転位(読み)テンイ(英語表記)dislocation

翻訳|dislocation

デジタル大辞泉 「転位」の意味・読み・例文・類語

てん‐い〔‐ヰ〕【転位】

[名](スル)
位置が変わること。また、位置を変えること。
固体の結晶内部で線状に起きる、一連の原子の位置ずれ。
分子内で2個の原子または原子団がその位置を取り換えること。
displacement精神分析の用語。ある対象に向けられていた感情が、本来の対象から他のものに置き換えられること。置き換え。

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精選版 日本国語大辞典 「転位」の意味・読み・例文・類語

てん‐い‥ヰ【転位】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 位置が変わること。また、位置を変えること。
    1. [初出の実例]「永泰院周隆侍者、為関東使節故、参暇于天龍寺、転位于蔵主」(出典:蔭凉軒日録‐永享一二年(1440)四月一九日)
    2. 「『郷党社会』をモデルとする人間関係と制裁様式〈略〉が底辺から立ちのぼってあらゆる国家機構や社会組織の内部に転位して行くプロセスと」(出典:日本の思想(1961)〈丸山真男〉一)
  3. 金属その他の結晶格子の中に生じる一種の格子欠陥金属材料などでは、この格子欠陥の部分で配列原子のずれを生じやすく、それが金属の延展性や材料強度と関係をもつと考えられている。
  4. 有機化合物分子内の原子や原子団が結合状態を変えること。分子内転位
  5. 一般に感情が一つの対象から離れて、別の対象に向けられること。特に、精神分析の用語で、たとえば人を殺すことが抑圧によって禁止されると他の動物を殺すというような現象をさす。

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改訂新版 世界大百科事典 「転位」の意味・わかりやすい解説

転位 (てんい)
dislocation

結晶学用語。ディスロケーションともいう。格子欠陥の一種で,原子の配列あるいは結晶格子の乱れが一つの線に沿って生じているものをいう。結晶固体に外から引張りや圧縮などの力を加えると,ある程度以上大きい力に対しては,変形を起こしたまま元に戻らない(塑性変形)。変形が元に戻らないのは,原子のつなぎかえが起きることによるものであるが,これにあずかるのが転位である。転位の概念の萌芽は1900年ころまでさかのぼることができるが,塑性変形を担うものとしてその重要性が認識され,近代的な形で導入されたのは,1934年イギリスのテーラーGeoffrey Ingram Taylorらの研究によってである。

 完全な結晶の中では原子は図1-aのように規則正しく並んでいるが,これはあくまで理想的な場合であって,実際の結晶の中には,種々の並び方の乱れ(格子欠陥)が存在する。図1-bに示したような型の乱れがあるとき,原子のつながりがとぎれているAのところを転位と呼ぶ。この図では二次元的にしか示していないが,実際の三次元結晶ではここに示す型が次々に上下に積み重なっており,Aは線状に伸びている。すなわち,転位は線欠陥である。転位の特徴として,まわりの原子の配置が次のような性質をもっていることがあげられる。すなわち図1-bの点線内のパターンに見られるように,Aの両側の原子の配列は,局所的にはそれぞれ完全結晶(図1-a)と同様になっている。しかし,全体の原子のつながりを見ると,右側ではa1とa1′,a2とa2′がつながっているが,左側に移るとa6とa5′,a7とa6′が向かい合っており,右側に比べて,1原子分だけつながりがずれている。このように,局所的には結晶であるが,大域的にはずれを起こしているというのが転位に伴う配列の欠陥である。

結合のずれがどの方向に起きているかを示すベクトルをバーガース・ベクトルBurgers vectorといい,転位の性質を規定する。バーガース・ベクトルは1本の転位の運動によって生ずる結晶のすべり量の大きさとその方向を表し,1本の転位線に沿っては不変である。したがって,転位線は,結晶の中でとぎれることはなく,閉じたループになっているか,あるいは表面に出てしまう。転位線とバーガース・ベクトルが平行のとき,その転位をらせん転位screw dislocationといい,転位線に垂直な原子面は転位線のまわりでらせん状に配列する(図2-a)。これに対して転位線とバーガース・ベクトルが直角の場合を刃状転位edge dislocationといい,1枚の余分な原子面が刃状に入り込んだようになっている(図2-b)。曲がった転位のときは,1本の線に沿ってらせん転位から刃状転位と変わるが,バーガース・ベクトルは変わらない。実際の転位では,らせん転位と刃状転位の混合となっている場合が多い。

