同一の階級に所属し、ほぼ同じ階級状況のもとで共通の階級下位文化(その階級特有の生活や行動の仕方、ものの考え方)を分かち持つところから生じ、なにほどかその階級利害を反映する心理ないしは意識をいう。その深層部分には、自然発生的で日常的な生活意識としての階級心理が形成されるが、そのうえにある程度首尾一貫し体系だった価値判断の枠組みや世界観ないしはイデオロギーが表層をなしている。前者を経験的階級意識、後者を本質的階級意識とよんで区別するが、広義の階級意識は両者を含み、狭義のそれは後者をさすのが普通である。なお、階級心理は無自覚で潜在的な状態にある階級(即自的階級Klasse an sich)に対応し、階級意識は自覚的で顕在的な段階にある階級(対自的階級Klasse für sich)に対応するが、両者はかならずしも発展段階的に区別されるものではなく、現実には同時に存在し、複雑微妙に交錯し浸透しあって、現実の階級意識を形づくっている。
[濱嶋 朗]
このように階級意識の内部構造は、階級心理を深層とし階級イデオロギーを表層とするが、階級心理とは、階級所属員の間に共通してみられる日常的、自然発生的、非合理的な感情、気分、願望、幻想、断片的思想などの総体をいう。おぼろげな共属意識や親和感情、他に対する差別感情(上への劣等感、下への優越感)などのように、「階級心理はこの階級の物質的利害にかならずしも一致するものではないが、それはつねに階級の生活条件から生じ、つねにこれによって規定される」(ブハーリン)。この意味での階級心理は、客観的な階級状況や階級利害に合理的に適合した意識ではなくて、むしろその基底にある非合理的な感性認識なのであり、それ自体首尾一貫した整合的な体系をなすものではない。それはあくまでも感性的、自然成長的な次元のもので、旧意識や伝統的価値体系の絡みついた日常的な生活意識として沈殿し、習俗や慣習などの基層的な行為様式や生活様式と不可分に結び付いている。
これに対して、狭義の階級意識は階級イデオロギーにほかならず、客観的な階級状況や階級利害に合理的に適合した意識として、理性的認識と目的意識性によって特徴づけられる。したがってそれは、首尾一貫性と体系性をもった認識と判断の準拠枠であり、階級社会のメカニズムやその結果に対する知的解明と矛盾克服への展望を提供し、実践の指針または活動の規定根拠として、階級闘争における有力な思想的武器として働く。同一階級内部における利害共同意識(他の階級に対する利害対立意識)、それに伴う先鋭な連帯意識、自己の所属する階級の歴史的、社会的な位置と使命についての認識、現状からの解放を求める志向と将来の目標に対する自覚と展望、この目標を達成するための手段と方法(戦術と戦略)の認識などが、そこに含まれる。ルカーチによると、この種の階級意識は「生産過程における一定の典型的状態に向けられた、合理的に適合した反応」であり、「階級の歴史的状態の意識的となった意味」であって、「事実的、心理学的な意識状態」とは独立した(つまり、人間の心理に媒介されない)、階級的存在に対応するものと論理的に考えられた意識ないしはイデオロギーにほかならない。階級意識の高揚は、人々の階級的に規定された生活のなかから生じる日常的要求(階級心理に近い)をエネルギー源とし、要求獲得のための集合行動を通じて初めて可能である。
なお、アメリカの社会心理学者センターズRichard Centers(1912―81)の提唱になる階級帰属意識class identificationは、共属感情または同類意識の一種で、どの階級に属しているかという所属階級に関する主観的な意識であるが、人々の階級的地位と政治・経済的態度と階級帰属意識との間に密接な関係があることはいうまでもない。
[濱嶋 朗]
歴史的にみると、階級意識の形成は、まず封建体制を打倒して近代市民社会を実現したブルジョアジーの間でみられた。それは自由、平等、友愛を標榜(ひょうぼう)し、社会の一部でありながら全体であることを要求し、身分的隷属からの人間の解放を主張した。市民意識、プロテスタンティズムの倫理、唯物論的合理主義、啓蒙(けいもう)主義などはその多彩な現れであるが、その標榜する自由が平等と友愛を抑圧し否定するとともに、人間性の全面的解放を目ざすプロレタリアートの階級意識を生み出すことになった。その階級意識は、階級としての自己を解放することが階級社会の廃絶なしには不可能であるというまさにその理由から、「人類史における最後の階級意識」(ルカーチ)であるはずであった。
