過敏性腸症候群(読み)カビンセイチョウショウコウグン

デジタル大辞泉 「過敏性腸症候群」の意味・読み・例文・類語

かびんせいちょう‐しょうこうぐん〔クワビンセイチヤウシヤウコウグン〕【過敏性腸症候群】

精神的ストレスなどによって腸の機能が異常になり、下痢げり・便秘・腹痛などが慢性的にみられる状態。治療は食事と生活習慣の改善を主に、薬物療法もある。以前は大腸の異常によるものと考えられ「過敏性大腸症候群)」とも呼ばれた。IBS(irritable bowel syndrome)。

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内科学 第10版 「過敏性腸症候群」の解説

過敏性腸症候群(腸疾患)

概念
 過敏性腸症候群とは,通常の臨床検査では器質的疾患を欠くにもかかわらず,腹痛と便通異常が慢性に持続する状態である.同様に,器質的疾患を欠くが消化器症状が慢性に持続する疾患群を機能性消化管障害(functional gastrointestinal disorders:FGIDs)とよぶ(表8-5-20,Drossman,2006).IBSはFGIDsの原型である.IBSは主要文明国の人口の約10~15%と高頻度であり,女性に多い.IBSは良性疾患であるが,生活の質(QOL)を障害する.このため,IBSの症状を有しかつQOL低下に苦痛を感じる者が病院を受診する.
IBSには日常臨床でしばしば遭遇し,適切なケアを必要とする.
病態
 IBSの発生機序は不明である.しかし,症状が心理社会的ストレスによって発症・増悪する側面(心身症)をもつ.IBSの病態は,①消化管運動異常,②消化管知覚過敏,③心理的異常の3つからなる.消化管運動異常はストレスや食物摂取などの刺激に対する大腸・小腸の運動亢進である. 消化管知覚過敏は,大腸にポリエチレンバッグを入れ,バロスタットという機器でその圧力を上昇させたときに,健常者より低圧で腹痛を自覚するものである.大腸を刺激したときの脳画像では健常者よりも大脳辺縁系の局所脳血流量増加が大きい.心理的異常は抑うつ,不安,身体化が多い.IBSは感染性腸炎が回復した後に罹患することがあり,これを感染性腸炎後IBSという. IBSの大腸粘膜には肥満細胞増加などの免疫賦活化状態がある.IBSには弱いながら遺伝性があり,二卵性双生児よりも一卵性双生児の罹患一致率が高い.IBSの病態に関連する物質として,5-ヒドロキシトリプタミン5-HTセロトニン)と副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone:CRH)が有力視されている(Fukudo,2012).これらの病態生理を一括する概念として,中枢機能と消化管機能の関連(脳腸相関)が重視されている(図8-5-29).
臨床症状
1)主要症状:
腹痛・腹部不快感と便通異常(便秘,下痢あるいはその交替)が相互に関連しあい,慢性の病像を呈する.血便,発熱,体重減少はIBSでは生じない.
2)その他の消化管症状:
腹部膨満感,ガスの増加,心窩部痛,季肋部痛,悪心,食欲不振,胸やけなどが多い.
3)消化管以外の身体症状:
頭痛,頭重感,顎関節痛,めまい,動悸,頻尿,月経障害,筋痛,四肢末端の冷感,易疲労感をきたすことがある.
4)心理的異常:
抑うつ感,不安感,緊張感,不眠,焦燥感,意欲低下,心気傾向をしばしば認める.
身体所見
 触診にて下腹部,特に左下腹部の圧痛を示す症例が多い.腹部聴診では腸雑音の亢進がまれならず認められる.
診断
 器質的疾患,おもに大腸癌と炎症性腸疾患の除外が重要である.検査の組み合わせは症例にもよるが,血液生化学検査,末梢血球数,炎症反応,尿一般検査,便潜血検査,大腸造影検査もしくは大腸内視鏡検査を要する例が多い.これらの検査所見はいずれも正常である.そのうえで症状がRomeⅢ診断基準を満たすことが必要である(表8-5-21〜8-5-22,図8-5-30,8-5-31,Longstrethら,2006).IBSの診断基準を満たさない下部消化管のFGIDsは機能性便秘,機能性下痢,機能性膨満,非特異機能性腸障害,機能性腹痛症候群のいずれかである.鑑別が必要な消化器疾患として乳糖不耐症,microscopic colitis,慢性特発性偽性腸閉塞,colonic inertiaなどがあげられる.また,IBSと高率に合併する病態に機能性ディスペプシア(functional dyspepsia),胃食道逆流症,機能性直腸肛門痛,線維筋痛症,顎関節症,うつ病,不安障害がある.
治療
 医師が患者の苦痛を傾聴し,受容することが基本になる.通常の臨床検査で異常がなくとも特殊な検査を行えば脳腸相関の異常が検出されることを念頭におき,患者の症状に関心を示す必要がある.そのうえで,病態生理を患者が理解しやすい言葉で説明する.偏食,食事量のアンバランス,夜食,睡眠不足,心理社会的ストレスはIBSの増悪因子であり,除去・調整を勧める.これらを行ったうえで,薬物療法をまず行う.薬物としては消化管運動の調整のために消化管運動調節薬もしくは抗コリン薬,消化管腔内環境調整のために高分子重合体や乳酸菌製剤,消化管知覚過敏とストレス感受性改善のために抗うつ薬を用いる.下痢型IBSの男性に対しては5-HT3受容体拮抗薬ラモセトロンを用いる.便秘型IBSならびに機能性便秘に対してはクロライドチャネル-2賦活薬ルビプロストンが用いられる.アントラキノン系下剤の長期投与は,大腸黒皮症,大腸運動異常,下剤への依存などを招きやすいので,IBS患者には行うべきでない.薬物療法が無効なときには心身医学的治療を行う.心身医学的治療には,簡易精神療法,認知行動療法,自律訓練法,催眠療法絶食療法などがある.[福土 審]
■文献
Drossman DA: The functional gastrointestinal disorders and the Rome III process. Gastroenterology, 130: 1377-1390, 2006.
Fukudo S: Hypothalamic-pituitary-adrenal axis in gastrointestinal physiology. In: Physiology of the Gastrointestinal Tract, 5th ed (Johnson L ed), pp795-815, Elsevier, Oxford, 2012.
Longstreth GF, Thompson WG, et al: Functional bowel disorders. Gastroenterology, 130: 1480-1491, 2006.

