階級に関する諸学説のうち,多元的指標を用い階級分析に対して数量的アプローチをとる人々が,しだいに階級social classという語よりも階層social stratification(この用語はP.A.ソローキンがその著《社会移動論》(1927)で初めて使った)という語を多用するようになったことによって,階層研究と呼ばれる分野が形成されるようになった。したがって階層論は階級論の一形態であり,階級以外に特別に階層という研究対象があると考えるのは適切でない。階級も階層も,ともに人間社会の不平等現象に関する概念化である点で変りはない。
社会階層とは,全体社会もしくは部分社会において,社会的資源ならびにその獲得機会が,人々のあいだに不平等に分配されている社会構造状態である。この定義で社会的資源といいあらわされているものは,物的資源を表示する通常の資源概念よりもはるかに広く,個人にとって欲求充足の源泉となり,社会システムにとって機能的必要をみたす源泉となる,物的対象(物財)・関係的対象(関係財)・文化的対象(文化財)を総称する。これらをさらに,その資源の用途が用具(将来の欲求充足のための手段)であるか,それとも報酬(直接的な欲求充足の対象)であるかによって区分することにより,表のような社会的資源の分類表を得る。社会的資源はだれによっても望まれるものだから,その需要は大きくて供給は相対的に稀少であり,したがってその分配をめぐって競争や闘争の社会関係を生じ,そして結果としての分配は不平等となる。とりわけ勢力と威信のような関係財は,不平等分配であることにその固有の性質があることが注意されねばならない。
社会的諸資源の分配の量が,すなわち階層的地位の指標である。具体的にいえば,所得が多いか少ないか,財産がどの程度あるか,権力(制度化された勢力)をどのくらいもっているか,職業的威信の高さはどのくらいか,知識や教養をどの程度もっているか,というようなことがそれである。これらは量的な問題であるから,階層的地位区分は数量的変数によってなされることが多い。このことはデータ処理すなわち統計分析にとって有利である反面,地位区分を常に程度の問題に帰着させるので,社会階層分析に名目論的な性格を与える。すなわち,階層区分が上層,中流の上,中流の下というような相対的に境界のあいまいな名目的なきざみ方にとどまりやすい。しかし,このことは身分原理が撤廃され,業績原理が支配している近代産業社会の特性の反映でもある。
社会的資源が複数個あり,したがって階層的地位の指標が複数個あることから,たとえば教育水準は高いが所得は低い,あるいは威信は高いが権力はない,というような複数指標間のくいちがいの問題が生ずる。この問題は〈地位の非一貫性status inconsistency〉と呼ばれ,階層分析における重要課題の一つになっている。
全体社会の階層構造は一般にピラミッド型をなしていると考えられやすいが,日本を含む先進諸国の階層構造は中間層がふくらみ,底辺部分は逆にすぼまった形をとっている。これは,所得が平準化し,教育が普及し,非熟練職種や汚れ仕事がしだいに機械によっておきかえられていくことの結果である。他方,低開発社会および産業化(工業化)の初期段階にある社会では,中間層が少なく,低所得者・貧困者が多く,中・高等教育が普及しておらず,また非熟練職種への労働力供給が多いので,階層構造は上方が細く下へむかって急に広がっているヒエラルヒー構造をとる。このように,階層構造の形態は産業化の達成段階と密接な関係をもっている。
また社会階層は不平等の体系であるとはいえ,先進産業社会では不平等の度合は少なくなり,加えて階層構造の流動性が高まるということが重要である。階層的地位間における人員配分の流動性,すなわち人間の動きは社会移動social mobilityと呼ばれ,両者は〈社会階層と社会移動〉というように対をなす概念として用いられる。社会的資源の分配の完全な平等,すなわち無階層社会というものは,今日の社会主義諸国を含めて実現されておらず,また完全平等の実現がはたして社会正義にかなうか否か,人々の不満をゼロにするか否かは疑問であって,必ずしも一義的にはいえないのに対して社会移動の割合が高いということは,分配そのものの平等ではないが機会の平等を保証するものであり,その意味で社会正義を実現するものとして重要性をもつ。したがって社会移動の分析,すなわち父親の階層的地位がどの程度その子どもの地位達成を制約するか(世代間移動),また最初の職業的地位がどの程度その人の一生の地位達成を制約するか(世代内移動)の分析もまた,社会階層研究の重要な課題の一つである。
→階級 →社会移動
執筆者:富永 健一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
かなり多義的な概念であって、一方ではカースト、身分、階級の上位概念として用いられ、他方では同じ地位を占有する人々のグルーピングとして用いられる。普通には、社会の重層的、段階的な構造としての社会的成層social stratificationを構成する各層を意味する。したがってそれは、社会的成層という一つの連続的全体のなかでほぼ同一の地位を占める一群の人々を他から段階的に区分して設定したもので、社会の構成または構造を内部的に明らかにしたり、各層を構成する個々人の意識や行動の特性をこれによって解釈し意味づけるために用いられる任意的カテゴリーであり、操作概念である。