しかし、その後の社会の発展は、階級関係自体の基本的変化はもたらさなかったものの、労働生産性の向上に伴う生活水準の上昇、福祉政策の拡充による所得格差の是正、生活様式の平準化による階級固有の内的環境(階級下位文化)の崩壊、巨大組織のなかへの強制的画一化と技術的合理性のトータルな支配、マス・コミュニケーションによる世論操作など大衆社会的・管理社会的状況が進行するなかで、階級間の矛盾や対立が不鮮明となった結果、古典的なプロレタリア的階級意識は薄れ、虚偽意識がはびこるに至っている。いわゆる中流意識の浸透現象は、現代の精神状況を雄弁に物語るものであろう。
[濱嶋 朗]
階級の,客観的な存在に条件づけられた,事実的および可能的な意識の総体をいう。階級社会においてその社会の階級構造に規定されて現れるもので,資本主義社会においてもっとも重要なのは労働者階級の階級意識である。階級意識は,まず,類似性にもとづく同類意識のような階級心理から出発する。階級心理は,たがいの利害が共通していることを自覚すればやや高度な連帯意識に発展するが,連帯意識がより強固なものとなるのは,みずからの階級に敵対しみずからの生活を圧迫している他の階級を意識することによってである。これはまだ階級感覚ともいうべきものであって,これがさらに本格的な階級意識に発展するためには,階級が,みずからのおかれている歴史的かつ社会的な位置を認識し,それにともなう固有な使命を自覚するのでなければならない。階級に階級としての使命があり,したがって目標があることを自覚すれば,それは目標を実現するための方法や手段あるいは戦略や戦術について考え,実際に展望をもって行動するようになるであろう。マルクスとエンゲルスは,このように成熟した階級意識をもつものを対自的階級Klasse für sichと呼び,これにたいして階級意識形成の初期段階にあるものを即自的階級Klasse an sichと呼んだ。
しかし,いずれにしても現実の資本主義社会では〈階級意識〉は自生的に形成されない。また理論上の問題としても,客体化されたプロレタリア階級が,いかにして生成しつつある歴史を認識し,歴史の主体に転換するにいたるかという史的唯物論のアポリアと,この概念は深く結びついていたのである。こうして,〈階級意識〉を正面から論じたルカーチの初期の著作《歴史と階級意識》(1923)をはじめ,サルトルやメルロー・ポンティらによるマルクス主義の理論的再検討の中心にこの概念が位置づけられてきた。さらに,高度に管理化された現代の先進資本主義社会にあっては,〈成熟した階級意識〉をもつことが困難な状況が現出し,労働運動や政治運動の実践的課題との関連でそのあり方が議論される一方,南北問題や国家間格差による〈特権的〉位置も問題にされている。こうした現実と相まって,F.ジェームスンなどの構造主義以後の新しいマルクス理論による,言語意識の形成から〈階級意識〉をとらえ直す試みが注目される。
→史的唯物論
執筆者:庄司 興吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…どのような区分が適切であるかは,一方現実の不平等状態そのものの形態により,他方どのような指標をえらぶかという概念化の方式により異なってくるので,一概には決め得ない。また,階級間関係は定義によって相互に不平等な関係であることから,他階級に対する敵対感情,自階級内部での連帯感情をともなうことが多く,これが階級意識と呼ばれるものである。
[サン・シモンの階級論]
階級論への着目は,西ヨーロッパ諸国における近代化革命,とりわけフランス革命をつうじて形成され,初めにサン・シモン,次いでマルクスとエンゲルスによって一つの理論へと定式化されるにいたった。…
…日本の場合,ブルーカラー労働者の社会階層帰属意識は,高度成長期を通じて〈中流意識〉の比重を高めてきた。ブルーカラー労働者に伝統的な〈階級意識〉――その内容は,社会構造についての二項対立的イメージ,〈奴らと俺たち〉意識,従前のライフスタイルの維持,集団的連帯と集合主義的な問題解決行動,労働者政党への半ば無条件の支持感情などによって特徴づけられる――は,それと並行して希薄なものとなってきた。むしろ彼らは,中産階級に特徴的とされる社会意識の性格――その内容は,社会構造を連続的ヒエラルヒーとしてとらえる見方,自助努力によるそのヒエラルヒーの上昇,生活水準やライフスタイルの漸進的改善,個人主義的な問題解決行動などによって特色づけられる――を,すでに部分的に内面化しているとみることができる。…
※「階級意識」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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