日本大百科全書(ニッポニカ) 「財産権の不可侵」の意味・わかりやすい解説
財産権の不可侵
ざいさんけんのふかしん
公権力といえども私人の財産権を侵せないという原則。「所有権の不可侵」と同じに用いる場合が多い(たとえば大日本帝国憲法27条)。このような財産権あるいは所有権の保障は、近代立憲国家の憲法・人権宣言の一特徴をなしている。たとえば、バージニアの権利章典(1776)では、これを生来的権利として社会契約によっても奪いえぬものと規定し、フランスの人権宣言(1789)では「神聖不可侵」の権利と規定して、それまでの不安定な財産権観を覆すことに寄与している。これは、具体的には、公共目的から行う個人財産の収用に対する補償の不可欠性を確認させ、当時台頭しつつあった市民階級に活躍の場を提供した。しかし、このような財産権観は富の偏在を助長することにもなり、その是正が求められたために、現在では、もはや財産権が絶対不可侵ではなく、社会的利用責任を伴うと考えられるに至っている(財産権の社会化・相対化)。ワイマール憲法(1919)の「所有権は義務を伴う」との規定は、このことの象徴的表現である。現行日本国憲法(29条)が「財産権は、これを侵してはならない」と規定しながら、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定したのも同じ趣旨にほかならない。
現行憲法下の財産権の内容について、通説は、物権・債権・無体財産権のほか、水利権のような公法上のものであっても、それが財産的価値をもつ限り保障の対象になると主張する。しかし、その内容は法律にゆだねられ、政策に左右されるため、現実に保障される財産は広狭いずれにも変化する。したがって、現行憲法の規定は資本主義をとるとの宣言規定であるととらえる人が多い(制度的保障論)。もっとも、個人生活上の必要財産については、同規定を具体的な財産自体に対する保障であると理解しなければ、個人生活があまりに安定を欠いてしまうので、これに対し「不可侵」を説く意義は相変わらずあるといわれている。
[佐々木髙雄]