刑事裁判において,犯罪事実の存在が認められて有罪の判決が下される場合には,刑の言渡しがなされる。すなわち,裁判所は,事実認定の作業を進めて犯罪の証明があったと判断すると,次いで宣告すべき刑を量定することになる。これを略して量刑と呼ぶ。刑事裁判官の使命は,このように,事実認定と量刑という二つに大別されるわけであるが,公判の審理を受ける被告人のほぼ8割が罪を認めている(自白している)といわれる日本の現状では,公判手続において量刑のもつ意味はきわめて大きい。なお付言すれば,被告人が事実関係を争う場合であっても,それは裁判所の判断をできるだけ有利な量刑に導こうとするねらいをもっていることも少なくない。
実際の量刑判断の手順をみると,まず,各法条に規定されている刑(法定刑という。死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留,科料の6種のほか,付加刑たる没収がある)が一種であれば問題ないが,複数の刑種が選択的に規定されている(ときには併科規定もある)場合には,そのどれかが選択される。次いで,(1)再犯加重,(2)法律上の減軽,(3)併合罪加重,(4)酌量減軽の順によって加重減軽がほどこされる(刑法72条)。
(1)再犯加重とは(3犯以上の場合にも同じ--総称して累犯という),前に懲役に処せられた者が,その執行を終わりまたは執行の免除を受けた日から5年内に,さらに罪を犯して有期懲役に処すべき場合,長期が2倍となることをいう(56条以下)。(2)法律上の減軽は,過剰防衛(36条2項),未遂(43条),あるいは犯人が自首をした場合(42条)などに認められる(複数の事由があっても,法律上の減軽としては一括される)。この減軽により,死刑を無期または10年以上の懲役もしくは禁錮に,無期の懲役・禁錮を7年以上の有期の懲役・禁錮にするほか,刑期や金額を2分の1とするなどの措置がとられる(68条)。なお,減軽にとどまらず,刑を免除できる,あるいは免除すべきことが定められている場合もある(放火予備の自首(113条)など)。(3)確定裁判を経ていない数罪は併合罪として一括処理され,有期の懲役・禁錮については最も重い罪の刑の長期を1.5倍にしたものを長期とし(ただし,各長期を合算したものを超えることはできない),罰金については上限額を合算するなどの取扱いがなされる(45条以下)。(4)酌量減軽とは,文字どおり犯罪の情状に酌(く)むべきところがある場合に,裁判所の裁量によって行われるものである。法律上の減軽がなされても,重ねてこの酌量減軽をすることができる(66条,67条)。
以上のようにして処断刑が決まる。死刑または無期の懲役・禁錮であれば,その処断刑がそのまま宣告刑となるが,ほとんどの場合に処断刑は幅のあるものであって,その枠内で刑期や金額を決定することになる。懲役・禁錮は原則として定期刑(例外として少年法52条が不定期刑を定めている),罰金・科料はすべて定額刑である。なお,罰金・科料については,被告人の経済状態に応じて金額を決定するほうが合理的ではないか,という議論がなされている。たとえば,ドイツにみられるように,被告人ごとに日額を定め,責任の程度に応じて日数を決めるという方法である。しかし,日本では,今のところその制度化への動きはない。
このようにして宣告刑が決められるが,その執行が猶予されることもある(執行猶予)。すなわち,一定の要件のもとで,3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金という刑が宣告されるとき,情状によって1年以上5年以下の期間内でその執行を猶予することができる(その期間中,保護観察に付されることもある)。執行猶予の言渡しを取り消されることなくその期間を経過すると,刑の言渡しはその効力を失うことになる。
上に述べた量刑の過程で,裁判所には多種多様な判断が求められる。しかしその基準について法律は多くを語らず,判断の指針はほとんどなきに等しい。その判断は,一方において刑罰理論に裏打ちされつつ,他方では裁判官の経験と職業意識,そして人間性に支えられたものといえよう。むろん裁判官により,また地域によってあまりにまちまちな判断が下されるのは望ましいことではない。その点で,全国的に一体の組織の下にある検察官が求刑意見を述べるということは,事実上,大きな意味をもつことと思われる(論告・求刑)。
