翻訳|torpedo
魚型水雷の略。爆薬を搭載した無人の水中航走体で,水中爆発により艦船を破壊する兵器。1864年オーストリアの海軍士官ルピスGiovanni Luppisが考案し,66年にイギリス人技師R.ホワイトヘッドが試作に成功,78年の露土戦争ではロシア軍の魚雷が汽船を撃沈している。魚雷発射管を搭載した水雷艇は1877年に登場,その脅威が増すとともに93年にはこれを排除する駆逐艦が生まれるなど,各国海軍の編成や用法にも影響を及ぼした。当時の魚雷は航走距離が短く,低速で,小型艇が大型艦を脅かすに至ったとはいえ,奇襲兵器的な存在にすぎなかった。この水上艦艇から水上艦船を攻撃する型の魚雷の性能を極限にまで向上させたのが,いわゆる酸素魚雷である。これはワシントン条約で主力艦をアメリカ,イギリスに対し劣勢に抑えられた日本海軍が,砲火力を長射程魚雷で補完し,艦隊決戦に臨む目的で開発装備したもので,最大航走距離が40kmにも及ぶ,当時の世界水準を越えた魚雷であった。しかし第2次世界大戦では,海戦は砲や魚雷の射程をはるかに越えた,航空機の行動距離で行われるようになり,長射程魚雷としての真価を示す場面に恵まれないで終わった。航空機から水上艦艇に発射する航空魚雷は大正末期には現れていたが,本格的に用いられたのは昭和に入ってからである。とくに太平洋戦争では多数の水上艦艇が航空機から発射する魚雷によって撃沈された。潜水艦発射魚雷による水上艦船の攻撃は,第1次,第2次両大戦を通じ,とくに商船攻撃に大きな戦果を挙げた。しかし,第2次大戦後,ミサイルの発達により,水上艦船の攻撃にはミサイル攻撃のほうが有効だと考えられるようになった。
1950年代には性能が格段に進歩した原子力潜水艦が出現し,とくに潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)積載原子力潜水艦は,戦略上重要な位置を占めることとなった。これらを攻撃するには核爆雷以外では潜水艦を自動追尾するホーミング魚雷が最良の兵器であり,魚雷は対潜水艦攻撃用の兵器として重視されることとなった。
魚雷の推進には熱機関か電動機で回転するスクリューを用いる。第2次大戦までの熱機関は石油などを燃焼させた力で駆動される,レシプロまたはタービン方式のオープンサイクル(仕事をしおえた燃焼ガスを魚雷外に放出する方式)外燃機関であり,電動機は直流機,電池は鉛蓄電池であった。近年の熱機関はロケット推薬系の燃焼ガスを用いるもの,さらにはガスを発生しない発熱反応を利用したクローズドサイクル方式となり,潜水艦の潜航深度,水中速度に対応し深々度高速航走性能を向上させている。電動機は直流機のほか小型高出力の交流機も用いられ,電池も酸化銀電池やリチウム電池のような高エネルギー電池となっている。
初期の魚雷は,自動操縦装置によって水面下数m以浅を直進するもので,発射後の誘導は不可能であったが,第2次大戦末に水上艦船が発生する水中音を聞き,これを自動的に追尾するパッシブ音響ホーミング魚雷が現れた。現在ではみずから超音波を発信し,その反響音を追尾するアクティブホーミング型(航走音の低い潜水艦を攻撃するのに適する)が多く使用されており,ほかに発射後も母艦(母機)からのリモートコントロールで針路などを修正できるものや,水上艦の航跡を追尾するものも開発されている。
魚雷は攻撃対象により短魚雷(軽魚雷)と長魚雷(重魚雷)に分類できる。短魚雷は第2次大戦後に生まれた潜水艦攻撃専用の小型軽量魚雷で,対潜航空機や水上艦船に装備されるが,ミサイルの弾頭とすれば潜水艦装備もできる。長魚雷は長距離航走や水上艦船も攻撃できるもので,大型であり,水上艦艇や潜水艦に装備される。大部分の魚雷は標的に直撃または近接すると爆発する,火薬を使用する通常弾頭型であるが,核弾頭をもつものもあり,これは通常非ホーミング型である。