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家庭医学館 「過敏性腸症候群」の解説

かびんせいちょうしょうこうぐん【過敏性腸症候群 Irritable Bowel Syndrome】

◎症状は大腸(だいちょう)だけにかぎらない
[どんな病気か]
 精神的ストレスなどによって、腸管の運動亢進(うんどうこうしん)や分泌(ぶんぴつ)亢進がおこり、下痢(げり)や便秘、腹部膨満などの便通異常と腹痛が、慢性的に生じる症候群です。
 以前は、過敏性大腸あるいは過敏性大腸症候群と呼ばれていましたが、大腸だけに障害がおこる病気ではなく、消化管全体に機能障害をともなう病気であるため、現在は過敏性腸症候群と呼ばれています。
 腸の症状を訴えて受診する人の20~70%を占める、頻度の高い腸疾患です。
 便通の状態により、大きく便秘型、下痢型、下痢と便秘をくり返す交互型の3つに分類されます。
 男女比は1対1.6で、やや女性に多く、男性では下痢型、女性では便秘型が目立ちます。
◎心理的ストレスも誘因に
[原因]
 明らかではありませんが、消化管運動や内臓知覚の異常、心理的ストレスに対する腸管の過敏反応、消化管ホルモンなどによる消化管の刺激、および食物アレルギーなどの免疫異常などが、原因として推定されています。
[検査と診断]
 診断は器質的疾患(大腸がん大腸憩室症(だいちょうけいしつしょう)、虚血性(きょけつせい)大腸炎、潰瘍性(かいようせい)大腸炎、クローン病など)を除外してゆく除外診断が行なわれます。
 排便によって腹痛が改善することや、食後に症状が悪化すること、また、心理的ストレスや環境の変化など、症状の誘因となる心因的背景があったりすることが診断の助けになります。
 また、幼少時からよく腹痛をおこしたり、症状が朝に多く、週末には改善するなどの変動の存在も診断に役立ちます。
◎心身ともにリラックスする
[治療]
 特別な治療法はなく、対症療法が中心となります。治療の目標としては症状の消失も大事ですが、日常生活のなかで症状をコントロールすることが必要となります。それには消化管運動機能調整薬や抗コリン薬、抗不安薬などの薬物治療のほか、日常生活についての指導、心身医学的治療も重要です。
[日常生活の注意]
 ライフスタイルのゆがみや生活環境の変化が原因になることもあります。暴飲暴食を避け、規則正しい生活と排便習慣をつけることが大事です。また、症状を悪化させる食品(コーヒー、香辛料(こうしんりょう)など)の摂取は控えましょう。
 下痢型の人は牛乳や冷たい飲み物、食物繊維を控え、便秘型の人は食物繊維の摂取を心がけることも重要です。ただし、あまり神経質になることはよくありません。過労を避け、適度な運動、睡眠、休養をとり、心身ともにリラックスすることです。