量刑判断の資料として〈情状〉ということばが使われる。これには,犯罪事実に関するもの(犯情)とそれ以外のもの(狭義の情状)がある。前者に属するものとして,動機,犯行の手段・方法,結果の程度,被害者側の事情,犯行後の情況,社会的影響などが挙げられる。後者には,被告人の年齢,性格,前科前歴,家庭環境,生活状況などの人的要因とともに,謝罪や被害弁償,示談の成否なども含まれる。
具体的な量刑に際しては,被告人の更生を図るという視点に立つか,被害感情を重視するか,あるいはまたときどきの社会風潮に対する警鐘の意味を込めて判断するか等々,さまざまな考慮がはたらく。そこでは,法理論的な思索だけではなく,刑事政策的な配慮や社会学的な考察が要求されるといえよう。
なお,公判廷での被告人の態度を量刑の資料としてよいかどうか問題となる。頑強に否認する者もいれば,素直に自白している者もいる。被告人には黙秘権が認められているのであるから,自白しないこと自体をもって不利益に取り扱うことは,むろん,許されない。他方では,しかし,自白が悔悟・反省の念から出ているものとすれば,いわゆる改悛の情ありとして,被告人に有利な心証をとることはできよう。
→刑罰
執筆者:米山 耕二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
広義では、裁判官が法定刑から刑の加重事由(累犯・併合罪)、減軽事由(未遂・自首・酌量減軽など)を考慮して処断刑を導き、さらにその範囲で被告人に科すべき宣告刑を引き出す過程全体(刑の適用)をいい、狭義では、当該事件に適用すべき刑種の刑量を決定すること(刑の量定)をいう。刑の量定は裁判官の自由裁量に任されている。日本の刑法典は法定刑の幅が広く、それだけ自由裁量の幅も広い。いわゆる量刑相場が事実上存在するが、刑法典には刑の量定の基準は示されていない。ただ現実には、刑事訴訟法第248条の起訴・不起訴の判断基準が参考にされている。この点、改正刑法草案は、「刑の適用にあたっては、犯人の年齢、性格、経歴及び環境、犯罪の動機、方法、結果及び社会的影響、犯罪後における犯人の態度その他の事情を考慮し、犯罪の抑制及び犯人の改善更生に役立つことを目的としなければならない」(48条2項)という規定を設けた。しかし、これらの基準について判断するためには、裁判官が公判廷で得た知識だけでは十分でないこともあるため、判決前調査制度を設けて、そこで作成された調査資料を裁判官の刑の量定に反映させるべきだという意見もあり、諸外国ではすでにこの制度を採用しているところもある。なお、最近は刑の緩和傾向が著しく、宣告刑は法定刑の下限近くに集中し、下限を下回ることもまれではないというのが実情である。
[須々木主一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 訴追され,公判請求された事件(《検察統計年報》によれば,1996年の検察庁終局処理人員のうち,公判請求は4.7%であり,略式命令請求が49.2%を占めている)については,公判廷による証拠調べ等をへて,事実の認定および刑の量定が行われる。量刑については,日本の刑法の規定する法定刑はきわめて幅の広いものとなっているが,それにもかかわらず,裁判官の均質性,安定した求刑基準に基づく検察官による求刑などから,量刑は安定しており,裁判官の間でのばらつきは深刻な問題とはなっていない。 刑の宣告の関係で問題となるのが,刑の猶予の制度である。…
…この事実をめぐり,検察官が立証(攻撃)をし,被告人・弁護人がそれに対する反証(防御)をしていく。なお,一般に,犯罪事実の存否に関する審理と情状に関する審理は段階的にくぎって進められている(事実認定,量刑)。物的証拠のうち,証拠書類は朗読により,証拠物は展示することにより,それぞれ取り調べる。…
※「量刑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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