短魚雷は航空機発射のときには小型パラシュートを付けて投下し,これは着水後分離する。水上艦艇からの場合は,発射管から空気圧で打ち出すのが普通で,これは長魚雷も同様である。魚雷投射ロケットで空中を飛ばし遠方の潜水艦攻撃もできる。潜水艦から長魚雷を発射するには,発射管から空気圧,水圧で押し出すか,魚雷の推進系を起動し自身で泳ぎ出させる。
執筆者:黒田 悟弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
魚形水雷の略称。水中を自走し水上または水中の艦船を攻撃する兵器。艦艇や航空機から発射(投下)される。艦艇からの場合、甲板の魚雷発射管から空気圧で発射されると、エンジンまたは電動モーターを推進力として調定深度を高速で航走、目標艦に命中もしくは至近位置で爆発して致命的な損害を与える。対潜攻撃に使われる短魚雷と水上艦を攻撃する長魚雷とがあるが、現在多く生産されているのは短魚雷のほうである。1866年にイギリス人ホワイトヘッドRobert Whitehead(1823―1905)がオーストリア海軍のルピスGiovanni Luppis大佐と協力して完成した史上初の魚雷、ホワイトヘッド式魚形水雷は、自重136キログラム、直径35.5センチメートル、炸薬(さくやく)量8キログラム、圧搾空気を動力に速力6ノットで約600メートル走った。その後推進機関の改良によって日露戦争のころには速力30ノット、射程4000メートル、炸薬量数十キログラム。第一次世界大戦時には速力35ノット、射程6000メートル、炸薬量150キログラムに能力を向上させた。
魚雷が開発されたことにより、砲戦主体の海戦に大きな異変を生じ、魚雷を装備した小艦艇で戦艦艦隊に対抗しようとする試みがフランスやロシア海軍を中心に芽生えた。こうして出現したのが水雷艇とよばれる新艦種だが、一方水雷艇の襲撃から主力艦を守るために(水雷艇)駆逐艦が生まれ、ここに近代海戦と艦隊の型が確立された。第二次世界大戦で魚雷は著しく発達し、とくに日本海軍が使った九三式魚雷(水上艦用)、九五式魚雷(潜水艦用)はそれぞれ速力49ノット・射程2万2000メートル、速力36ノット・射程4万メートルの自走能力を有し、各国の魚雷を性能的に圧倒した。
戦後、対潜戦闘が海軍の主任務となったのに伴って、魚雷も潜水艦攻撃に使う型が主流を占めるようになり、馳走能力より潜水深度が問題とされることになった。最新の魚雷は水面下数百メートルの潜水艦を攻撃可能といわれる。アメリカ海軍が1976年に開発したMK48魚雷は、目標までの大部分の距離を発射潜水艦からワイヤーを通じて送られる方位信号により誘導され、途中で攻撃目標や捜索方法を変更しながら接近していくホーミング方式で、以後のモデルになった。誘導方法は、ワイヤーから情報を受ける有線指令方式のほか、音波・超音波誘導による自動追尾型があり、近年これが主流になっている。爆発信管には着発式と感応式とがあり、前者は命中衝撃により信管が作動して爆発、後者は近接目標艦の磁気に感応して爆発する。海上自衛隊の魚雷は1960年代までアメリカ海軍制式の供与が主流を占めていたが、やがて国産魚雷が登場するようになり、1980年代以降は89式長魚雷、97式短魚雷が開発された。また魚雷とロケットを組み合わせたアスロックAnti Submarine ROCketやイージス艦の垂直発射機(VLS)から高速ホーミング魚雷をうち出すタイプなどが就役している。
[前田哲男]
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