転位を介して原子のつなぎかえが起きるのは次の機構による。図3に示した転位の中心⊥のところで,転位の上下の原子が,1原子距離に満たない小さな距離だけそれぞれ左右に動くと,実線から点線の状態へとつなぎかえを起こす。このとき,転位は⊥のマークのあるところから⊥′へと,1原子距離動いたことになる。同様の過程を繰り返して,転位が結晶の端から端へと動くと,次々につなぎかえを起こし,転位が動いた面の上下の原子は,全体としてバーガース・ベクトルの分だけずれることになる。このように,塑性変形に伴う原子のつなぎかえは,決していっせいに起きるのではなく,転位が動くことによって,次々につなぎかえを起こしていくのである。転位の中心の部分は,まわりの部分よりエネルギーの高い状態にあるので,外から小さな力を加えると容易につなぎかえを起こす。

 ふつうに作られた結晶の中には,最初から1cm3あたり104~108cmの長さの転位が含まれているが,注意深く作られたシリコン結晶の場合は転位を含まない結晶もある。この場合は,結晶中に存在する酸素のような介在物のところで転位が作られ塑性変形を起こす。

転位のもつ特性としては,上に述べた動きやすさのほかに,動く過程で自己増殖を起こすということがある。図4に示すように,2点A,Bで固定され,その間の部分が紙面の上を動くことができる転位線を考えよう。転位線は途中で切れることはないから,実際はABの外にも延びているが,今は,ABの間の部分(転位片)に着目する。外から力が加わって転位が動く(a→b)と,図で濃く塗った部分では紙面の上下の原子のつながりのずれが起きる。さらに転位が動いて,A,Bのまわりを回ってしまうと,c,dを経て,eの形になる。この状態では,転位片ABは復活し,その外に新しい転位ループsが作られている。転位片ABは,同じ動きを繰り返すことによって,多くの新しいループを作る(f)。これが,転位の自己増殖である。この増殖の機能は,塑性変形の機構の中で非常に重要な因子である。前述のように転位は動くことにより原子の結合のずれを起こすので,もし増殖を起こさないと,転位が結晶の端まで動いて抜け出てしまったとき,それ以上変形が進行しなくなる。実際に非常に大きな変形を起こすのは,転位が動く過程で増殖を起こし,変形を続けることができるからである。

 転位のもつその他の重要な性質として,転位が点欠陥の生成消滅を起こす場所となること,また,結晶成長をつかさどることなどがあげられる。逆に,結晶中に転位が存在しないとき,われわれが日常経験するのと非常に異なる性質を示すことは,ホイスカーひげ結晶)と呼ばれる細い物質について見ることができる。これは,猫のひげのように繊維状にぴんとまっすぐに伸びた,直径が2~3μm程度の単結晶である。ホイスカーとしては,金属の表面に根もとで成長するものや,過飽和媒質から成長するものなどがある。ホイスカーに力を加えても容易に塑性変形を起こさず,理想強度に近い強度を示す。ホイスカーをらせん状に曲げても,力を0に戻すと,ぴんと伸びてしまう。これは,ひげ結晶が転位を含まないことによるものである。
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転位 (てんい)
rearrangement

化学用語。分子内の原子または原子団の結合の位置が変化すること。これには分子内で結合の組換えが起こることを含む。有機化学反応では分子内で原子(団)がもとの場所から別の場所に移るタイプの反応が数多く知られている。これらは大別して,(1)中性分子で起こる転位,(2)カチオン系で起こる転位,(3)アニオン系で起こる転位,の三つに分類される。(1)の場合,コープ転位(式(1)),クライゼン転位(式(2))などがあり,これらは電子環状反応electrocyclic reaction(〈ウッドワード=ホフマン則〉の項参照)の一種である。

(2)に分類できる転位反応の代表例として,カルベニウムイオンにおける転位がある。式(3)に示す例では,ヒドリドイオンH⁻が隣の炭素に転位し,第三級の安定なカチオンが生成している。

カルボニウムイオン系では炭素原子団も転位し,式(4)に示すように,炭素骨格が変化する場合もある。

(3)に分類される転位はカルボアニオンの分子内転位で,式(5)に示される転位はその一例で,発見者にちなんでウィティヒ転位と呼ばれる(ウィティヒ反応)。

カルボニウムイオンの場合と同様にカルボアニオンでも分子内骨格転位を起こす。式(6)にその例を示す。

その他,有機化学ではさまざまな転位反応が知られており,発見者の名にちなんだ,ベックマン転位,シュミット転位,ホフマン転位,バイヤー=ビリガー転位(バイヤー=ビリガー反応),クルチウス転位,ワグナー=メアワイン転位,あるいは化合物名の付けられた,ピナコリン転位ベンジジン転位などが知られている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「転位」の意味・わかりやすい解説

