現実の社会や個人に対する批判的・攻撃的な精神の表現。Satireはラテン語のsaturaに由来する語で、これをギリシア神話の牧神サティロスSatyrosと結び付ける、ルネサンス期に行われた語源考は誤りである。Saturaは「満ちた」の意の形容詞に基づき、「盛り合せの料理」を意味し、転じて当初は、数種の詩形を組み合わせた詩をさしていた。それが風刺的な詩をさすようになった次第の厳密なところはわからない。皮肉な内容を詩と散文の混合形式で展開した紀元前3世紀の哲学者メニッポスMenipposの著作の様式は、前1世紀のローマの文人ウァローVarro(前116―前27)の模倣によって、メニッポス風またはウァロー風風刺文として知られている。また風刺詩の始祖とされるのは前2世紀のローマの詩人ルキリウスである。風刺の本質は、対象が現実であることと、それに対する精神の独特な態度の二つの面によって規定されている。まず、アイソポスの寓話(ぐうわ)のように、対象が人の生態一般であるようなものは、風刺とは区別される。現実を攻撃対象とすることは、風刺が憤りに発するものであるということであり、冷静な皮肉、モラリスト風の描写、さらにはパロディーを代表とする戯作(げさく)文学などとは一線を画している。だが反面において、憤りの直接的表現である呪(のろ)い、悪口、抗議なども風刺とはいえない。風刺であるためには、対象に対して距離をとり、憤りを抑制して表現する必要がある。この独特な態度こそが風刺の本質であり、その表現は対象の誇張的変形を伴い、機知を示すことが多い。
[佐々木健一]
古代ギリシアにはイアンボス(短長格)による風刺詩が存在したが、このジャンルの伝統の源泉はローマにある。前掲のルキリウスを受けて上品で打ち解けた表現を風刺詩に与えたホラティウス、難解なペルシウス、情熱的な激しさをみせたユウェナリスが代表的詩人である。とくにユウェナリスは近世における風刺詩の模範とされた。中世にはさまざまな名称の風刺詩が存在したが、復興されたローマ的風刺詩の代表的詩人はフランスのレニエ、ボアロー、イギリスのB・ジョンソン、ドライデン、ポープらであり、大革命の最中、獄中でつづられたシェニエの風刺詩も特異な存在である。風刺詩の題材は人事全般にわたるが、主要なものとしては人々の生きざまや性格(とくに好まれた主題の一つは「女性」である)、政治、そして文学などである。詩のなかでは、風刺詩と区別すべきものとしてエピグラム(寸鉄詩)がある。エピグラムも風刺的な内容をもつが、短さを特色としており、言語表現のおもしろみに本領がある。これに対して風刺詩は物語的展開を含むほどの長さをもっている。そこで風刺詩には、風刺する主体が語り手として登場してくることになる。この風刺の主体は詩人とは区別される存在であり、前述した「対象との間の距離」を具現しているとみることができる。このことは、劇や対話編のような他の形式の風刺文学の場合により顕著である。これらの形式では作者の存在が行間に消えてしまうからであり、極端な場合には、モリエールの『人間嫌い』のアルセストやスウィフトのガリバーのように、最後には社会から疎外されるという形で否定される風刺の主体もある。ここに風刺特有の韜晦(とうかい)がみられる。
[佐々木健一]
そこで他の形式の風刺文学に注目するなら、戯曲のなかでまず第一にあげるべきはアリストファネスの古喜劇である。その生き生きとした力強さは類例がないが、近世以後の喜劇のなかにも、モリエールやジョンソン、ゴーゴリらに風刺的作品がある。風刺的対話編は前述したように重要な形式であるが、その原型は、やはりメニッポスの影響を受けたルキアノスにある。近世ではエラスムスやディドロがこの形式において才気を示した。対話と似た効果をもつのが書簡形式であり、宗教改革の闘士フッテンの『無名氏たちの手紙』、モンテスキューの『ペルシア人の手紙』などがある。また物語、小説の代表的な作家、作品をあげるなら、中世の『狐(きつね)物語』、16世紀ではS・ブラント『愚者の船』、ラブレーとチョーサーとセルバンテス、18世紀に下ってボルテール『カンディード』、スウィフトの『桶(おけ)物語』に『ガリバー旅行記』、より近くはディケンズ『荒涼館』、ジョイス『ユリシーズ』の一部分、オーウェル『一九八四年』などがある。
[佐々木健一]
初めに示した風刺の本質は、言語によってもっともよく現実化することができるとはいえ、造形的な表現を拒むものではない。「風刺画」は別項があるが、風刺漫画について一言するならば、落書きのようなものを除けば、宗教改革期に盛んとなり、マスコミの発達とともに発展してきたとみてよい。言語の場合以上に複製手段が重要だからである。最後に風刺的映画に目を転ずるなら、チャップリンの『モダン・タイムス』と『独裁者』が代表作であることは、衆目の一致するところである。
[佐々木健一]
『N・フライ著、海老根宏他訳『批評の解剖(第三エッセイ)』(1980・法政大学出版局)』▽『M・ホジャート著、山田恒人訳『諷刺の芸術』(1983・平凡社)』