階層の現象形態は多種多様であって、たとえば、農村における身分階層制は土地所有と家格に基づく上下序列であり、それぞれの階層(地主・旧家、自作農、小作農など)は固有の生活・行動様式によって差別的に評価された。大都市や全体社会の場面でも、上流、中流、下流階層というように、職業や生活程度による上下序列が大まかにではあるが存在し、あるいは意識されている。また、企業体などでは(そして労働者階級の間にも)規模別や技能別年功序列に基づく階層化(大企業・中小企業・零細企業労働者、役付き工・古参工・平工員など)が認められる。
これらの階層は、他人から与えられる社会的尊敬と他人に対して享有し要求しうる威信prestigeの格づけに基づく上下・優劣の威信序列であって、この威信の格づけ(差別的評価)は、財産、収入、生活水準などの(消費面に働く)経済的要因、宗派、家系、職業、学歴、教養などの生活様式や生活態度にかかわる社会的・文化的要因、役職、発言力、人的つながりなどの政治的要因その他のうちの一つまたはすべてに基づいて行われる。階層、つまり上下・優劣、貴賤(きせん)という威信序列の規定要因は、財産、収入、居住形態などが問題となる場合でも、純粋に経済的な要因であるよりは、むしろ社会的、文化的に焼き直された要因であり、威信序列としての階層は、生産手段の所有・非所有の別に基づき搾取・被搾取、支配・被支配の力関係を伴う階級とは本質的に区別される。
階層と階級との違いは、もちろんそれだけにとどまらない。マルクス主義の階級理論に原理的に対立するアメリカ社会学の成層理論においては、社会が分業体系である以上、いくつかの階層に社会が分化するのは歴史を越えた必然であり、また階層分化は社会が存続し統合を維持していくうえに必要不可欠の構造的・機能的要件であるとみる。階級の分裂的、解体的契機に対し、階層の統合的契機が強調される。と同時に、階層は地位や役割への社会的分化に差別的な社会的評価(格づけ)が加えられたという意味で、階級のように客観的経済構造に根ざすものではなく、主観的な現象である。しかも、この差別的評価に基づく威信序列としての階層は、両極的に分裂し対立し抗争する階級とは違って、共通の価値を分有し、相互に調和または適応の関係にたつ連続体であると考えられている。上位にたつ階層の生活様式や生活態度、価値観などは下位の階層によって模倣され、社会化の先取りという心理機制を通じて受容されるからである。このような心理機制によって各層に特有な行動様式や各層に共通の価値観念などを押し付け、威信序列を正当化する規範的機能を営むと同時に、個人に対して階層の上昇・下降による自我の拡大・縮小、他への優越感または劣等感を経験させることを通じて、上層への同一化ないしは上昇志向(立身出世欲)を促進するという動機的機能をも営む。
なお、このような連続的威信序列における段階区分としての階層は、次のようなやり方で格づけされ、類別される。第一は、職業、収入、学歴などの標識、ときには居住地域や住居形態、居間の調度類などの標識による外的・客観的方法であり、ウォーナーの地位特性指数(ISC)、チェーピンのリビングルーム・スケールなどの社会経済的地位尺度socio-economic status scaleがこれに含まれる。第二は、複数の評定者による格づけの結果を総合して階層所属を決定する内的・客観的方法であって、ウォーナーの参与評価法(EP)がその例である。第三は、その人がどの階層に所属するかを尋ね、その回答に基づいて識別する主観的方法であり、アメリカの社会心理学者センターズRichard Centers(1912―81)の階層帰属意識stratum identificationによる方法がこれにあたる。これらの方法によって、地域社会または全体社会の階層構造の輪郭や階層相互の関係、集団参加様式その他思考・行動様式を明らかにすることを通じて、日常的な階層現象を把握し解明することになる。
[濱嶋 朗]
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…ウェーバーのこの多元的階級論において〈身分〉といわれているものは封建的な身分のことではなく,階級が経済的な指標であるのに対して,社会的な指標による不平等区分をあらわしたものである。このような多元的階級論は,今日〈階級social class〉論とはややちがった視角から〈階層social stratification〉論として展開されている諸学説につらなっている。
[日本社会における階級]
明治維新以前の日本には,封建的身分制度のもとで武士・農民・町人(商工業者)という三つの階級が存在し,階級間の社会移動も通婚も原則的に禁じられていた。…
※「階層」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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