転位(結晶体の格子欠陥)
てんい
dislocation

結晶体の中に含まれる線状の格子欠陥の一種。転位線ともよばれる。エネルギー的には不安定な欠陥であるが、力学的には安定な配列をとりうる。転位線は力が加えられれば特定の結晶面に沿ってかなり容易に移動できる。転位線の通過後には結晶格子の相対的なずれを生じる。1本の転位によって生じるこのずれの量(バーガーズ・ベクトル、中のb)は原子の直径程度である。ずれの方向(格子の乱れ方)には2種類あり、ずれが転位線に垂直となる転位を刃状(「じんじょう」あるいは「はじょう」)転位、ずれが転位線に平行となる転位を螺旋(らせん)転位とよんでいる(参照)。

 転位線は、物質が液相(溶融状態)から凝固して固体(結晶)になる際や、その後の室温までの冷却中に結晶内に発生し、転位を含まない結晶(材料)をつくることはきわめてむずかしい。転位は外部から力を加えることによっても発生あるいは増殖する。通常の材料中には1辺が1ミリメートルの立方体当り合計1000メートルを超えるきわめて多量の転位が含まれている。

 金属材料や無機材料(セラミックスなど)の塑性変形(普通に認められる形の変化)は多数の転位が結晶中を移動することによって生じている。これら材料の機械的性質(強さや硬さなど)は、その中に含まれている転位の数(転位密度)やその移動の難易(易動度)によって支配されている。また、転位は半導体などの電気的性質や金属の耐食性などにも大きな影響を与える場合が多い。

[及川 洪]



転位(有機化学反応)
てんい
rearrangement

有機化学反応の過程を構造変化の特徴で分類するときの一形式で、原子または基の結合位置の移動を伴うものをいう。

 有機反応の多くは、置換、付加、脱離など反応中心で予期した構造変化をおこすが、転位反応では、反応中心から離れた位置に結合していた原子または基が反応中心に移動するのが特徴である。

 この場合、機構的には、反応中間体の三価の炭素原子が陽イオンであれば、Rは結合電子対とともに転位し求核転位といい、ラジカルであればRは不対電子とともに転位しラジカル転位、陰イオンであればRは結合電子対を転位原点に残して転位し親(しん)電子転位という。このように分子内で転位がおこるのが分子内転位反応で、狭義にはこれを転位という。しかし、分子内か分子間かは機構を明らかにしないとわからないから、広義には分子間も含まれる。脱離と付加を繰り返せば結果として分子間転位したことになり、これを偽(ぎ)転位という。ピナコール転位は分子内求核転位の典型的な例である。ピナコール転位のほか、化合物名のつけられたベンジジン転位や、発見者にちなんだベックマン転位、クライゼン転位など数多くの転位が知られている。転位の出発物と生成物とが異性体の関係にあれば異性化反応という。なお、ワルデン反転のようなものも転位の一つの場合である。

[湯川泰秀]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「転位」の意味・わかりやすい解説

転位
てんい
dislocation

(1) ディスロケーションともいう。線状の格子欠陥の1種。結晶がある格子面上を部分的に滑ったとき,滑った部分と滑らない部分との境界線に生じる原子配列の乱れ。滑った量と向きを表わすベクトル b をバーガース・ベクトルと呼ぶ。転位のまわりには b に比例し,転位線からの距離に逆比例する弾性ひずみと応力が生じる。結晶の塑性は結晶面に沿った滑り変形であるが,転位はこれを説明するために 1934年に G.I.テーラーらによって導入されたものであり,58年以降に電子顕微鏡やX 線回折投影法により直接観察された。転位と b が平行な螺旋転位,垂直な刃状転位,およびそれらの混合転位がある。 b が結晶の周期性と一致する転位を完全転位,一致しないものを部分転位という。部分転位は積層欠陥を伴う。転位の滑り運動にはパイエルス力が働くほか,転位相互間や不純物原子などとの間に力が働く。塑性変形とともに転位は増殖され,そのために動きにくくなって加工硬化が生じる。転位は結晶塑性において基本的役割を果すだけでなく,空格子点などの生成・消滅や電気伝導,結晶成長などにも大きく寄与する。 (2) 分子内転位

