アメリカの作家E・A・ポーの怪奇で幻想的な短編小説。1843年発表。「私」は、これという理由もなく、愛猫プルートの片方の目をえぐり、首をくくって殺してしまう。その夜、怪火で「私」の家は全焼する。そして焼け跡の漆食(しっくい)の壁に、首に縄をつけた巨大な猫の姿が浮かび上がる。それから数か月後、「私」の家にはプルートとそっくりな黒猫が住み着く。しかも片方の目がない。「私」はしだいにこの猫に嫌悪の情を募らせ、斧(おの)で打ち殺そうとするが、妻が止めに入る。逆上した「私」は妻の脳天に一撃を加えて殺し、その死体を地下室の壁に塗り込める。警官隊が家宅捜索にくると、「私」は地下室に案内し、わざわざその壁をたたいてみせる。すると異様な悲鳴がする。怪しんだ警官が壁を壊してみると、血糊(ちのり)のついた妻の死体がすっくと立ち、その頭上に、赤い口を開き、片方の目をらんらんと輝かせた黒猫が座っていた。
[八木敏雄]
『八木敏雄訳『黄金虫・黒猫・アッシャー家の崩壊ほか五編』(講談社文庫)』
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…客を楽しませる舞台やダンスホールを付設した酒場のことで,語源はフランス語といわれる。その本来の形のものとしては,1881年,サリRudolphe Salis(1852‐97)が俳優,詩人,音楽家,画家を誘って,パリのモンマルトルに〈黒猫Chat Noir〉を作ったのに始まる。それは酒場と芸術,時事性と笑いや楽しみを結合した新しいタイプの市民的娯楽の創造だった。…
…画面を動かす努力はレノーÉmile Reynault(1844‐1918)が開発したプラクシノスコープ(1892)により現在のアニメーションに限りなく接近した。19世紀後半はこれら幻灯の黄金時代であり,パリの有名なサロン,キャバレー〈黒猫〉などでは盛んに上映会も行われた。 東洋ではイスラム神秘主義の流入とともに15世紀ころ根づいたジャワの影絵ワヤン,日本では江戸期に流行しだした走馬灯など,映像演劇,映像玩具がわずかに存在した。…
※「黒猫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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