関係にあるという。たとえば,英語とペルシア語は現在ではまったく独立の言語だが,歴史的にはともにインド・ヨーロッパ語族に属し,互いにその語族の一方言である。語族の認定は,19世紀にインド・ヨーロッパ語の領域で確立された比較言語学の方法によらなければならない。
世界には4000ほどの言語があるといわれているが,それらを分類する語族としてはインド・ヨーロッパ語族のほかに,アッカド,フェニキア,ヘブライ,アラビアなどの諸言語からなるセム語族,フィンランド語,ハンガリー語などを含むフィン・ウゴル語派にサモエード諸語を加えたウラル語族,南インド一帯に広く分布するドラビダ語族,マレーシア,インドネシア,フィリピン諸島から台湾,ハワイに及ぶアウストロネシア(マレー・ポリネシア)語族,インドのムンダ諸語,ニコバル島の諸言語,それにモン・クメール語族とベトナム語などを包括するアウストロアジア語族,エスキモー・アレウト語族をはじめ多くの語族を含むアメリカ・インディアン諸語などがあげられよう。
これら以外にも〈語族〉の名でまとめられる言語群があるが,その設定には問題がある場合が多い。日本語の帰属がしばしば取り上げられたアルタイ諸語は,チュルク諸語にモンゴル,ツングース,あるいは朝鮮語をも含めた名称として用いられている。それらの諸言語はたしかに類型的な一致を示しているが,音対応という比較言語学にとって最も重要な手がかりを十分に与えることができないために,この語族の仮定に否定的な学者も多い。シナ・チベット語族の場合も同様で,中国からタイ,そしてチベット・ビルマ語派を含むこの大語群は,ともに単音節的で声調をもつという類似を示しているが,音対応は求めにくい。また文献を欠く言語群では,借用関係がはっきり指摘されないうらみがある。
→比較言語学
執筆者:風間 喜代三
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