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食の医学館 「過敏性腸症候群」の解説

かびんせいちょうしょうこうぐん【過敏性腸症候群】

《どんな病気か?》


 過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん)は、精神的なストレスなどによって、腸が正常に働かなくなり、下痢(げり)や便秘(べんぴ)、膨満感などの症状と腹痛が慢性的に起こる病気です。

《関連する食品》


〈水溶性食物繊維はこんにゃく、寒天、リンゴ、バナナに多い〉
○栄養成分としての働きから
 この病気には、水溶性食物繊維、ビタミンC、カルシウムが有効です。
 食物繊維には、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の2種類があり、不溶性食物繊維は腸壁(ちょうへき)を刺激するので、便秘の場合には有効ですが、下痢には向きません。
 その点、水溶性食物繊維なら、水を含んでゲル状になり、過敏な腸壁をまもりながら食物のかすを掃除してくれる働きがあるので、下痢にも便秘にも効果があります。水溶性食物繊維は、こんにゃく、寒天、リンゴ、バナナといったくだものやサツマイモなどに多く含まれています。
 一方、原因となるストレスに効果的なのがビタミンCです。人間の体は、ストレスが生じると、抗ストレスホルモンを分泌(ぶんぴつ)して対抗するようにできていますが、ビタミンCはこのホルモンの生成に働くのです。
 ただし、ビタミンCには下剤としての作用もあるため、下痢型の人はとりすぎないようにしてください。ビタミンCは、イチゴなどのくだもの、ブロッコリー、ナノハナなどの野菜に多く含まれています。
 また、カルシウムには精神を安定させる働きがあります。牛乳、ヨーグルト、ワカサギ、イワシなども積極的にとるようにしましょう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群
かびんせいちょうしょうこうぐん
Irritable Bowel Syndrome

下痢と便秘が交替性にみられる便通異常が持続し、腹痛を主とする種々の不定愁訴がありながら、それが説明できる器質的病変が腸管の内外にないものをいう。略称IBS。過敏性大腸症候群とよばれていたが、腸全体の機能異常であることから過敏性腸症候群とよばれるようになった。患者は3か月以上の長期にわたって症状を訴えるが、大腸X線検査など多くのどの検査結果も正常であり、わずかに腸管、とくに大腸に運動と分泌の亢進(こうしん)がみられる。大腸の動きが活発となり、粘液も多く分泌され、そのために腹痛があり、下痢や便秘もおこる。下痢は水様性か軟便であるが、便秘は兎糞(とふん)状のことが多い。症状が長期に及んでも、血便となったり、体が消耗することはない。原因は心理・社会的因子(ストレス)によることが多く、心身医学分野の病気でもある。治療法として抗コリン剤や精神安定剤などの薬物療法に加え、難治例では心理療法が行われる。

[吉田 豊]

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百科事典マイペディア 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群【かびんせいちょうしょうこうぐん】

腸管の緊張や分泌が亢進して,下痢や便秘,腹痛など,さまざまな胃腸症状を呈する疾患。神経質な性格傾向や自律神経系の不安定さが背景にあり,暴飲暴食,不規則な食事時間,過労のほか,心理的なストレスが引き金となって起こる。消化管症状の半数以上はこの病気ではないかとされている。消化管症状のほか,頭痛,めまい,動悸,発汗,不眠,集中力低下,不安感などの自律神経失調症状や神経症状を伴うこともある。食事療法と,腸の働きを調整する薬や精神安定薬による対症療法のほか,慢性的な場合は精神療法が必要。
→関連項目心身症

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群
かびんせいちょうしょうこうぐん
irritable bowel syndrome

腹部不快感とそれに続く痛み,下痢から便秘までの排便異常,細い便の排出などの症状を示す腸管の機能異常症。消化器心身症の代表的なもので,以前は大腸の機能異常だけに注目して過敏性大腸症候群と称した。病歴は長いが,腸の炎症や潰瘍,出血といった器質的障害はなく,環境または精神的ストレスの多い時期に症状が悪化する。医師は患者との信頼関係を保ち,精神療法のほか自律訓練法,食餌療法や鎮痛剤,鎮静剤,漢方製剤などの投与を行う。

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