改訂新版 世界大百科事典 「道徳感情論」の意味・わかりやすい解説
道徳感情論 (どうとくかんじょうろん)
The Theory of Moral Sentiments
A.スミスがグラスゴー大学の道徳哲学教授のとき,36歳で出版した処女作。1759年刊。《道徳情操論》ともいう。人間の心理のなかで,人間どうしの社会的な交わりによって生ずる感情,性向などをとりあげ,道徳的適正感,功績と罪過の感覚,是認と否認に関する判断力と義務の感覚,有徳の性格などについて論じている。そして,さまざまな感情が個人にどう働きかけ,彼を調和ある社会集団の一員とするのかという問題を考えた。その際〈見物人spectators〉という概念を導入して,まず外部にいる現実の〈見物人〉が個人の行動に影響を与えること,次に内なる〈見物人〉が実際の外部の〈見物人〉の反応を予測すること,そして自分自身の中の〈公平無私なる見物人〉が良心に従った道徳的判断を選ばせること,などを説明する。このような心理過程を〈同感〉という概念で特徴づけ,それが安定的な社会集団の生成と維持にとって欠かせないものだと論じている。後に出版される有名な《国富論》とこの《道徳感情論》との間に,スミスの社会哲学上の大きな転換があったかどうかについての論争もある。《国富論》は経済社会全体の組織的・機構的解明を主題としており,倫理学的色彩の強い《道徳感情論》とはおのずと強調点が異なっているのはいうまでもない。邦訳は米林富男訳が1969-70年に刊行されている。
執筆者:猪木 武徳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報