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化学辞典 第2版 「転位」の解説

転位
テンイ
dislocation

結晶体のなかで原子の配列が部分的に正規のものからずれている部分を欠陥とよぶが,この欠陥が線状をなしているときこれを転位という.正規の配列からのずれのベクトルをバーガースベクトルとよび,これは転位の大きさと性質を表す.バーガースベクトルが欠陥線(転位線)と直角のとき,この転位を刃状転位,平行のとき,らせん転位という.結晶中ではこれらの中間の状態にあり,刃状成分とらせん成分をもつ.結晶のほとんどすべての塑性変形が転位の移動の結果であり,転位を用いることで変形抵抗,変形能,加工硬化などを理論的に検討できる.転位の濃度は単位体積中の延べ長さで表すが,金属結晶の場合,溶解凝固時からかなりの量が発生し,焼なましによって減少する.しかし,なお 10-6 cm cm-3 の転位が残る.結晶に応力が加わると転位の移動が起こるが,同時にフランクリードの機構などにより 1013 cm cm-3 まで増殖する.刃状転位は特定すべり面中のみを移動できるのに対して,らせん転位にはこのような制約はない.しかし,ほかの転位と交差すると刃状部分ができ,そのバーガースベクトルの関係により動きにくくなる.転位の移動は完全結晶のすべりよりはるかに容易であるため,転位のない(正確には可動転位のない)物質は非常に強いはずである.事実,ひげ結晶はこのような材料で,非常に細かい結晶を注意深く調整することにより可動転位をなくしているが,Cuでは3000倍近い降伏強さの上昇がみられる.

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百科事典マイペディア 「転位」の意味・わかりやすい解説

転位(結晶)【てんい】

ディスロケーション。結晶における格子欠陥の一種で,結晶の一部を一定方向にすべらせた場合に生ずる原子配列のゆがみ。すべった部分の輪郭を転位線というが,すべりの方向に垂直な転位線の部分では原子配列のゆがみは刃状転位,すべりの方向に平行な転位線の部分ではらせん転位,その他の部分では両者のゆがみが重なる(混合転位)。転位は結晶の種々の物理的性質に影響を与える。たとえば結晶は結晶面上に成長層が渦巻状に二次元的に成長するが,その原因はらせん転位にある。
→関連項目金属組織学金属物理学

転位(化学)【てんい】

分子内で原子または原子団がその結合位置を変える反応。たとえばシス‐トランス転位,ベンジジン転位など。転位には純粋に1分子内で移動の起こる分子内転位と,実際には2分子間で,または反応試薬が介在して起こる分子間転位とがある。(図1)(図2)

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世界大百科事典(旧版)内の転位の言及

【歯車】より

…また歯の全歯たけをもつ転造工具を利用して,塑性加工により,押しながら回転して作り出す方法,さらに特殊加工法として,金型を用いて鍛造により作り出す方法などもある。歯切盤
[転位]
 前述したようにインボリュート歯車は現在もっとも多く用いられているが,その理由の一つとして,転位という方法を採用することによって同一の工具で種々の歯形を切り出せることがあげられる。ふつうのインボリュート歯車の歯切りは,図8-aのように,ラックカッターの中心線(基準ピッチ線)が切削されるべき歯車のピッチ円に接するようにして行われ,このようにして作られる歯車は標準歯車と呼ばれる。…

【加工硬化】より

…これを加工硬化,もしくはひずみ硬化という。塑性変形を支配する因子には材料中の転位の運動,双晶変形,すべり変形が挙げられるが,加工硬化には転位が大きく関与する。すなわち,塑性変形に伴い転位が増殖され,それが不均一な分布となり,互いにもつれ合うことで運動する転位に対する障害となり,それ以上の転位の運動が抑制されるために変形抵抗が増す。…

【格子欠陥】より

…格子欠陥には点状,線状,面状のものがある。点状の欠陥としては,本来の原子の種類と異なる不純物原子の存在,正規の格子点から原子が抜けてしまっている空格子点,正規の格子点でない位置に原子が入り込んだ格子間原子があり,線状の欠陥としては塑性変形に関与する転位がある。また,面状の格子欠陥としては,多結晶の粒界,結晶面の積重なり方の欠陥などがある。…

【塑性】より

…これが永久変形を安定化する理由である。 面のずれは,一つの面に沿っていっせいに起きるのではなく,転位と呼ばれる格子欠陥の動きに伴って,順繰りに起きる。転位は動きやすく,また,動きながら自己増殖をするので,塑性変形の過程で,結晶中の転位の数は急激に増加する。…

※「転位」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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