日本大百科全書(ニッポニカ) 「食道静脈瘤」の意味・わかりやすい解説
食道静脈瘤
しょくどうじょうみゃくりゅう
食道静脈系に発生した静脈瘤で、門脈系の循環障害に基づく門脈圧亢進(こうしん)症に伴う重篤な一症状である。上部食道の静脈叢(そう)は奇静脈を経て下大静脈へ、下部食道の静脈叢は胃静脈を経て門脈へ通じており、門脈圧が亢進すると遠肝性副血行路として食道粘膜下静脈の拡張や屈曲蛇行がおこり、食道静脈瘤を形成する。また、胃上部における動静脈シャント(短絡)形成などによる局所的循環亢進状態も食道静脈瘤形成に関与している。食道静脈瘤の原因疾患としては肝硬変、特発性門脈圧亢進症、日本住血吸虫症などがあげられるが、日本門脈圧亢進症学会による1993~1996年(平成5~8)のわが国の食道静脈瘤を有する門脈圧亢進症例の全国集計では2242例中、肝硬変症は2139例(95.4%)である。
[掛川暉夫・北川雄光]
症状
症状としては吐血と下血であるが、他の上部消化管出血と比べてその予後は不良であり、以前は初回の出血で約半数が死亡するとされていた。診断としては食道造影と内視鏡検査が主体となる。近年では、静脈瘤の血行動態を詳細に把握する目的で、超音波内視鏡や3D-CT(三次元断層画像CTスキャン)を行っている施設もある。検査としては内視鏡検査がとくに重要であり、静脈瘤の位置や形態、色調による分類がなされるが、静脈瘤に赤色の所見が見られた場合、出血のリスクが高いとされており注意が必要である。食道静脈瘤が吐血・下血として発症した場合は緊急事態であり、血管確保や酸素投与などショックに対する治療を行い、場合によっては気管内挿管をためらわずに行い、誤嚥(ごえん)性肺炎や窒息をさける必要がある。
[掛川暉夫・北川雄光]
治療
食道静脈瘤に対する治療は、緊急時の止血および待機的予防治療に大別される。緊急時の止血目的には止血効果の高い治療を選択するべきであるが、2009年の時点での第一選択は内視鏡的止血術であり、補助的に薬物療法やバルーン圧迫法が行われる。待機的予防治療に関しても、やはり内視鏡的治療の成績が良好であり、外科的手術が選択されることはほとんどない。食道静脈瘤を有する患者は肝硬変を背景にしていることが多く、肝予備能や肝癌(がん)の合併の有無などを考慮し適切な治療方針を立てることが重要である。以下に各治療法の概要を述べる。
[掛川暉夫・北川雄光]
薬物療法
バソプレッシンは強力な血管収縮作用を有し、内臓血管を収縮させ、ひいては門脈圧を低下させる。合併症として狭心症、徐脈、心筋梗塞、高血圧、尿量低下があり、とくに心筋障害や腎障害を有する患者への投与は禁忌である。
ニトログリセリンは肝内外門脈系の血管抵抗性減弱と動脈系血管拡張による反射性内臓血管収縮により門脈圧を低下させる。
非選択的β(ベータ)受容体拮抗薬は、β1遮断作用による心拍出量低下とβ2遮断作用による臓器レベルでの血管拡張抑制による門脈圧低下作用を有する。
[掛川暉夫・北川雄光]
バルーン圧迫法
食道静脈瘤は通常、噴門部静脈瘤から食道胃接合部のいわゆるスダレ血管を経て形成される上行性の血流経路である。したがって噴門部あるいは出血部をバルーンにより圧迫することで、止血効果を得る。S-Bチューブ(Sengstaken-Blakemore tube)とよばれるバルーンの付いたチューブを経鼻的に胃内まで挿入し、バルーンを膨らませる。現在では食道静脈瘤出血の第一選択は内視鏡治療であり、S-Bチューブを用いる機会は少なくなったが、内視鏡治療に習熟した専門医が不在の場合や大量出血で内視鏡的に視野が不良の場合、また末期肝癌合併患者に症状緩和のための治療に用いられることがある。
[掛川暉夫・北川雄光]
内視鏡治療
(1)内視鏡的静脈瘤結紮(けっさつ)術(EVL:endoscopic variceal ligeation) EVLは手技が比較的簡便であり、高い止血率が得られ、薬剤を使用しないことから合併症が少なく、食道静脈瘤治療の第一選択となっている。内視鏡的に(内視鏡を用いて)、O(オー)リングO-ringとよばれる輪ゴムで静脈瘤を結紮する。補助的に内視鏡的硬化療法(EIS)やAPC焼灼(しょうしゃく)術(APCとはアルゴンプラズマ凝固Argon Plasma Coagulation)を行うことが多く、これを地固め療法とよんでいる。
(2)内視鏡的硬化療法(EIS:endoscopic injection sclerotherapy) EISは内視鏡的に硬化剤を粘膜下や血管内に注入する治療法である。肝予備能の低い症例では使用不可能であり、近年では侵襲が少なくより確実な止血が得られるEVLが普及しているため、第一選択として使用されることは少ない。
[掛川暉夫・北川雄光]