俗信のうち、社会生活に実害を及ぼし、道徳に反するようなものを、常識的にいう。superstitionの訳語。一般には、〔1〕間違って信じられていること、〔2〕人を迷いに導く信仰、以上のように理解されることが多いが、〔1〕では意味が広すぎるし、〔2〕も明確でない。つまり信仰は、わが神がもっとも尊く、わが信仰がもっとも正しいと、それぞれに信じるものであり、どの信仰が正しいという基準が明確でない。しかも信仰は科学の下位概念ではないから、科学によって正邪を判定すべきものでもない。そのうえに迷信の語は、ことば自体に「間違いである」という価値判断を伴っており、学術用語としての概念規定が困難である。そのため新たに俗信という語を採用し、討論を経て概念規定を明確にしようとしている。
俗信の起源については、信仰が零落し、その破片などが誤解されたものだという説がある。現在、迷信とよばれているもののなかには、信仰の零落や誤解も混入しているが、すべてがそうだとはいえない。もし俗信が信仰の零落したものであるとすると、まず信仰、次に俗信、という時間系列がなければならず、信仰のない段階で俗信はありえないことになろう。ところが実際には、信仰や宗教が発達していない低開発社会にも俗信は存在する。したがって信仰と俗信とは、時間的な先後関係をもつと考えるよりは、共存・併存するものと考えるほうが、より真実に近いと思われる。
俗信の発生も自然観照のなかに求めるべきである。観照とは、物事を十分に観察し、その本質を見極めようとすること。自然の神秘に触れ、自己の内面に働きかけようとするところに信仰が生じ、自然の神秘に感動すれば芸術となり、因果関係を追及しようとしたのが俗信である。そのうち因果関係の証明できるものは科学として独立し、あとに取り残されたものは、因果関係の証明が困難なものばかりになった。しかし俗信は、初めから不合理・非科学を求めたのではない。因果関係を証明するに際して、あまりに直観・連想に頼りすぎ、また統計処理の方法が拙劣であったためである。たとえば「カラス鳴きが悪いと、人が死ぬ」という予兆(よちょう)の場合、カラスの鳴き声が異常だということが原因で、人が死ぬという結果をもたらしたのではなくて、カラスの鳴き声から、墓場の供物に群がるカラスを連想し、直観的に葬式=死と結び付けたのである。「ご飯を食べてすぐ横になると、牛(犬)になる」という禁忌(きんき)も、牛や犬が餌(えさ)を食べたあと、すぐ横になるのを連想したにすぎない。しかし「夕焼けがあると、次の日は晴れる」という予兆のなかには、一部の真実が含まれているし、民間療法や民間薬のなかにも、現代科学で成分を分析するなどして、見直されているものもある。因果関係の証明できるものは、みな科学として独立していったが、少しは見残しがあったということになろう。
現在、常識的に迷信とされているもののなかには、日時・方角などに関する吉凶、種々の占いや祈祷(きとう)の類のように、気にする人だけが気にするもののほか、憑(つ)き物という現象がある。狐(きつね)憑き、犬神(いぬがみ)憑きなど動物霊ののりうつるとされるものが多く、それを落とすための松葉いぶしや叩(たた)き出しの呪法(じゅほう)によって、生命を失う例さえある。また憑き物が家系を伝わるという迷信は、社会的緊張をもたらし差別の原因にもなっている。
[井之口章次]
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…このような現代科学の基準からみても合理性,科学的妥当性をもつ俗信と,いかなる観点からみても,それらをもたない俗信とがある。われわれはその後者を,とくに〈迷信〉と呼び,〈俗信〉と〈迷信〉を区別して用いている。俗信,迷信の中にはその起源・由来などが明確でないものが多い。…
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