中国の殷・周時代を中心として使用された青銅利器で,斧の類の大型のものをいう。《説文(せつもん)》では〈戉〉字を使っている。現在,実物として存在するのは殷時代後期のもので,刃の幅が約30cmあり,刃と平行に柄をつける。周の武王が牧野(ぼくや)で殷の紂王(ちゆうおう)を討ったときに,左手に黄鉞を杖としていたという伝説に象徴されるごとく,鉞は王が正義をとり行う具と考えられ,刑罰において使用されたもので,鉞による斬首をかたどる図象文字が殷時代にある。《後漢書》輿服志によれば,漢時代では天子の車馬行列に黄鉞車,県令以上の役人の車馬行列には斧車を加えていることが知られるが,これは殷時代の観念がのこり,漢時代でも刑罰をとり行う大型の斧を鉞とよんでいたことを示している。殷時代後期・西周時代の遺物の中には鉄刃銅鉞といわれる,刃のところが隕鉄(いんてつ)を利用してつくられたものがみられる。鉞よりやや小さい斧は戚(せき)とよばれ,舞に使用されるが,武器としても使用されたらしい。
執筆者:杉本 憲司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…斧の刃を白く刃幹を黒く描くか,そのようにぬいとりした布を黼(ふ)といい,これを天子の礼服に用い,また天子はこの布をはった屛風を背にして南面して諸侯に対した。斧の大きいものを鉞(えつ)といい,天子が将軍に征討を命ずるときそのしるしとして授けた。天子が自ら征討に赴くときは,黄金で飾ったいわゆる黄鉞を用いた(《史記》周本紀など)。…
… 石製闘斧以後も,ヨーロッパでは実用または儀仗用の,青銅あるいは鉄製の闘斧の製作使用が続けられ,中世フランク族の用いた鉄製闘斧フランシスクfransiskに連なり,さらには闘斧と槍先とが結合した形状をとる武器アラバルダalabardaは,ローマ教皇の護衛兵の儀器として現在も使われている。これら西方の闘斧に対して,中国には鉞(えつ)がある。殷・周時代ではおもに青銅製で,武器または斬首用具として発達し,しだいに装飾を加え,王の親征または出陣を象徴する儀器と化し,漢代以後は衰退する。…
…ただ,斧も斤も,武器として使用されたもののほか,工具や農具として使われたものもあった。鉞(えつ)は〈まさかり〉で,同じ形の小型のものが斧,大型のものが鉞と呼ばれた。鉞の中には高さ34cm,重さ6kg近いものがあって,実際これを戦場で振り回して闘うことは不可能であり,文献によって知られるように斬首や腰斬など刑罰の執行に使用されたものである。…
※「鉞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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