世界大百科事典(旧版)内の《堀部武庸筆記》の言及
【堀部安兵衛】より
…赤穂浅野家の家臣堀部弥兵衛金丸の養子となり,赤穂事件では高田郡兵衛,奥田孫太夫とともに江戸の急進派として知られる。大石良雄らとの往復書簡を編集して残した《堀部武庸筆記》は,浪士らの考え方や事件の経緯を正確に示す,赤穂事件の最も重要な史料である。【田原 嗣郎】。…
※「《堀部武庸筆記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...