人間の愚かさや誤りを痛烈に指摘して正す一手段で,主として言葉を用いるが,絵画,音楽,舞踏やジェスチャーなどによる場合もある。単なる非難,批判と違って,直接的ではなく間接的に,皮肉やユーモアの衣をかぶせて目的をより効果的に達することが多い。英語,フランス語ではsatire,その語源はラテン語のsatira(satura)であるが,これがどのような起源から生まれたものであるかについてはまだ定説がない。かつてはギリシア神話の中に出てくるサテュロス(好色でいたずら好きな半人半獣の森の神)が起源であると考えられた。これが英語ではsatyrとつづられたために,satireと混同されたのであるが,現在では根拠はないと考えられている。ラテン語lanx satura(いっぱいになった皿)が原義ではないか,というのが今日一般に通用している説である。神にささげるために,いろいろな果物を盛った皿のことで,〈混合物〉の意に転じ,さらに〈人間の愚行をからかうため,異なった種類の主題を雑然と扱った詩〉の意味になったという。これでわかるように元来は詩の形で書かれたものを指し,芸術的完成をもった最初のsatira(風刺詩)は,前2世紀のG.ルキリウスによって書かれた。これは同時代の風俗を雑然とからかったものではなく,人間性そのものに対する鋭い洞察を含んだものであった。さらにホラティウス,ユウェナリス,マルティアリスなどの作品によって,古典的風刺詩の規範が確立された。
中世においては,例えば《狐物語》など寓話による風刺文学の傑作が見られたが,ルネサンス以降になるとラテン文学の黄金期に見られた風刺詩を模範とした作品が,各国語によって書かれた。ドイツ語ではS.ブラントの詩《愚者の船》(1494)がある。この世をさまざまの階級,タイプ,年齢の愚者が乗り合わせた船にたとえ,とくにローマ教会に対する痛烈な批判により,プロテスタント宗教改革の気運をうながしたとさえいわれるほどの強い影響力をもった。各国語に翻訳され,現代に至るまで読みつがれていることは,20世紀アメリカの小説家K.A.ポーターが同名の小説(《Ship of Fools》1962)を発表していることによっても証明される。フランス語の作品では,ラ・ブリュイエールが,ギリシア人テオフラストスの作を模して書いた《人さまざま》(1688)をあげることができる。英文学における風刺の代表者はJ.ドライデンであって,彼の《風刺論》(1693)はsatireの起源,特質などを明確に記した注目すべき論考であるが,彼自身《アブサロムとアキトフェル》(1681)など,優れた風刺詩を書き実践による模範を示した。その後A.ポープの長詩《髪の毛の略奪》(1712),J.スウィフトの散文《ガリバー旅行記》(1726)など,風刺文学の傑作が数多く登場した。通常は〈理性・良識の時代〉と呼ばれる18世紀に生まれたこれらの作品は,必ずしも理性・良識によって人間の愚かさを暴露し,世間を改善するという建設的役割だけを果たしているとは限らず,人間の善性にも社会改良の可能性にも絶望し,もっぱら破壊的断罪に終始しているように思える面もある。その後現在に至るまで風刺文学は詩,散文の両方面にわたって多種多様な実りをつけたが,近代小説はセルバンテス以来,近代劇はシェークスピア以来,風刺の要素をとくに強くもっている。この2人の巨匠,すでに記したブラント,またフランス革命を招来したとさえいわれる喜劇《フィガロの結婚》の作者ボーマルシェなどの例を見てもわかるように,風刺は時代の激変期にとくに強い力を発揮するとともに,時代の激変をもたらす原動力になるともいえるだろう。
言葉を表現手段に使う文学が風刺の中で大きな部分を占めることはいうまでもないが,それ以外の手段,例えば絵画も無視できない。この点については〈カリカチュア〉〈風刺画〉の項目を参照されたい。さらに彫刻,音楽,舞踏,また芸術的演劇活動とは呼べないジェスチャー,服装,現在〈パフォーマンス〉と呼ばれているものなど,およそ人間のなしうる表現形態のほとんどすべては風刺の手段となりうる。独裁的権力者にとって風刺は恐ろしい脅威となるから,当然それを弾圧しようとするが,風刺が有形無形さまざまな姿をとって不滅の生命を保ってきたことは,歴史が示すとおりである。
→笑い
執筆者:小池 滋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…《薔薇物語》(13世紀,フランス),ダンテの《神曲》(14世紀,イタリア),ラングランドの《農夫ピアーズの夢》(14世紀,イギリス),〈中世道徳劇〉,さらに近代にいたって,バニヤンの《天路歴程》(1678,84)など,寓喩的方法への依拠の仕方には,それぞれ深浅の差があり,またその主題も異なるが,いずれもアレゴリーの代表傑作と言いうる。アレゴリーはまた,近代において,社会的・政治的風刺の方法としても用いられた。ドライデンの《アブサロムとアキトフェル》(1681),スウィフトの《桶物語》(1704),S.バトラーの《エレホン》(1872),G.オーウェルの《動物農場》(1945)などはその優れた例である。…
※「風刺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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