1.遊び反復説recapitulation theory of play,または先祖返り説atavistic theory of play ダーウィンの進化論を継承したヘッケルHaeckel,E.の「個体発生は系統発生を縮約して繰り返す」という反復説は遊びにも適用され,子どもや青少年の遊びの反復説が唱えられた。ホールHall,G.S.は,子どもの遊びや青年のスポーツと,過去の原始人の狩猟生活や古代人の運動競技との類似性から,遊びは子どもが人類の過去の生業や精神に先祖返りして,それを歴史的順序に沿って反復・再演するものであり,それによって子どもはそれらの段階を越えて,より高次の段階に達するという社会進化論的説を唱えた。ダーウィンが指摘したように,子どもの発達過程に動物から人間への進化の痕跡が現われることはあるが,子どもの発達が人類生活史を繰り返すという遺伝的根拠はない。ローレンツの幼形成熟説のように,人類は過去のおとなの形質の発達をむしろ抑制して,子どもの形質をおとなになっても残存させる方向に進化したと考えられるので,過去のおとなの形質を反復して,それを越える方向に進化したという遊びの反復説は当たらない。
2.遊び準備説preparation theory of play,または練習説practice or exercise theory of play グロースは,系統発生における子どもの期間の延長と子どもの遊びとの関連に注目し,動物や人間の子どもに遊びが存在するのは,遊びになんらかの進化上の適応価や生存価があるからだと考えた。進化上高等な動物とくに人間は,生存競争のためにあらかじめ備わった遺伝的本能が他の動物よりむしろ不完全な状態で生まれ,生存に必要な現実適応行動の機能が,親の保護・養育のもとにある子どもの時期に早熟的に現われ,遊びとして事前行使(練習)され,それによって不完全な本能が完成され,おとなの実際的生活を準備するのだと主張した。この説は,人間の本能が不完全であるとしながらも遊びの本能を前提にしており,目的論的だと批判されたが,遊びによる学習や遊びの教育的効用を主張する現代の諸説に受け継がれている。
3.遊びの精神分析学説psychoanalytic theory of play フロイトFreud,S.に始まる精神分析学では,子どもの遊びはおとなの夢や連想と同様に,抑圧された無意識の欲動や願望が象徴的に表出されたものとみなされる。それだけでなく,自我が傷ついた不快な心的外傷trauma体験を子どもが遊びの中で再生・反復することがあるのは,受動的に被った体験を逆に能動的に反復することで,自我がそれを支配し同化して解消するのだと説明される。遊びには,代償や補償,除反応,投射,取り入れ,同一化などの自我防衛の心的機制が働く。この考えは,子どもの遊戯療法play therapyに発展した。
4.遊びの同化説assimilation theory of play ピアジェPiaget,J.は遊びを現実適応的知能の発達の中に位置づけ,基本的な生物的機能である同化と調節が均衡化されたものが知能行動であり,遊びは同化が調節に対して優位になり不均衡になった行動,一方,模倣imitationは調節が同化より優位になった行動であると言う。遊びは現実適応行動から分化して生まれ,その行為が現実的必要のためではなく,単なる同化の喜びのために再生・反復されたものであるとされる。これは,グロースの言うような現実適応行動に先立つ事前行使としての練習pre-exerciseとは逆に,遊びは発達的には,現実適応行動の後にそれ自体の楽しみで反復する事後行使post-exerciseであるという説である。乳児期の哺乳行動から生まれる空吸いや指しゃぶり,妨害物を避けて対象物を取る行為の事後反復などがその例である。
ピアジェに先立ってビューラーは,夫であるビューラーBuehler,K.の言う生物学的な機能を駆使する喜びとしての機能の快pleasure of function,Funktionslustによる機能遊びfunctional play,現実を離れた想像による虚構遊びfictive play,砂や積み木のような素材玩具で何かを制作する構成遊びの発達段階を説いた。ピアジェはそれを,感覚運動期(乳児期)の機能行使の遊びplay of exerciseまたは感覚運動的遊びsensorimotor play,前操作期(幼児期)の象徴遊びsymbolic play,具体的操作期(児童期)の規則遊びrule playの発達段階に再編成し,構成遊びは,現実を離れた象徴遊びが再び現実の適応的知能行動に復帰する過程の過渡的行動とした。感覚運動的遊び,象徴遊び,規則遊びの各段階はさらに,知能の各発達段階に対応させて詳細に段階分けされ,その後の遊び発達研究の準拠枠となった。 →発生的認識論 →防衛機制 →幼児期
〔矢野 喜夫〕